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プロローグ第一幕:桜色の邂逅【R15】

新連載です、よろしくお願いします。

とりあえず本日中に3話公開します。第一幕が13時、第二幕が16時、第三幕を18時にお送りします。

明日からは1日1話更新です。


第一幕が約5500字、第二幕が約5700字、第三幕が約2500字、計約1万5000字ほどと少し長めですが、この3話で「ひとつのエピソード」なので、出来ればそこまで読んで頂きたいです。よろしくお付き合い下さい。



それと初っ端から申し訳ありませんがR15回です。いきなり人が死にます。

描写が生々しいので、苦手な人は覚悟の上でお読み下さいますようお願いします。




 見上げた空は、いかにも東京の空らしい、薄靄のかかったような微妙な晴れ空だった。


「ここか……」


 その空の下、目の前にあるのは、大きく立派な建物。中に大規模イベントホールを含む多様な設備を揃えた、複合文化施設だ。特にイベントホールは、収容人数1500人超のかなり大きなライブを開けるようになっている。


「……っていや、ここどこだ!?」


 慌てて周囲を見渡す。たくさんの人が集まっているが、年齢も性別もバラバラ。だがどこか統一された、浮足立ったような感情が手に取るように分かる。


「おい、(ゆう)!?」


 思わず呼びかけるが返事はない。自分を見知っている者などひとりもいなさそうで、突然声を上げたことに怪訝そうにしながらも、すぐに誰もが通り過ぎてゆく。

 彼ら彼女らの大半は、目の前の複合文化施設に入ってゆく。


「いや待てよ、今日って確か」


 思い出して、慌ててジャケットの内ポケットから封筒を取り出した。

 すでに切ってある封を開くと、中に入っていたチケットも取り出す。


 6人組女性アイドルグループ、〖Muse!(ミューズ)〗の結成1周年記念、そしてメジャーデビュー記念ライブのチケット。場所は目の前にあるコンサートホール。そして日付は2023年6月22日、つまり今日だ。


「やっぱりか……。なんで今日この日にお前が居ねえんだよ、悠」


 別に誰かに向けて言ったわけじゃない、それはただ呟いた独り言。

 誰が聞いているわけでもない。


 ため息をひとつつき、仕方なくチケットを封筒に戻して内ポケットに収め、そして俺は建物の入口に向かって歩き出して⸺


「あっ、あの!」


 そして、呼び止められた。


「⸺はい?」


 聞き覚えのない、それも若い女の子の声だった。振り返ると、女子高校生くらいのまだあどけなさの残る少女がひとり立っている。

 体型も目鼻立ちもごく普通、まあ若さからくる相応の可愛らしさはあるけど特に目を引くほどではない。それよりも春の陽気を思わせる、明るい色のボブカットの髪が特徴的なやや小柄なその少女は、どこか不安そうに瞳を揺らしながら、それでもこちらをしっかり見つめていた。


 うん、マジで誰?

 未成年に下手に声掛けなんかするとこのご時世、すーぐ肩ポンされてからの「ちょっと署までご同行願えませんかねぇ」案件になるんだから、なるべくなら見逃して頂きたいところなんですが?


「あっ、あの、それ!」

「…………それ?」

「はいっ!その、Muse!の……!」


 あー、つまりアレか。

 この子、さっき俺がチケット出したとこ見てたんだな。


「これ?」

「あっ、はいっ!それですっ!」


 内ポケットから封筒を取り出して、封筒からチケットを取り出す前に食い気味に頷かれた。まあ封筒自体にMuse!のロゴが入ってるし、ファンならひと目見たら分かるよね。


「わたし、その、ライブとか来るの初めてで、一緒に行こうって言ってた友達は急に来れなくなっちゃうし、その…………!」


 なるほど、要するに初めてひとりでライブ会場(こんなとこ)までやって来て、不安で“仲間”が欲しかったと。でも都合よく『独りでライブ見に来てる人』なんて居なかったから心細かった、と。

 それで、ようやく見つけたのがこんな、10(とお)ぐらい歳の離れた俺だった、と。


 うん、いやそれでもよく声かけれたね?いくらチケット確認してたとしても、性別も年代も全然違う知らない人に声かけるの、怖かったろうに。

 でもまあ、そこまで勇気出して声かけてくれたのなら、ねえ?


「そっか、君も独りかあ」

「そう、そうなんです!だから誰か居ないかなってずっと探してて…………!」


「うーん、君の席どのあたり?ちょっとチケット見せて?」

「あっはい!」


 案の定というか、偶然にも席が隣同士……なんてミラクルが起きるはずもなく、ライブが始まれば結局お互い独りに戻ってしまうけど。


「でもまあ、始まるまででよければ話し相手くらいにはなったげるよ」

「あ、ありがとうございますっ!」


 これも何かの縁だしね。


「とりあえず中入ろっか?グッズショップとかも見てみたいでしょ?」

「あっ!見たいです!」


 彼女はまたしても食い気味に頷くと、満面の笑みを浮かべた。

 それは髪色とも相まって、まるで満開の桜の花びらが舞うように、キラキラと美しくて。

 笑顔のとびきり可愛い子だな、と思った。



 そうして俺たちは人の流れに乗って建物の中に入った。開場時間までショップを覗いてはグッズを眺めて財布と相談しつつどれ買うか悩んだり、ラウンジのベンチに座ってMuse!について語り合ったり、スマホに落としてある曲をふたりで聴いて楽しんだりしつつ、時間とともに会場入りして、それぞれの席に向かって別れた。


「あ、そういやお互い自己紹介しなかったな」


 名前も聞かずに盛り上がってたと気付いたのは別れてからだった。でもまあ、好きなものの話は相手の名前を知らなくても盛り上がるしな。いわゆるオタクの付き合いではよくある(・・・・)こと(・・)だ。

 このあとは気持ちを切り替えて、しっかりと目に(・・)焼き付けないと(・・・・・・・)



 ホールの照明が落ち、正面のステージ中央に設置された巨大な有機スクリーンに〖Muse!〗の文字が大きく浮かび上がる。いよいよライブの始まりだ。




  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆




 Muse!のライブは素晴らしい盛り上がりだった。

 記念ライブということもあり、メンバー6人が勢揃いして新曲を含めたっぷり2時間、途中でMCを挟みながらもほぼ休みなしでぶっ通しのパフォーマンス。にも関わらず、舞台上の少女たちのクオリティは最後までいささかも衰える事なく、満員の観客席のテンションもずっと最高潮のままで、ある種異様とも取れる熱気に包まれ続けた2時間だった。

 観客の感情の動きまでが、まるでひとつの生き物であるかのように感じられるほど、一体感のあるステージだった。


 かなり大きなホールだったが、ここを満員に出来て集まった観客を熱狂させられる程度には彼女たちは人気があるのだと実感する。いわゆる、最近流行りのグループアイドルなのだが、それだけではないのかも知れない。

 ⸺などと、ひとりだけ醒めた感覚でいることに少々違和感を覚えながら、ステージの鑑賞を終えた。



 いいライブだった、と思う。

 いや、アイドル鑑賞なんて趣味が自分にあるわけではないのだけど、少なくともこのステージは見に来て良かった。それだけは間違いないと思えた。


 アンコールも終えて、客席を立つ人も現れ始め、自分も席を立つ。

 まだ興奮の余韻も醒めやらぬホール内。その空間を立ち去るのに少しだけ後ろ髪を引かれる思いもあり、同時にこんな(・・・)濃密な(・・・)場所に(・・・)一瞬(・・)たりとも(・・・・)居たく(・・・)ない(・・)という想いもあり、まあ正直複雑だ。


 そう言えば、あの子もそろそろ外に出てくる頃合いじゃないのかな。名前も聞かなかったし、連絡先も交換しなかったからおそらくこれっきりになるとは思うけど、もし帰る途中にでも見かけたら、ライブの感想を語り合うのも喜びそうだよな。



 そんな中、ふと、視界の端を何かがよぎった。

 それは形があるような無いような、朧げに光る、淡い青白い光の塊。

 視点を合わせると、それは手のひらに乗るほどに小さく、まるで蝶か蛍かのようにふわふわと、ひらひらと、浮遊しつつ人の合間を飛んでいた(・・・・・)。しかも見回せば、同じものがいくつも目に飛び込んでくる。


 ああ、やっぱり居る(・・・・・・)よな。

 なるほど、それで隠れた(・・・・・・)のか。


 なら、なおのこと彼女を探さないと。

 全くの見ず知らずのままならともかく、もう知り合っちゃったしな。


 そう思い定めて、俺は出口へと向かう人の波に乗り、そのまま外に出た。



 比較的早めの時間のスタートだったせいもあり、外はまだ夕暮れと言うには少し早い明るさだった。きっと中高生の若いファンが来やすいように、わざと早い時間のステージを組んだのだろう。

 ということはもしかしたら、夜にもう1ステージあるのかも知れない。


 そんな事を考えながら、駅はどっちだったっけと周囲を見回す。


「あっ、いた」


 見回した視界の先に、あの子の姿を見つけた。人混みにあまり慣れていないのか、付近の地理に明るくないのか、何やらキョロキョロしていて、見ててちょっと危なっかしい。


「ねえ、君!」


 彼女に近付いて声をかけると、それに気付いて振り返った彼女がパッと笑顔になった。


「あっ、さっきの!」

「うん。そろそろ出てきてるんじゃないかって見てたら、姿が見えたから」


「えへへ、実はわたしも探してました」

「あれ、そうなの?」

「はい!だってこの感動と興奮を、今すぐにでも誰かと語り合いたくて仕方なくって!」


 あっしまった、これなかなか解放されないやつだぞ。


「それで、ライブ、どうでした?私、もう感動しちゃって!すごくすごく楽しくって!」


 やっぱり笑顔が弾けるように可愛い子だ。ライブがよほど良かったのだろう、彼女は挨拶もそこそこに、感想を早口でまくし立ててくる。

 うーんもうこれは仕方ないな。彼女が気の済むまで付き合うしかなさそうだ。


「こんな場所で立ち話も何だしさ。⸺この後、時間ある?もしよかったら、お茶でもおごるよ」

「えっ?い、いいんですか!?」


 普通なら、女子高生がライブ前にちょっと話しただけの見ず知らずの男性となんかお茶したりしないだろう。それも、自分より10歳あまりも歳上の男性と。

 でも彼女の目に宿る感情は、そんな事よりも、たった今見たばかりのステージの感動を誰かと語り合いたい欲求で埋め尽くされていた。


 まあ、それが()えたからお茶に誘ってみたんだけどさ。

 どうせこの後も特に予定はない……なかったと思うし、そんな事で喜んでくれるならそれでいい、そう思った。


「じゃあ、どこに行こうか」

「あ、じゃあ、近くにMuse!のコラボカフェがあるんです!良かったら一緒に行きませんか?」

「へえ、そんなのもあるのか。いいね」


 こっちです、と駆け出しそうな勢いの彼女の後を追う。

 あ、そういえば名前まだ聞いてないんだった。さすがにお互い名前も知らないままってのもダメだよな。


「ところで、君、なま……」



 目の前を、青白い光の塊が飛んでいた。

 それも無数に。

 ちょうど、目の前を歩く彼女に群がるように、まとわり付くように。



 違和感、というにはあまりにも寒気がする。

 不安感、いや危機感。

 今すぐ何とかしないと、ヤバい。


「おい、ちょっと君!」


 光の塊に触れるのも構わず、慌てて駆け寄り彼女の左腕を掴む。

 えっ?と驚いた表情で振り向く彼女。


 危ないよ、と声に出すよりも前に、彼女の向こうから突然現れた大きな口(・・・・)が彼女の右脇腹に噛みつき、一気に抉り取った。

 咄嗟に掴んだ腕を引いたが、間に合わなかった。



 ~~~~~!



 一瞬の驚いた表情。

 腕を掴まれた驚きと、その直後の喰らいつかれた驚きと。連続したふたつの驚きの感情。

 そして次に痛みと。それから恐怖と。

 何が起きたのか分からない混乱と。


 様々な“感情”を発しながら、彼女が崩れ落ちる。

 掴んだ腕だけでは支えきれなかった。


「ちょっと!大丈夫か!?おい!」


 呼び掛けつつも、大丈夫じゃないのはひと目で分かる。

 右脇腹が大きく抉り取られて鮮血が吹き出し、内臓の一部がこぼれ落ちている。これは間違いなく致命傷だ。即死であってもおかしくない。

 大量に流れ出たせいで一気に立ち上る、()せ返るような血の臭い。死の気配が濃密に纏わりつく。


「あ……わたし……どう、して……?」

「いやもう喋らなくていい!今すぐ救急車呼ぶから待ってろ!」

「いたい……わたし、死ぬの……?」


 虚ろに呟く彼女は、俺の声が聞こえているのかいないのか。反応が薄くて判断が付かない。


「いやだ、死にたくない……まだ死にたくない……っ」


 だがそんな彼女から、急速に膨れ上がる怖れの感情。

 驚きよりも、痛みよりも、ただ怖れだけを彼女は発していた。


「いや……いやだよ……だってわたし……まだ(・・)なん(・・)にも(・・)なれてない(・・・・・)のに……!」


 彼女の怖れは、死ぬことに対してではなかった。彼女はこのまま無為に消え去ることだけを怖れていた。

 その怖れを目の当たりにして、何も言えなくなった。何を言っても、きっと今の彼女には届かない。それほど強烈な感情の発露だった。


「いや、いや……!死ぬのは…いや……!

まだ消え、たくな…い……」


 だが彼女の瞳から、急速に光が失われていく。それと入れ替わるように、倒れた彼女の身体の下に血溜まりが広がってゆく。

 その中に膝をついて、手を握っておきながら、言葉のひとつもかけてやる事が出来なかった。ただ目の前の、手の中のひとつの生命(いのち)が今まさに失われて消えていく、その恐怖と動揺とで心が一杯になって、どうすることも出来なくなっていた。


 空はいつの間にか、流した血がこびり着いて変色したみたいな、見たこともない不穏な(くら)い空になっていた。







お読み頂きありがとうございます。


第二幕はこのあと16時、作中でのライブ終わりの時間になります。

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