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イチオシ短編

セニョール納屋橋が噂の幽霊居酒屋に行くらしいぞ!

作者: 七宝

 私は気品溢れる心霊マニア、セニョール納屋橋(なやばし)。今日は噂の居酒屋に行ってみたいと思う。繁華街にあるこの店は、見た目こそなんてことのない普通の居酒屋だが、インターネット様の情報によると、1人で入った客には必ず幽霊が憑くというのだ。気品溢れる心霊マニアとしては行かない訳にはいかないだろう。


 平日の夜に訪れたのだがなかなか辺りも賑わっており、この街の元気さがうかがえる。あ、隣の大人のお店におじさんが入っていった。うん、元気だね。

 私はのれんを右手でひょいと引きちぎり、店内に入った。


「へいらっしゃーい! 2名様ね! そこの2人がけの席座ってね〜」


「えっ、ちょっ、え⋯⋯」


 大将の元気な声が店内に響く。それにしても、早速現れたな、幽霊め。私は1人で来ているのに、大将は2人だと言い、この席へ私を案内した。否定も間に合わなかった。


「はいよ! 注文決まったら呼んでね!」


 そう言って大将はお冷を2つ机の上に置いてその場を離れた。


「あ、ちょっと待ってください! 生中お願いします!」


「あいよ! あいよ!」


 2回「あいよ」を言って厨房に戻る大将。


 店内を見渡すと、2人で来ている人達や、1人で2人がけの席に座っている人が何人かいた。カウンター席がない。そうだ、そういえば記事に書いてあったな。1人で行ってもどうせ幽霊が憑くからカウンター席はなくしたって。2人でもカウンターに座るやつは座るだろ。それにしても1人ずつ憑くって、なんかキャバクラみたいだな。


「はいお待ちどおさま! 生中と久保田ね!」


 大将はそう言って生ビールと日本酒らしきものを置いた。なんだこれ、久保田って言ったか?


「すみません大将、その久保田っていうの頼んでないんですけど⋯⋯」


「え? こちらのお連れさんがさっき頼んでたじゃないの! いいなぁ、べっぴんさんじゃないのぉ〜(小声)」


「そうですか、失礼しました、はは」


 私には見えていないが、今目の前には美人の幽霊がいるようだ。大将には見えているのだろう。まさか注文までされるとは。


 そういえば久保田ってなんなんだろう。日本酒かな? 私はメニューを見て驚愕した。


『¥2500』


 は!? 私のビールが580円なのに対してこの小さいコップに入ったお酒が2500円!? なんて遠慮のない幽霊なんだ!


 しかし私は我慢した。私もこの店で体験したことを記事にするつもりだからだ。私は今日、取材に来たのだ。


 さて、料理も何か注文するか。何がいいかな⋯⋯よし。


「大将、キムチと唐揚げください!」


「あいよ! ⋯⋯あいよ!」


 私は大将がまた返事を2回したことに不安を感じた。嫌な予感がするのだ。


 そしてその予感は、的中した。


「へいお待ち! キムチと唐揚げと、スペシャルパンケーキと刺し盛りマグロづくしね!」


 メニューを見てみる。スペシャルパンケーキ2000円。マグロづくし3900円。私は一瞬目眩がした。なんでパンケーキを今頼むんだ。マグロづくし3900円ってなんなんだよマジで。大トロめっちゃ入ってんじゃん。これ何人用なんだよそもそも。私の頼んだキムチが180円、唐揚げは600円だぞ。


 15分経っても酒も刺し盛りもパンケーキも一向に減らない。食べる気がないのだろうか。私はビールのお代わりを注文した。また大将が2回返事をしていた。嫌な予感しかしない。


 案の定また私のビールと一緒に久保田がやってきた。2500円の久保田が。なんで1杯目も終わってないのに次のやつ頼むんだよ。飲み物だけで5000円だぞ。たった2杯で5000円だぞ。赤札堂じゃねぇんだぞ。


 周りを見ると、他の客の机にもコップに入った日本酒らしきものと、マグロづくしとスペシャルパンケーキがあった。なんでみんな同じもの注文してんの? 幽霊になると食べ物の好みがそういうふうになるの?


 料理が全く減らないので、私は大トロを食べることにした。


「あ! お客さん! だめだめだめ! それはお供え物みたいなやつだから、食べたらバチ当たるよ!」


 大将、自分が幽霊見てるって自覚あったのか。当たり前のように接客してるから普通の人間だと思ってるのかと思った。


「だから絶対食べない方がいいよ!」


 でもこの幽霊の注文だけで10900円だぞ。税抜きでこれだぞ。食べなきゃもったいないだろ。バチが当たるからって10900円+税を捨てるなんてありえない。


 私は大将の忠告を無視し、大トロを口へと運んだ。


「うわぁー! もう終わりだぁ!」


 大将が大袈裟に騒いでいる。鬱陶しい。


「⋯⋯ん?」


 おかしい。大トロなのに不味い。脂が舌でとろけないし、マグロの味もしない気がする。なんだこれは。


「みなさん、このマグロの味おかしくないですか? ちょっと食べてみてください」


 誰も返事をしてくれない。店内はシーンとしている。みんなバチが当たるのが嫌なのだろう。味のおかしいマグロを食べるのも嫌なのだろう。


「た、食べてみます⋯⋯!」


 1人の男がそう言い、大トロを口へと運んだ。


「うっ⋯⋯! なんだこれ! まっず! クズ肉に油を注入したような味ですよ!」


 それから皆次々に大トロを食べ、みんなで大将へ罵声を浴びせた。


 後日大将は逮捕された。幽霊がいると偽って高い注文を勝手に受けたことにして、客に高額な代金を支払わせていたらしい。霊感商法というやつか。なんか違う気もするが、霊がいるって嘘ついてやってるんだから同じようなものだろう。


 ちなみにパンケーキはありえないくらい美味しかった。普通にパンケーキ屋をやっていたら成功出来ただろうに⋯⋯

 久保田と言ってコップに注いでいたのはただの水だったらしい。川越シェフの3倍だ。やばぁ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これは裏をかかれましたね(笑) 「もう終わりだ!」も純粋に店が終わるという意味だったのですね。 一回や二回ぐらいなら案外実際に使えそうな手とも思えるのが恐ろしいところです。 [一言] パン…
[一言] いらっしゃいませ。 失礼とは存じますが、オチは予想通りでした。 ですが、そこへ持っていくまでの流れは、 まったりとしていながらも、さっぱりとした後味、 そして爽やかな余韻を残しながらも、 次…
2022/08/05 18:48 退会済み
管理
[一言] 面白かったです。そうきたかw てっきり店長が幽霊で店が幽霊屋敷かと思ってました。まだまだ修行が足りんな。何の?
感想一覧
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