大学4年生になって
平成20年(2008年)4月、私、周愛玲も、私の親戚の娘、琳美も、いよいよ次のステップに向かう最終学年になった。私はS大学の4年生。琳美は高校3年生。この1年が過ぎ去ると、琳美は大学1年生になり、私は大学を卒業して社会人になるのだ。互いに不安と希望の入り交じった気持ちで新学期を迎えることになったが、私の気持ちは尋常では無かった。どんな企業に入社することが出来るのかが重要課題だった。希望する『日輪商事』か『富岡産業』に入社したいと、心より願っているが、結果が出るまでは、まだまだ時間がかかった。今年はどこの企業も採用人数を削減していて、採用を見送る会社もあるという情報も流れていた。それ故、早く何処かの会社から内定の連絡を戴きたかった。兎に角、沢山、応募し、大学に通いながら、通知を待つしか方法が無かった。こんな心境を後輩の1年生たちは、まるっきし分かっていなかった。新しく知り合ったクラスメイトと校庭の桜の木の下ではしゃぎ回っていた。私にも、そんな時代があった。大学生になり、川添可憐たちと知合いになり、工藤正雄たち、男子学生とも交際するようになり、何とか4年生になることが出来た。しかし、来春には、4年間、親しくして来た仲間たちとも離れ離れにならなければならない。そう思うと、とても感傷的な気分になった。私は同じ教室で学ぶ工藤正雄に、時々、視線を送ったりした。それを柴田美雪や吉原美智子が見逃してくれる筈が無かった。前回と同様、お節介焼きの吉原美智子が話合いたいと言って来た。私は、大学の教務課で3年後期の成績表をいただいてから、彼女の指定する経堂の喫茶店『モナコ』に行った。細井真理を一緒に連れて行こうと思ったが、こじれると困るので、1人で行った。待っていたのは美智子と美雪だった。先ず私がアメリカンコーヒーを頼み、一口飲んでから、美智子が言った。
「愛ちゃん。前にも言ったけど、工藤君を悩ますようなことをしないでね。今日は、その念押しに、2人で来たの」
その美智子の最初の言葉で私は直ぐに不愉快な気分になった。しかし私は工藤正雄と柴田美雪の関係がどんな関係にあるのか全く把握していなかったので、怒りを抑えた。なのに正雄に頼まれてもいない美智子が、私に警告するような言い方をするので、頭に来た。
「そんなことを言われても、私には、どうすれば良いのか分からないわ。美雪ちゃん。私、どうすれば良いの?」
私は美智子に口出しさせている美雪を睨みつけた。すると普段、大人しそうにしている美雪が、私を睨み返し、きっぱりと答えた。
「工藤君に近づかないで欲しいの」
「でもクラスも同じだし、ゼミも一緒よ。難しいわ」
「なら大学に来なければ良いじゃあない」
「何ですって」
「貴女が大学に来なければ、工藤君は余所見をしないわ」
「分かった。学校に貴女たち2人の申し出を明記して、休学届を出すわ」
「出すなら出しなさいよ」
美雪は強気だった。その美雪の袖を美智子が慌てて引っ張った。
「それはまずいわよ。そんなことされたら、私たち退学よ」
美智子の言葉に美雪の顔色が蒼白になった。私は我慢出来なかった。コーヒー代、百円玉、3枚をテーブルに置いて立上がった。
「私、帰る!」
「待ってよ。待って。撤回、撤回」
美智子が私の腕にしがみついて詫びた。私は、それを振り払い、喫茶店から跳び出した。私は、喫茶店の前から、経堂駅まで走った。気分転換したかった。そこで倉田常務にメールした。
*お久しぶり。
中国の仕事、如何ですか?
忙しいですか?*
すると倉田常務から、直ぐに返信メールが届いた。
*メール、有難う。
中国の技術者が今日、帰国したので
ホッとしました*
本来なら、私が通訳をしなければいけない仕事だったのに、倉田常務は、私の学業の事、就職の事、両親が来日している事など考慮し、私にアルバイトの仕事を依頼しなかったのだ。私は倉田常務からの返信を受けて、気が晴れた。
*お疲れ様でした。
私は大学4年生になり、今日、学校から
3年の成績表をもらいました。
成績は、ほとんど優。ラッキー*
このメールの3年の成績結果は事実であり、自分でも信じ難いことだった。この成績は、川北教授が言っていたように、我が校の卒業生の就職を有利にする為の大学側の、配慮が働いているように思われた。
*それは、それはお目出とう。
頑張りましたね。
そのうち、お祝いしましょう*
倉田常務が心から喜んでくれていることが、文面で分かった。私は倉田常務と早く会いたいと思った。また角筈のマンションで私の帰りを待っている両親に、今日、教務課に行ってもらった成績表を早く見せてやりたいと思った。両親が跳び上がって喜んでくれるに違いないと思うと、喫茶店『モナコ』から出て来た時の暗かった気分は、全く何処かへと吹き飛んでしまった。小田急線の電車の窓から見える桜の花も、もう花吹雪になって吹き飛んでいた。
〇
4月も半ばになると、クラスメイトは大学に顔を出さなくなった。毎日、就職活動に走り回っているという話だった。私も就職活動をしているが、自分に適合した応募先は簡単に見つかるものでは無かった。私が期待するのは『富岡産業』だった。その『富岡産業』の夏目課長からメールが入ったのは金曜日の午後だった。
*書類、受取りました。
応募者は30人程です。
まず入社試験があります。
その問題を教えますので、夕方6時、
何時もの所で、お会いしましょう*
私は、そのメールを受け、大喜びして、直ぐにOKの返事を送った。試験問題を教えてもらえれば、高得点を取ることは簡単だ。私は金曜日なので『快風』でのアルバイトがあったが、謝月亮店長に電話し、就職活動の面接が夕方にあるので、出勤が遅くなると遅刻許可をいただいた。それからマンションに帰って、両親に同じことを説明し、2人で夕食を済ませるよう伝え、秋葉原の『ワシントンホテル』に6時に行った。何時ものことながら、夏目課長は、私より早くホテルの入り口近くの石段の所に立って、携帯電話を睨んでいた。
「お待たせ」
私が声をかけると、夏目課長は慌てて携帯電話を胸ポケットに仕舞い、目を細めて言った。
「今日は和食にしましょう」
「はい」
私は夏目課長に言われるがままに従った。夏目課長は私を『ワシントンホテル』近くの地下にある日本料理店『八吉』に案内した。そこの個室に通され、料理を註文してから、料理が運ばれて来る間に、夏目課長は、黒い皮カバンの中から入社試験の問題用紙を取り出し、私に示した。そして、私に解答を教えてくれた。
「一番最後の作文は『大学生活で得たもの』について述べよという問題です。突然、この質問を出されて、応募者が戸惑うか否かを採用側が確認する為の問題です。全く書けない人がいたりするので、応募者の臨機応変度を私たちが知る目的です。試験の前日にでもメモ用紙に書いて覚えれば、スラスラと書けるでしょう」
夏目課長は懇切丁寧に指導してくれた。やがて日本料理が運ばれて来たので、私たちは打合せを終了し、日本酒を飲みながら、豆腐、焼き魚、刺身、天麩羅、寿司などのコース料理をいただいた。私は入社試験問題を教えていただいた有難さと料理の美味しさが重なり、嬉しさいっぱいになった。『富岡産業』の入社試験に合格し、採用されること間違い無しと確信した。私は夏目課長に酒を注ぎ、自分も酒をさされて、良い気分になった。私たちは満腹になり、日本料理店『八吉』を出た。それから、夏目課長は、ちょっとフラフラしながら、私を誘った。
「次に行こう」
私は、またカラオケに行くものと思い、彼と一緒にタクシーに乗った。ところが彼がタクシー運転手に指示した行先は、上野広小路では無く浅草だった。田原町でタクシーを降り、連れて行かれたのはラブホテル『リボン』だった。
「良いだろう」
私は夏目課長の要望をあっさりと受け入れた。『リボン』の部屋に入ると、お酒の所為もあったのでしょうか、夏目課長は目の周りを真っ赤に染めて、うっとりと私を見詰め、カバンをソフアの上に放り投げると、私にキッスを求めて来た。私は抵抗しなかった。今まで、沢山の男たちを相手にして来た私にとって、緊張することでも無かった。夏目課長の要望に応え、自分が採用してもらえれば幸運だと思えた。夏目課長は服を着たまま私をベットの上に押し倒すと、了解も無しに私の上にのしかかって来た。胸のボタンに手を伸ばして言った。
「今夜は帰らなくてもいいだろう」
彼は私の衣服を脱がせながら、むせかえるような男の匂いをさせて囁いた。
「駄目です。早く帰らないと」
「なら急ごう」
夏目課長は、私のリクルートスーツのジャケットを脱がせると、ブラウス、ブラジャーを簡単に取り外したが、フレアズボンを脱がすのにてこずった。仕方なく私が海老型になって、ズボンを脱ぐと、彼はパンティストッキングを脱がし、パンティを素早く取り外そうとした。ところが酔っている所為かモタモタして、その動きが緩慢で、私はもどかして仕方なかった。それでも彼は何とか私を真っ裸にさせ、自分のズボンを脱ぎ、私に襲い掛かって来た。私は彼に襲われながら、彼の上半身のYシャツや下着を脱がせた。夏目課長は私の伴走に狂喜し、上から、横から、後ろから、私を攻め立てた。その激しさに私の陰部では愛玩されているという歓びの快感が湧き上がり、それが全身へと広がった。私は彼を歓ばせようと、必死になって腰を突き上げ、彼の熱い物を受け入れた。私は採用されたいという欲望も加わり、夏目課長を完全に抱え込んでいた。夏目課長は私の上で目的を果たし、満足した。
「これからも、時々、会ってくれるね」
「はい」
私は採用してもらえるなら、総て言うことを利こうと心に決めた。ホテルを出たのは9時近くだった。私は駅の改札で夏目課長と別れると、急いで地下鉄に跳び乗り、新宿の『快風』に向かった。
〇
3月、斉田医師に会った時、奥さんと別れてなんて、言ったからでしょうか、4月になってからも、斉田医師から一度も連絡が来なかった。私も両親が来日しているので、芳美姉が画策した通り、男たちと会う時間の余裕が無くなり、斉田医師とは連絡を取らないでいた。この私の態度に対し、斉田医師がどのように対処して来るのか、気になっていたが、こちらから仕掛ける訳にも行かなかった。その我慢が、ストレスになったのか、突然、私の親知らず歯が痛み出し、いてもたってもいられなくなった。突然のことなので、私は勿論であるが、両親がとても心配した。私は即日、歯科医院に駆け込み親知らず歯を抜いてもらった。すると信じられない程、スッキリした気持ちになった。そこで倉田常務にメールした。
*お元気ですか?
今日は一日中、雨の天気ですね。
私は今日、会社説明会に参加せず、
お母さんと一緒に歯医者に行って来ました。
最近、ストレスで親知らず歯が痛くなり、
我慢出来なかったので抜きました。
ついでに虫歯の治療もしてもらいました。
現在、少し、熱があるので寝ています。
倉田さんは、お仕事中ですか?
お忙しいですか?
会いたいです*
すると倉田常務は直ぐに返事をくれた。
*私は今、ビックサイトの国際展示場にいます。
真面目に仕事に取り組んでいます。
歯痛とは辛いですね。
でも、お母さんがいてくれて良かったですね。
元気になったら連絡して下さい。
何時も、貴女のことを想っています*
私は倉田常務のメールを受けるや、歯の痛みを感じなくなった。直ぐにでも会いたくなった。それで再びメールした。
*明日、時間があるので会いませんか?
午後3時、何時もの喫茶店で*
倉田常務の答えはOKだった。そして翌日の午後、私は幡ヶ谷の健康ランドに両親を連れて行き、それから新宿に戻り、倉田常務と会った。喫茶店『トマト』でコーヒーを飲みながら、倉田常務が私に質問した。
「ご両親は東京に慣れたかな?」
「はい。2人とも東京が好きみたい。『新宿御苑』の花見に連れて行ったら、余りにも桜の花が綺麗だったので、大喜び。またパスモにもびっくりしているの。中国では電車やバスに乗るのに、切符を買うのに、日本には切符切りなどいなくって、カードを差し込めば、何処にでも行けるから」
そう話すと倉田常務は笑い、次の質問をした。
「今日は何処かへ連れて行かなくて良かったの?」
「昼御飯を済ませてから、一番で幡ヶ谷の健康温泉に連れて行って、私だけ戻って来たの。2人とも温泉に浸かって、夕方まで、マンションに戻って来ないわ。2人とも温泉が好きなの。だからそれまで時間があるの」
「そう。ところで就職活動の方は?」
「1社、何とか決まりそう。でも2社程度、内定をもらわないと安心出来ないわ」
私が余裕を見せた言い方をすると、倉田常務はニッコリして私に訊ねた。
「決まりそうな会社が見つかって、良かったね」
「はい」
「大学の成績で優が増えたのを祝って、食事したいけど、何が良い?」
「今日は夕方、帰らないといけないから、何時もの所に行くだけで良いわ」
私は、夕方、マンションに戻らなければならないので、次に会った時、食事のおねだりをすることにした。倉田常務は残念そうな顔をした。私たちは喫茶店『トマト』を出て、『オアシス』に移動し、そこで何時ものように抱き合った。他の男たちのことを深く考えず、倉田常務と裸で抱き合った。私のしていることは出鱈目過ぎるでしょうか。でも私は自分に好意的な男に抱かれたかったから、倉田常務に溺れた。倉田常務の重たい身体が、私にずっしりと乗って来て、汗びっしょりになって愛を注がれると私の頭のてっぺんから、足の爪先まで快感が走り、私は死んでも良いような恍惚に陥った。倉田常務も私の愛器との交接角度がぴったりと合致し、その快感に尻を揺さぶった。この歓びの共感は、40歳という年齢差だから得られる快感かも知れなかった。兎に角、私と倉田常務の相性が良いことは、間違い無かった。私はこのことが不思議で不思議でならなかった。この世には、こんなことってあるのだ。私は目まいを起こしそうになりながら、どうしようもなく蕩けた。
〇
4月末、つつじの花が咲いて、『北京オリンピック』の聖火ランナーが長野に向かって走つているという日、私は『富岡産業』の採用試験会場に出かけた。午前10時に神田の本社ビルの大会議室に集まったのは、男女30名。望月総務部長の挨拶の後、夏目課長が女子社員たちに試験の問題用紙を配布させた。それは既に私が目にしているものと同一であったから、私は緊張せずに、その用紙に解答を書き込むことが出来た。『大学生活で得たもの』についての文章は、可憐に書いてもらった文章を記憶から呼び出し、答案用紙に一字一句、丁寧に書いた。大学で出会った友人、大学で学んだ知識、グローバル化の3点を大学生活で得たものとして記した。その学力試験が終わると、女子社員たちから各人に幕の内弁当が配られた。前回のものと同じだった。私たち30人は、それをいただきながら雑談したりした。ほとんどの大学生が東京六大学などの有名大学の学生たちだったので、私は不安になった。採用テストの結果が良くても、果たして採用してもらえるか心配になった。午後1時になると、望月部長や夏目課長たちが再び会議室に現れ、今後の予定について、望月部長が話された。
「皆さん。本日は御苦労様でした。本日のテスト成績や学生生活に関する作文をもとに、2次試験に進むメンバーを選定させていただきます。5月末に、2次試験に進めるか否かの通知を皆さんに郵送致しますので、確認して下さい。選定された人は6月初旬、2次試験を、ここで行うことになります。では、解散しますので、交通費を受け取って帰って下さい。お疲れ様でした」
私は今日の問題をスラスラ書けたことから、2次試験に進めると確信したが、それでも、ちょっと不安だった。女子社員から交通費を受け取って帰りながら私が夏目課長に視線を送ると、彼は素知らぬ顔で、他の学生たちに手を振った。役目上、受験者と個人的に接してはならないことは分かっていたが、ちょっと寂しかった。午後1時半、私は『富岡産業』を出て、可憐たちと3時半に渋谷で会うことにした。私は地下鉄銀座線で渋谷に着いてから、百貨店内を歩き回ったりして、時間調整した。午後3時半過ぎ、私はハチ公前で可憐、純子、真理と合流し、喫茶店『ロクシタン』に入った。甘いケーキセットを註文し、コーヒーや紅茶を飲みながら、互いの就活状況を報告し合った。皆、それぞれに悩んでいた。日本国内の有効求人倍率の数値は下がる一方で、新卒者が希望通りの職種に就職出来ないというのが現実だった。可憐は電機会社の経理の1次試験に合格したが、勤務場所が都心で無いので、もう1社に入りたいと希望していた。純子は平林光男の父親が経営するベンチャー企業に、ほぼ内定したような口ぶりだった。真理は繊維会社の部長とのコネクションを利用し、採用して貰おうと必死だが、まだ人事部長に合せて貰っていないという。その為、有名百貨店の採用試験に応募しているというが、競争率が高いので、期待出来そうにないという。私も真理と似たようなもので、『日輪商事』はレベルが高く、期待出来るのは『富岡産業』しか無かった。私と真理が暗い顔をしているのを見て、可憐が言った。
「まだ就活がスタートしたばかしだから、悩むことは無いわよ。5月から6月が勝負ね」
可憐に励まされても、まだ就職先が具体的になっていない真理と私は不安だった。
「男どもは、どうなっているのか、誰か知ってる?」
真理が乱暴な言い方をした。すると純子が平林光男から耳にしている仲間の就活状況を話してくれた。
「平林君は父親の取引先の大手商社に、ほぼ決まりみたいよ。長山君は静岡に戻るか悩んでいるみたい。小沢君はアパレル会社の営業部に配属されるみたいね。工藤君はホームセンターの本社に勤務するのよね。愛ちゃん」
私は純子に工藤正雄のことを確認されたが、彼の就職先がどうなっているのか、現状を把握していなかった。自分のことばかり考えていて、他人のことなど気にする余裕など無かった。それに吉原美智子や柴田美雪と口論したこともあって、彼と接触することに、何となく臆病になっていた。女の嫉妬は根が深く、怖いから、あれ以来、正雄から遠ざかっていた。恋心らしきものもあったが、敢えて、その感情を抑え、今まで何もなかった素振りをして過ごして来た。最終的に彼の就職はどうなったのかしら。親の工務店の隣りにホームセンターを開店するのが、将来の夢と語っていたが、純子の話が本当なら、1歩前進したといえる。私は仲間の話を聞いて、自分も早く、何処かの会社から内定をもらい、ホッとしたいと思った。
〇
5月の連休、工藤正雄が会いたいとメールして来た。柴田美雪のこともあり、ゼミの時以外、正雄のことをキャンパス内では疎外視して来たが、彼の誠実な性格を思うと、彼の希望を無視することは出来なかった。それに普段、キャンパスにいる時、正雄がクラスの柴田美雪や吉原美智子たちと楽し気に話しているのを見て、私の心は揺れ動いた。嫉妬心で自信を失い、涙が出そうになった。そんなだったから、何時か2人っきりで話したいと思っていたので、メールをもらって嬉しかった。私は彼の指定する成城の喫茶店『シュベール』へ出かけた。元気であることを示そうと、ハートマークのついたTシャツの上に、オレンジ色のカーディガンをひっかけ、ちょっと色褪せたブルーのジーンズを穿いたスタイルで、喫茶店『シュベール』に入ると、工藤正雄が既にコーヒーを飲みながら、私を待っていた。彼は、私を見るなり言った。
「急にメールして、ごめん。大学では会話しずらいみたいだったから」
「そう。柴田さんや吉原さんが、クウ君と私が会話すると邪見にするから」
「何んで?」
「私をクウ君から引き離したいのよ」
「彼女たちに何か言われたの?」
「ええ、言われたわ。貴女は中国人なんだから、工藤君に近づかないでって」
私の言葉を聞いて、工藤正雄は顔をしかめた。目を閉じ、じっと考え込んだ。私には彼が私の言葉を聞いて、何を考えているのか分からなかった。正雄と柴田美雪の関係が、どの程度になっているのか、私には分からなかった。それで質問した。
「一つだけ訊いても良い?」
「ああ、良いよ」
「美雪ちゃんのこと、どう思っているの?」
「クラスの友達の1人だと思っている」
「女の子としてはどう。好きなんじゃあないの?」
「そ、そんなこと思った事など無いよ。何で俺が彼女に・・・」
正雄は一瞬、慌てはしたが、はっきりと首を横に振り、美雪に対し気が無いと否定した。しかし、私は、ホワイトチョコをお返しする程の関係だから、正雄の発言を素直に信用することが出来なかった。人の心などというものは、相当にあやふやなものだ。それは自分が、そうだから分かっている。純情な正雄であっても、美雪に迫られ、その気になって、既に巻き込まれてしまっているのかもしれない。正雄のことを疑っている私に、正雄は顔を近づけて訊いた。
「そんなことより、君の就職活動は、どんな状況なの?」
「1社、1次試験をパスして、2次試験を待っているところ。2次試験で内定もらえたら、そこにしようと思うの?」
「どんな会社?」
「中堅商社よ。そこで中国貿易の仕事をしたいの」
「決まると良いね」
彼は優しかった。男らしいシャープな顔つきと背筋をピンと伸ばした精悍な体格に似合わぬ、このソフトな感じが、女にもてるのだと思った。彼の会話からは、心から湧き上がる情熱も伝わって来た。
「前にも話したかも知れないが、俺は大型ホームセンターの本社から内定をもらっている。神谷は栃木店の配属になりそうなので、別の会社にしようかと言っている」
「そう。クウ君、希望が叶って良かったわね」
「まあな」
私たちは就職活動の状況報告を終えてから、パスタを註文し、ちょっとした腹ごしらえをした。そして、その後、ボーリング場に行くことにした。正雄の運転して来たトヨタの『シーマ』に乗せてもらい、世田谷通りを走り、千歳船橋近くのスポーツセンター『オークラ・ランド』に行った。そこはボーリング場の他、ゴルフやバッティングを楽しめるスポーツセンターだった。ボーリング場に入ると、ゴールデンウイークなので、ほとんどのレーンが客で埋まっていた。でも順番を待って、ボーリングを楽しんだ。ボーリング場内は、ボーリング球がレーンを走り、ピンを倒す音が絶えず鳴り響き、うるさかったが、ゲームを始めると、その高揚感に夢中になった。大きな赤いハートマークのついたTシャツ姿で、胸を膨らませてボーリング球を投げる私の姿は人目をひいた。熱心にボーリング球を投げる私の後ろ姿を、正雄が見ているかと思うと、胸がワクワクした。ゲーム成績は正雄に大差で敗れたが、ストライクが出た時は、大喜びした。ボウリングゲームを終えてから、正雄は私を車に乗せて、多摩川べりのドライブを楽しんだ。川べりでは親子連れや、子供たちや若者が、スポーツなどをして楽しんでいた。私たちは駐車場に車を置いて、河原をを散歩した。運動場から離れた河原にはススキが生い茂り、所々に宇津木の花が咲いて、空では雲雀が鳴いていた。人気が無いのを見計らって、正雄が急に立止まり、私に言った。
「就職して落着いたら、結婚しようか?」
私は、予期せぬ正雄の告白にびっくりした。ちょっと単純なプロポーズ過ぎた。
「冗談でしょう」
私は、まともに受け止めず、笑ってごまかした。まさか、こんな所で、プロポーズされようとは思いも寄らなかった。でも嬉しかった。
〇
5月6日、中国の胡錦涛国家主席が来日した。歴史問題、冷凍ギョーザ事件、東シナ海ガス田共同開発、チベット問題、オリンピックへの協力などの諸問題について、胡錦涛主席は福田首相と会談した。福田康夫首相の父、福田赳夫は昭和53年(1978年)中国との『日中平和友好条約』に調印し、中国の鄧小平副総理を日本に迎えた人物であり、その息子の福田康夫首相も、中国とは、とても友好的であり、会談はスムースに行われた。その日は晴天だったが、私は外出せず、マンションの部屋で両親と一緒に、そのニュースをテレビで観ながら、ダラダラしていた。そこへ珍しく倉田常務の方からメールが送られて来た。
*今から新宿へ行きます。
遅い昼食でもしますか?*
私はゴールデンウィークの最終日、両親とマンションの部屋の中に閉じこもっているのも退屈だったので、直ぐに了解の返信をした。
*了解しました。
新宿に着きそうな時間、教えて下さい*
すると午後1時に新宿に到着予定だという。私は突然だったので慌てた。両親に昼食をしないで出かけると伝えると、両親も買い物に出かけて、外で食べると言った。馴染みの中国人が経営する店を見つけたのだ。午後1時前、私はその両親と部屋を出て、マンションの前で別れた。新宿駅に到着する寸前で、母から携帯に連絡が入った。マンションの部屋の鍵を持たずに外出したことに気づいたという。私は慌ててマンションに引き返し、両親に合鍵を渡した。それから倉田常務にメールした。
*今、化粧しています。
1時半過ぎに着くと思うから、待っててね。
ごめん。愛しています*
時間にうるさい倉田常務に、また叱られると覚悟した。約束の場所に私が到着したのは、約束の1時間後だった。案の定、倉田常務は立腹していた。
「毎回のことなので、言いたくないが、君は嘘つきだ。中国では嘘つきが通用しても、日本では嘘つきは通用しない。そんな人間を雇う程、日本の企業は甘くないよ」
言われると思っていたことを言われ、私は泣きそうになった。
「お父さんが家の鍵を忘れてしまったので、一旦、家に戻ったから・・・」
倉田常務は、そんな理由を無視した。どうせ嘘に決まっていると思っているに違いなかった。理由は何であれ、約束を破り、大幅に遅刻したことは確かだ。私はオドオドして、何度も許して欲しいと詫びた。倉田常務は呆れ顔をして言った。
「もう良いよ。それより何より、腹ペコだ。食事をしよう」
私はホッとした。私たちは馴染みの焼肉店『叙々苑』に入り、定食を註文した。そして互いに競うように食べ、ホルモンを追加注文したりした。互いに満腹になり、空腹だった時の倉田常務の怒りも治まり、話題が中国の政治の話になった。倉田常務は、来日した胡錦涛主席のことを紳士的な人物であると評価した。また胡錦涛が尊敬する鄧小平を立派な人物だと褒めちぎった。中国の近代化は未来を見詰めた鄧小平の功績と言っても過言ではないと語った。そして、その後の江沢民については、反日運動を煽動し、日本人に評判が悪く中国の信用を逆戻りさせてしまったと論じた。私も江沢民の悪口を言った。
「江沢民は、中国では無能力者、何もしない婆さんと言われているの」
また倉田常務は、台湾についても語った。
「第2次世界大戦で敗戦国になった日本の属国、台湾では、有能な青年たちが台湾共和国を樹立した。なのに、中国での覇権争いに敗れた国民党軍が大陸から逃げ込んで来て、蒋介石が武力で統治を開始し、中華民国にしたんだ。中国は今、台湾を統合しようとやっきになっているが、アメリカの支援を受けている台湾は、民主化が進み、今やアメリカを裏切れないだろう」
それから話は満州国の話になり、倉田常務に、韃靼族は何処へ行ったのかと、訊かれた。私は多分、私たちの満州人が、その子孫でしょうと答えた。そんな話をして焼肉を食べ終え、私たちはアイスクリームとメロンをいただいた。『叙々苑』での食事が終わってから、私たちは『オアシス』に移動して日中友好。倉田常務は、私が大学からオール優に近い好成績をもらったので、それを祝ってネックレスをプレゼントしてくれた。プレゼントはそれだけではない。彼は更に私に狂おしい程の歓喜をプレゼントしてくれた。たまらない。愛のプレゼント。わぁ、すごい。本格的。熱烈交歓。互いに激しく燃え合う。とどまることを知らない愛。2人の運命の流れはこれからどうなって行くの。それは分からないが、今はただ燃えるのみ。何時も思う事だ、不思議な事に私たちはぴったり。40歳の年齢差で何の違和感も無く歓びを共感出来るとはどういうこと。不思議でならない。神様の悪戯とはいえ、私はどうすれば良いの。ひたすら彼にしがみついていれば良いのかしら。
〇
それから1週間後の5月12日、中国の四川省でマグニチュード7,8の大地震が起こった。校舎が倒壊し、生徒九百人が生き埋めになるなど、その被害は甘粛、陝西、雲南、山西、貴州、湖北の7省と重慶市に及び、沢山の死者が出た。その地震の規模は、阪神大震災のマグニチュード6,9に較べ、その20倍近い超大地震だった。温家宝首相が現地に飛び、直接、現場指示する姿をテレビで観て、中国トップの対応に、私は両親や芳美姉たちと一緒に感激した。それにしても、今回の大地震で判明した事だが、中国の建築工事は杜撰なすっからかん工事ばかりなので、驚いた。道路、橋梁は勿論のこと、避難民が集まるべき学校までもが崩れてしまう状況であるから、助かる者も助からなかった。このことは中国共産党員の汚職の氾濫が、地震に加わりもたらした人災ともいえた。この間まで、チベット問題で揺れ動いていた中国だったが、この地震により、総てが吹き飛んでしまった。この地震は天罰なのか。天祐なのか。阪神大震災での死者は約六千五百名だが、今回の四川省の大地震での死者は、その10倍の六万五千名というから、実に恐ろしく大規模な被害に見舞われたことになる。これからも死者は増えることでしょう。それに、2次被害が発生するかもしれないと、心配された。北京オリンピックはどうなるのか。日本政府は、この被害の救援隊を直ちに中国に派遣したが、うまく行くでしょうか。その数日後、私が大学に行き、ゼミの授業に出席すると、クラスの仲間同様、川北教授からも、地震についての質問があった。
「四川大地震には驚きました。周さんの知合いで被害はなかったですか?」
「私の実家は東北地方なので、知合いもいません。身近での被害はありませんでしたが、今回の大地震による中国経済への影響は大きいと思います」
「そうですね。でも世界の国は、中国のオリンピックを成功させる為に、この震災の復興支援に協力する筈です」
川北教授は、そう言って笑った。川北教授には倉田常務に似た紳士的な優しさがあった。そんな川北教授と私のやりとりを聞いて、中田珠理が、私をつついて小さな声で言った。
「川北先生は何時も愛ちゃんのことを気にしているのね」
「そうそう。美人は得よね」
杉本直美が、それに相槌を打った。私は2人の言葉が川北教授に聞こえたのではないかと、心配した。しかし、川北教授は、もう次へと話題を進めていて、自分のゼミの学生たちの就職活動がどうなっているのか、質問していた。
「もう、内定をもらった人はいますか?」
その質問に誰も返事をしなかった。誰かが言い出すのを待っている風だった。川北教授はゼミのリーダーである浜口明夫に訊ねた。
「浜口君。君の就職は、どうなりましたか?」
「僕はテスト的に2社程、会社訪問しましたが、採用試験には参加しませんでした。父親のレストラン経営を手伝うことに決めていますので・・・」
「そうでしたね」
川北教授は、そう言ってから、次に誰に訊こうか、迷った。すると水野良子が手を上げて、自分の就活状況を話した。
「はい。先生。私は信用金庫の試験を受けて、一次試験を通過しました。次の面接試験にパスすれば内定です」
「それは楽しみですね」
水野良子に続いて、工藤正雄が答えた。
「俺はホームセンターの本社に勤務する内定をもらいました。実家が建築業なので、そこで修業してから、ホームセンターを自分で始めるつもりです」
「おお、それは凄いな。入社して将来に向かって頑張り給え」
「はい」
「次はいないか?」
続いて手を上げる学生はいなかった。ゼミの教室の中はシーンとなった。私も真理も、俯いたまま、ゼミの仲間の動向を窺がった。川北教授は、その雰囲気を察し、これ以上、他の学生たちの状況を訊くのを止めた。まだ就職活動をスタートさせたばかしの学生もいて、本格的になって行くのは、6月であると知っているからか、就職難の時代であると理解しているからか、私には分からなかった。自信ありそうなのは、浜口明夫、水野良子、工藤正雄の3人以外、誰もいなかった。採用通知を受取るまでは、油断出来ない時代であると、誰もが新聞やテレビの報道で理解していた。
〇
私が真理たちと、図書室の片隅で、次に応募する会社に提出する為の履歴書を書いていると。『富岡産業』の夏目課長からメールが送られて来た。
*中間報告をしますので
今日、会えますか?*
私は1も2も無くOKの返事をした。夏目課長が、待合せ場所を浅草に指定したので、私は大学から一旦、角筈のマンションに戻り、両親に就職の件で打合せがあるので、夕食を一緒に出来ないと断り、浅草に向かった。地下鉄浅草駅の改札口で6時過ぎ、夏目課長と合流した。まずは駅近くの寿司屋『旭寿司』に入り、美味しい寿司をいただいた。夏目課長は、ビールを飲み、寿司をつまみながら、中間報告をしてくれた。
「1次試験を通過したよ。月末、2次試験日の通知が行くから、楽しみに待ってて」
「有難う御座います。私、嬉しいわ。次はどんな問題が出るの?」
「問題というより、人物試験だ」
「人物試験?」
「そう、人柄がどうかという確認試験さ。しぼられた12名に役員が加わった討論会だよ。それを経て、最終面接で、採用者5名を決定することになっている」
夏目課長は私を見詰め、得意になって話した。就活市場は今年も買い手市場になっていて、求職学生が不利であることを承知での得意な態度だった。この集団での討論会は求職学生が、討論会に於いて、自分の思考を明確に発言し、他に明確に伝えられるかを審査するのが目的だった。私は訊いた。
「討論会の議題は分かっているのですか?」
すると夏目課長は私の胸元を覗き込みながら喋った。
「討論会のテーマは『どんな社員になろうと考えているか』だ。社長が喜びそうな言葉を考えて討論して欲しい」
「分かりました」
私は寿司を頬張りながら頷いた。夏目課長は説明を聞いて元気な私を見て、嬉しそうだった。寿司をたらふく食べ、ビールを飲み終えると、夏目課長はポケットから財布を取り出し、食事代を支払ってくれた。私はずうずうしく御馳走になった。店を出てから私は、夏目課長に頭を下げた。
「御馳走様でした」
「じゃあ、次へ行こうか」
夏目課長は、私の先に立って浅草駅前から国際通り方面へと歩いた。そして、前回、入った事のある『リボン』に連れて行かれた。私は部屋に入ると、バックをテーブルの上に置き、黒いリクルートスーツを脱いだ。それからバスルーム入ってシャワーを浴びた。その私を追って、夏目課長がバスルームに入って来た。私は仕方なく、夏目課長の身体にボディシャンプーを塗り、彼の身体を洗ってやった。彼に触られながら、彼の勃起して太くなっている物を洗った。恥ずかしさは無かった。そんなことをしてバスルームから出て、ベットに入ると、彼は私の上にのしかかり、強引にキッスして来た。私は採用される為なら仕方ないと観念しながら、彼の舌を舐め返しながら、彼の大きくなっている物をしごいた。夏目課長は、訪れるであろう挿入の歓びに興奮し、溜息をこぼし、私に要請した。
「舐めてくれないか」
私は、その言葉を聞いて、一瞬、どうしようかと迷ったが、結局、舐めてやることにした。この行為は初めてのことでは無かったし、慣れたものだった。彼の太くなっている物にコンドームを被せ、アイスキャンディ棒を舐めるように、手に握って裏表をペロペロと舐めてやった。すると夏目課長は、今までに経験してないことだったのでしょうか、直ぐに弾けそうな程に張りつめて叫んだ。
「行きそうだ。早く入れさせてくれ」
夏目課長は跳び起き、いきなり私の両脚を広げ、その中心に、自分の大きくなって燃える物を勢いよく挿入して来た。
「ああああっ」
焼けた鉄棒を入れられたような感覚が、私の局部を刺激した。果肉の扉が割られて、その奥に潜んでいる欲情が、その鉄棒によって掻き回され、疼き、私は平静ではいられなかった。私が喘ぎ声を上げ、熱い愛欲の悦び痙攣し、絶頂を迎えると、夏目課長が精液を放った。彼は溜まっていたものを総て射出すると、私の上に倒れ込み、ぐんなりとなった。私は、その彼を身体の上から払い除け、しばらくベットの上で大の字になって、ムード音楽を聴いた。それからバスルームに行き、身体を綺麗に洗った。そして、バスタオルで胸を隠しベットの前に戻ると、夏目課長は私の身体を上から下までねっとりと観察し、溜息を洩らし、私に懇願した。
「もう1回」
私は、一回を終わらせ、とても疲れたので、嫌だったが、採用されることを願い、彼の要望に従った。夢中になって与えられる快感に身を任せながら、就職出来ることを願った。夏目課長は、私が、そんなことを考えていることも意識せず、私の身体を充分に堪能し、タジタジになって果てた。それにしても、2回だなんて、私も欲張り過ぎた。私たちは『リボン』を出ると、もう喫茶店に入る気力も無かった。そのまま浅草駅へ行き、改札口で別れた。
〇
5月末、『富岡産業』からの1次試験合格の通知を受取った。2次試験は6月10日午後3時半から、本社ビルの会議室で行われるとのこと。私は、その通知を受取り、大喜びした。嬉しさの余り、両親に抱きつき、両親も大喜びした。お喋りな母は芳美姉や大山社長にまで、このことを話し、来日以来、悩みが尽きなかったが、漸く安心出来たので、中国へ帰ると決意した。両親がやっと中国へ帰ると決心してくれたので、私も芳美姉もホッとした。両親の日本での長期滞在により、お互いに出費が嵩んでいたから、内心、早く中国に帰って欲しいと願っていた。両親は東京の生活が快適なので、私の就職の目途が立たなかったら、まだ居残るつもりでいた。芳美姉は両親が帰国を決意すると、直ぐに帰りのチケットの手配をした。私は両親の帰国が決まると、早速、帰り仕度を手伝うことになり、これまた忙しくなった。日本の土産物を買うので、秋葉原まで行き、電気製品など、幾つも買い、『ユニクロ』で衣類を買い、デパートで菓子類を沢山、買った。その為、私が『快風』でアルバイトしたり、翻訳をして貯めた銀行通帳に記されていた預金残高は、すっからかんになってしまった。私はそこで倉田常務にメールした。優しい倉田常務は、直ぐに会ってくれると返事をくれた。ところが私は、倉田常務と5時半に会う約束をしておきながら、両親との買い物に時間をとられ、約束の場所に行くのに、1時間以上、遅れてしまった。私が約束の場所に行った時には彼の姿は、そこに無かった。私は慌てて、彼の携帯電話に電話した。
「今、何処にいるの?」
「うん。友達に会ってしまって、1時間後で無いと会えない。待っていてくれるかな?」
私は8時半から『快風』でのアルバイトが入つているので、これから1時間以上、待つ訳には行かなかった。
「駄目。8時過ぎに約束があるから」
「そう。なら、またにしよう」
「明日はどうなの?」
「明日は映画『椿三十郎』を観る約束があるから駄目」
「なら日曜日は?」
「日曜日は、ゆっくり休む日だから駄目」
約束の時間をまた破ってしまったので、倉田常務を怒らせてしまったらしい。私は諦めるより仕方無かった。
「では、月曜日に連絡します」
「了解」
彼の返事は冷たかった。私はガッカリして、モア2番街から歌舞伎町方面に向かって彷徨った。その落胆して彷徨う私の気持ちに追い打ちをかけるように、突然、雨が降って来た。早く帰らなければと、『ドンキホーテ』の前に差し掛かった時のことだった。赤い一つの傘に入って『ドンキホーテ』に駆け込む男女の姿を私は目にして驚いた。何と男の方は倉田常務だった。私は唖然として声を出すことが出来なかった。私は倉田常務に気づかれぬよう、商品の陰に隠れて、2人の様子を窺った。2人は4階の高級ブランド品コーナーへ上がって行った。そしてショーウインドーの中にあるジュエリーやバック類を眺めながら、売場の店員と価格交渉を始めた。私は倉田常務が、一緒にいる可愛い女に高級品を買って上げるのを確認すると、嫉妬の気持ちが込み上げて来た。居ても立つってもいられなくなり、私は階段を駆け下り、足早に、その場から立ち去った。『ドンキホーテ』を出て、無情な雨の中を走った。涙がボロボロ流れた。私が約束の時間を守らなかったが為に、倉田常務は、別の女と行動することになってしまったのだと思うと、約束を守らなかった自分に腹が立った。日本人は時間に厳しいとは分かっていたが、こんなことになろうとは。私は倉田常務の切り替えの早さと、約束を守らなかったらどうになるかを思い知らされた。それと共に、倉田常務を捕まえた女のことを恨んだ。彼女は欲しい物を買ってもらい、その後、ホテルに行ったり、食事をするに違いなかった。私は倉田常務と彼女の情事を想像し、嫉妬に燃えた。普段、ソフトで優しく甘い倉田常務だが、約束事に対しては、四角四面、厳格で、融通の利かない頑固な人だと、改めて理解した。それにしても、あんな下品な女に連れ去られようとは、全く予想外だった。雨は私の黒髪を濡らした。びしょ濡れになって、マンションに帰ると、両親が、びっくりした。
「どうしたの?」
「何でもない」
私は両親に友達と会う約束が中止になったので、これからアルバイトに出かけると言って、衣服を着替え、傘を持って、マンションを出た。アルバイト先の『快風』に向かいながら、私は再び雨をしのぎつつ、咽び泣いた。
〇
私は両親が中国へ帰国する飛行機代の支払いや土産物代金の為、金欠病に苦しんだ。倉田常務を怒らせてしまった私には頼りになる人がいなかった。芳美姉に、借金したく無かったし、クラスの仲間に頼るのも嫌だった。そこで、ここ数ヶ月、連絡の無い斉田医師にメールを送った。
*お元気ですか?
お久しぶりです。
その後、どうしているかと
気になっています。
会いたいです*
すると直ぐに斉田医師から返事のメールが送られて来た。
*私も会いたいです。
君の都合に合せます。
君の笑顔を一時も早く見たい*
その返事を読んで、私は雨雲の間から晴天が見えたような喜びを感じた。
*では明日、夕方6時半、会いましょう。
私もとても会いたいです。
沢山、沢山、話したいことがあるの*
何というやりとりか。私は斉田医師が私のことを敬遠しているのではないかと思っていたが、そうでは無かったようだ。私は翌日の夕刻、新大久保駅に行き、斉田医師と合流した。まず焼き肉店『吉林坊』に入り、焼肉を食べ、ビールを飲みながら、斉田医師に自分の近況を報告した。
「4月から4年生になり、就職出来るかどうか、とても微妙なの。どこの会社も求人を中断したり控えたりしているので、競争率が高くて、厳しいの。応募した会社のほとんどが1次試験で不合格。私、ノイローゼになりそう」
「バブル崩壊後の就職氷河期が、まだ続いているんだ。正規雇用が激減している時代になってしまったから、大変だね」
「はい。そうなの。その上、私の就職を心配して、両親が来日したけど、日本語が出来ないから、私にとっては足手まといなの。その上、生活費もかかるでしょ。だから私、ストレス、溜まっちゃって、先生にとても会いたくなっちゃったの」
「そりゃあ、いろいろあって大変だね。私の出来る事なら、可能な限り協力してやるよ」
「有難う。先生って優しいのね」
私は甘ったるい声で感謝の気持ちを伝えた。すると斉田医師は神妙な顔つきになって私に言った。
「君には特別さ。君からメールをもらって良かった。3月、君と別れて以来、ずっと悩んで来た。どうしたら良いのかいろいろ考え、辛かっつたし、寂しかった」
「私もよ。先生から何の連絡が無かったから、辛かったわよ。でも悪いのは私の方だから、嫌われても仕方ないと思って、連絡するのを我慢して来たの」
「私もあれから真剣に考えてみた。いろいろ考えてみたが君が望むように、妻と直ぐには別れられない。子供が成長し中学を卒業するまで、待って欲しいんだ」
私は斉田医師の発言を耳にして驚いた。3ヶ月間、暴君的な斉田医師が、妻と離婚し、私と結婚しようかと悩んで来たのかと思うと、彼のことが可哀想になった。私は斉田医師に詫びた。
「あの時、無理な事を言って、ごめんなさい」
「良いんだ。これからのことは、人のいる所では話せないから、次に移ろう」
彼は私を見詰め、少し顔を赤くして立ち上がって、精算を済ませた。私たちは『吉林坊』を出て、大通りから細道に入った所にある『ハレルヤ』に移動した。部屋に入り、シャワーを浴びる前に、彼がこれからの考えを話してくれるものだと思いベットに腰掛けると、彼はスツールに座り、私を見詰め、何も言わなかった。何時ものように診察を始めるのかと思ったが、それもしなかった。突然、私の腕に手を伸ばし襲いかかって来た。何時ものように、私を診察してくれる行為とは完全に手順が違っていた。一時も早く野獣になって、私と繋がりたかったのでしょう。素早くズボンを脱ぎ、上半身、服を着たまま、私を裸した。ズボンを脱いだ彼の両脚の間から鎌首をもたげている蛇のような太い物がぶら下がって見えた。彼はいきなり私の両脚を持ち上げ、肩に担ぎ、私の割れ目をちょっと愛撫しただけで挿入して来た。彼が私に向かって激しく腰を突き動かす度に、彼のネクタイの先が、私の乳房に触れて、くすぐったかった。彼の行為は何時も以上に野獣的だった。私のことなどお構いなしに昇りつめ、溜まっていた物を総て吐き出し、私の上で崩れた。それから、静かになり呼吸が落着いたところで、私との結婚について、何か話してくれるのかと思ったら、別の事を口にした。
「気持良かったなあ」
「はい」
私は小さな声で答えた。斉田医師は、そう答えた私を見降ろすと、ベットから降りて、バスルームに入り、しばらくして出て来た。私は、その後にバスルームに入り、身を清めた。バスルームから出ると、斉田医師は私に小遣いをくれた。私が金欠病であることを察知してくれていて、何時もより多めだった。なのに図々しい私は、もうちょっとと増額を要求した。
〇
6月になり、紫陽花が雨に濡れて咲いているのを見て、私は人の心も、この花のように七変化するのかもしれない思った。あんなにも私のことを大事にし、優しくしてくれていた倉田常務が、別の女に高級品を買って上げているのを目にしてから、私は彼を他の女に盗られてはならないと思った。雨の所為でしょうか。私は彼と無性に会いたくなって、メールした。
*今日、会いたいです。
何時に会えますか?*
すると1時間程して返事が届いた。
*4時半に新宿東口交番の所で*
きわめて簡単な返事だったが、こんな雨の日に会ってくれるというので、とても嬉しくなった。私は午後の授業を終えると真直ぐ、待合せ場所に行った。倉田常務は相変わらず、紺の背広に斜めのストライブの入ったネキタイを締め、黒カバンを左手に、ブルーの傘を右手に持って、現れた。私は地味なグレーのワンピース姿で、彼を出迎え、2人で新宿の人混みの中を歩いた。歩きながら、私は倉田常務に言った。
「今日は、雨なので、『トマト』に寄るのは止めましょう」
「そうだな」
互いに前回の逢引が不成立に終わったことが記憶に残っていて、その怒りをぶつける為に、早く一戦を交えたかった。私たちは雨の中、歌舞伎町の『オアシス』に行った。部屋に入るなり、私は倉田常務に質問した。
「金曜日、誰に会ったの?」
「古い友達。あの待合せ場所は、良く知人に出会ったりするんだ。だから約束の時刻に来てくれないと、金曜日のようなことになるんだ」
「分かったわ。では今度、待合せ場所を変えましょう」
「待合せ場所を変えれば良いというものじゃあないよ」
倉田常務は遅刻したことを私が全く反省してないと思ったのでしょう、眉間に皺を寄せ、ちょっと不愉快な顔をした。私を虐めようとしているに違いなかった。私は甘ったるい声を出して、詫びてから、再度、質問した。
「申し訳ありません。深く反省しています。ところで誰に会ったの?」
「誰だって良いじゃあないか。古い彼女だ。店に誘われた。君が時間が無いと言うから、彼女に付き合った」
「もしかして、寝たの?」
「いいや。君以外の女性とは寝ない」
彼は、私をじっと見詰めて言った。嘘に違いなかった。私は彼が真実を語っているか否かの顔を確かめる為、彼の顔を覗き込んだ。
「嘘。白状しなさい」
私は、そう言って、彼の鼻をつまんで、左右に揺すってやった。だが倉田常務は白状しなかった。
「本当だよ。私は彼女と寝ていない」
私は彼が全く動じないので、彼のズボンの隆起した部分に手を伸ばして、耳打ちした。
「では、これから確かめてやるわ」
私は唖然とする倉田常務の前で真裸になり、倉田常務のネクタイを外し、Yシャツを脱がし、ベットの上に押し倒し、彼の上に乗りかかった。あの女に乗り換えたのは許せない。好きだから許せることと許せないことがあるが、彼のあの時の浮気は許せない。とはいえ、愛に裏切りは付き物。私だって、倉田常務以外の何人かの男と付き合っている。そんなことを考え、倉田常務の上に跨っていると、倉田常務が下から、私のお尻を引き寄せ、言い返した。
「虐めたいなら、そのまま上から虐めてくれ」
既にズボンを脱ぎ終えた倉田常務は、パンツを足から外して、私にM字開脚を要求して来た。私は彼の要求に従い、彼の上でM字開脚をして、しゃがんだ。すると彼の硬くなった物が私の愛欲の亀裂に突入して来た。快感が走った。私の中に入っている彼は熱い。たまらない。私は彼の上でM字開脚の上下運動をした。彼は下から両手を延ばし、私の垂れ下がる豊満な乳房を愛撫した。私は下から突き上げ、反抗して来る熱塊に乱され、彼の腹上で荒れ狂った。欲望をむき出しにして、恥ずかし気も無く絶叫した。彼は反撃を繰り返した。
「どうだ、どうだ!」
「好出来,好出来。感覚真爽」
私は彼の激しさに何度も到達した。何というパワーか。何という相性か。私たちは互いの鬱々としていた怒りを全部、吐き出し、満足した。窓の無い部屋に飾られた裸婦の写真は、そんな私たちをじっと見降ろしていた。
〇
それから2日後、私の両親が中国に帰国する日となった。私は芳美姉や琳美に見送りを手伝ってもらって、新宿駅から『成田エクスプレス』に乗り、成田まで、沢山の荷物を運んだ。2ヶ月ちょっと、東京に滞在した父、周志良と母、葉紅梅は、まだ日本にいたいようなことを言っていたが、両親が日本にいることは、私にとって迷惑だった。でもいざ別れる時になると、寂しい気持ちが募った。成田空港に着いて、出国口で別れる時には涙が溢れた。両親を見送ってから、新宿に戻る電車の中で、芳美姉が私に言った。
「帰って貰って、ホッとしたわね」
「はい」
「就職活動で、愛ちゃんが掃除、洗濯など大変だと思い、紅梅叔母さんを呼び寄せたのに、叔父さんまでついて来るとはね」
「お父さんも、私のことが心配で心配で来たかったのだと思うわ」
「そうよね。可愛い、可愛い娘ですものね」
芳美姉は琳美の頭を撫でながら笑った。琳美は、私たちの会話を黙って聞いていたが、突然、母親を見上げて訊いた。
「愛ちゃんの両親が帰られたのだから、私、また愛ちゃんの所に戻っても良いのよね」
「そうね。愛ちゃん、構わないわよね」
「勿論よ。1人だったら、寂しくて仕方ないわ」
「わっ、嬉しい。今夜から、愛ちゃんの所に戻るわ」
琳美は大喜びした。私としては、当分、1人でいたかったが、家賃の半分を芳美姉が負担していることもあり、そういう訳には行かなかった。『成田エクスプレス』が新宿に到着するや、私は芳美姉親子と別れ、角筈のマンションに帰った。両親が帰国した後の、部屋の整理と、琳美を迎える為の部屋掃除を開始した。そうしている時に、ゼミの仲間の神谷雄太から電話が入った。
「やあ、愛ちゃん。俺、今、新宿にいるんだ。今から会えないかな」
「突然、何よ」
「工藤のことで、話したいことがあって」
「話したいことって何よ」
「会ってからでないと話せないよ」
「なら明日にして。今日は忙しいから、学校で訊くわ」
「学校では話せないことなんだ」
神谷は執拗だった。彼が私に話したい事は、自分に関係あることに違いなかったが。だが、成田から帰って来たばかりで、疲れていたし、やることが沢山あったので、神谷に会う暇など無かった。それに時間の都合が出来たとしても、神谷に会うつもりは無かった。
「でも今日は駄目。これから友達が来るの。それに工藤君と私は関係無いから」
「そんなこと言って良いのかよ」
「だって、そうでしょう。クラスとゼミが一緒というだけよ」
「冷たいんだなあ。じゃあ、もう話さない」
神谷雄太は立腹して、電話を切った。私は工藤正雄のことが気になった。
「就職して落着いたら、結婚しようか」
そう5月のゴールデンウィークに告白された時のことが思い出された。彼に何かあったのでしょうか。そうであるなら、学校へ行けば分かることだ。私は部屋の掃除をしながら、あれやこれや考えたが、それが無意味であることに気づいた。私は、芳美姉のマンションに出かけた。夕食をご馳走になり、その後、琳美と一緒に、琳美の荷物を持って、私のいるマンションの部屋に運んだ。琳美は数ヶ月前まで、生活していたマンションの部屋に戻ると、腕を天井に伸ばし、胸を突き出して、深呼吸した。それから笑って、私に言った。
「ああっ、気持ち良い。落着くわね。矢張、ここが自由で良いわ」
「そんなにここが良いの?」
「うん。早川君だって来られるでしょう。それとママとパンダの夫婦生活なんて、見られたもんじゃないから」
私は大山社長のことをパンダと呼び、平然とボーイフレンドのことを口にする琳美に唖然とした。年齢的には、まだ少女であるが、肉体的には既に大人になっていて、男女の事について、ビックリする程、敏感になっているので驚いた。身長も私を追い越しそうになり、胸も膨らみ始め、用心しなければならない少女だった。それにしても、大山社長の事を義父とはいえ、陰で、パンダ呼ばわりするとは呆れ返って、何も言えなかった。
〇
私の両親が中国に帰り、再び琳美との生活が始まった。琳美の通学時間の関係から、私の起床も、規則正しいものとなった。そして6月10日、午後3時30分、私は『富岡産業』の本社ビルに行き、2次試験会場に入った。前回と同じ大会議室では長テーブルがコの字型に並べられ、私たち応募者12名が、6名ずつ相向かいに座らせられた。男子8名、女子4名だった。その12名が、名札の前に座り終えると、女子社員が会社役員を呼びに行き、富岡社長、山田専務、佐々木常務、古賀部長、望月部長、夏目課長の6人が会議室に入って来て、中央の長テーブルに座った。今から応募者たちに議題を討論させて、応募者の人物像を観察する人物試験が始まるのだと思うと、私は緊張した。3時45分、まず夏目課長が立上がり、口火を切った。
「皆さん。本日は御苦労さまです。本日の試験は筆記試験ではありません。1次試験に合格された12名の皆様方に、当社に入社したら、何を目指すか討論をしていただく確認です。では望月部長、お願いします」
続いて望月総務部長が、今日の試験方法などについて説明した。
「皆さん、こんにちは。只今、夏目課長より、2次試験は答案用紙での試験では無く、皆さんに討論していただくと伝えましたが、この討論会に、私たちも参加致します。だからと言って、緊張したり、遠慮しないで下さい。主役は皆さん1人1人です。積極的に発言して下さい。また討論の中で相手の名を呼ぶ時は、各人の前にある名札の苗字にさん付けをして下さい。まずは社長から、お願いします」
望月部長が、富岡社長に討論開始のきっかけをお願いした。すると中央の長テーブルの中心に座つていた恰幅の良い、富岡社長が立上がり、私たち応募者を見回して、質問を投げかけた。
「社長の富岡です。遠い所をご苦労様です。では皆さんに質問します。皆さんは我社に入社したら、どんな社員になろうと考えていますか。また我社発展の為に何が必要か皆さんで討論してみて下さい。伊坂さんからお願いします」
富岡社長に指名された一番前の男子学生が立上り、自分の名前を言った。
「K大学の伊坂国夫です」
すると富岡社長が、ストップをかけた。
「伊坂さん。立たなくて良いです。座って話して下さい」
そこで伊坂国御夫は席に座り、自分の考えを述べた。
「ありがとう御座います。私は大学で21世紀のアジアの成長について勉強して参りました。社員になりましたら、これらの知識を活用し、御社に利益をもたらすよう、努力します。これからの日本を牽引して行くのは商社です。私はその先鋒となって駆け回るつもりです」
すると、その発言に対抗するかのように、別の男子学生が挙手した。
「M大学の榎本勝彦です。日本は今、非常に大切な岐路に立っています。私たちは、これからの日本を背負って行かなければなりません。その為には体力、気力、忍耐力が必要です。私は、この体力、気力、忍耐力をモットーに、大きな仕事を目指して参ります」
榎本勝彦は、ちょっと工藤正雄に似たところのある精悍な学生だった。富岡社長が笑って訊ねた。
「榎本さんは、大学でスポーツをやっていたのかな?」
「はい。ラグビー部です。前へ前へです」
男子学生たちの発言は自己PRで、討論に入るまでに、随分、時間がかかった。そこで山田専務が、話の方向を変えた。
「では、会社に貢献する為には、どんな方法があると思いますか?」
すると珍しく藩露蘭というW大学の中国人女子留学生が答えた。
「はい。『富岡産業』は貿易商社ですから、近隣諸国との関係を今より良好にして、貿易を促進させることだと思います」
「その通りだね」
山田専務はそう答えながら、その視線を藩露蘭から私に向けた。私は手を上げ、あらかじめ準備しておいた考えを喋った。
「S大学の周愛玲と申します。私は大学で商店経営の勉強をして来ました。その中で学んだことは、会社の業績を向上させるには、まず社員が、自社で取扱う商品知識を修得することだと思っています。どんな種類の商品でも、製造した人の心がこもっています。その製造した人の考えを、買い手に伝え、買い手の心を掴んで売るのが商社の力です。販売は才能では無く、技術と真心です。私は会社が扱う商品の価値を理解し、客先に、満足してもらう、社員になることを目指しています」
私は喋り終えて、ちょっと出来過ぎの気がした。藩露蘭と私の発言の後、他の女子大生も自分の抱負を述べた。有名なT大学の塩川久雄という学生が、『富岡産業』発展の為にはデジタル技術で業務の効率化や事業変革を進めるべきだなどと、偉そうに論じたが、私にはチンプンカンプンだった。会社側では白熱する討論会を期待したらしいが、結果は、応募者の採用してもらいたいという自己PR会で終わった。討論会が終了した後、私たちは夕食を招待された。会議室での幕の内弁当かと思っていたら、居酒屋の御座敷での夕食会だった。富岡社長は出席しなかったが、山田専務以下の役員も出席した。食事の他ビールや酒がふるまわれ、まるで大学のコンパのようだった。私は他の学生たちとも打ち解け、いろんなことを喋り、山田専務、佐々木常務、望月部長に酒を注ぎ、よろしくお願いしますと媚びをうった。夏目課長とは、ちょっとしか話さなかった。かくして、『富岡産業』の2次試験は終わった。
〇
翌日、大学の講義に出席すると、以前より出席者が増えているような気がした。久しぶりに会った純子が、私に言った。
「お久しぶり。元気そうね」
「まあね。貴女が、この講議に出席するなんて珍しいわね」
「うん。就職先から内定をもらっても、単位が取れずに、卒業出来ないと困るから」
純子の言う通りだった。大学での単位を取得し卒業しないことには、就職することは出来ない。そんなことを話していると、クラスの吉原美智子と柴田美雪が近寄って来て訊いた。
「愛ちゃん。就職、決まった?」
「まだです」
そう答えると美智子が、心配そうな顔をして言った。
「決まらなかったら、どうするの。中国へ帰るの?」
「帰りません」
「でも、日本にいたって仕方ないでしょう」
「帰りません」
「帰って、四川省地震の復興や、冷凍ギョーザ問題の解決やオリンピックの仕事でもしたらどうなの」
言われてみれば、私の祖国、中国は問題だらけだった。だから私は日本で、まだまだ生活していたいと願っていた。しかし、柴田美雪や吉原美智子にとって、私は目障りな存在らしかった。私は、そんな2人に反発した。
「日本だって似たようなものよ。そのうち大地震が起こり、日本が沈没するかもしれないわよ。私はそれを見届けてやるつもりよ」
「まあ、何て不吉なことを言うの」
私の言葉に美雪や美智子は勿論、純子までもが呆れ果てた。ところが何とその翌日、6月14日の朝、日本の東北地方、岩手、宮城でマグニチュード7の内陸地震が起こった。国道や橋が崩れ、死者や行方不明者が出たが、中国の四川省のような大被害では無かった。人口過疎地であった事と、山間地での発生だったので、被害は少なかった。だが現地の混乱と激動の変化は、恐怖そのものだった。温泉宿が二百メートル流されたり、余震の被害で、自宅を捨てて避難せねばならぬ人たちも出て、その惨状はひどいものとなった。メディアも中国の災害対策のことを批評している場合では無くなった。日本国内でも地震対策のもろさが露呈し、警察や消防隊、更には自衛隊が出動したが、被害は拡大するばかりだった。私が大学に行き、授業に出席すると、純子と可憐が駆け寄って来た。
「愛ちゃんの予言通りになったわね」
「何のこと?」
「地震よ。地震。東北地方で大地震が起きたの」
「ああ、岩手の」
「愛ちゃん、昨日、日本でそのうち大地震が起こるって言ったでしょ」
私は純子に言われ、昨日、そう発言したのを思い出し、びっくりした。被害者の方々にはお気の毒な事だったが、天災といわざるを得ない大地震が本当に起こってしまった。今日の授業に柴田美雪や吉原美智子の姿が見えないのは、多分、昨日の事を反省したからでしょうか。私の彼女たちへの胸の怒りは、純子に、そう言われ吹き飛んだ。
〇
とはいえ、柴田美雪や吉原美智子が、私の就職が決まらない事を願っているかと思うと、時間が経過するにつれ、また不愉快な気分に引っ張り込まれた。私はそんな気分になると、何時も倉田常務に会いたいと思った。直ぐにメールを送った。
*明日、生理が始るかもしれないの。
今日の夕方、会えませんか?*
すると倉田常務は入院中の友人の所へ見舞いに行かなければならないので、明日の昼、食事でもしようと返事して来た。私はそこで、明日の午前10時に会いましょうと返信した。何故なら、明日の午後、『中日友好貿易』という商社の面接が入っていたからだ。倉田常務は私の事情を考慮して、すんなりと、時間を都合してくれた。そして翌日、午前10時、新宿駅東口の薬局の所で、倉田常務と合流した。出勤前にやって来た倉田常務は、黒いリクルートスーツ姿の私を見て、びっくりして、私に訊いた。
「今日、就職試験でもあるの?」
「午後2時から、田町にある貿易会社で、試験があるの」
「忙しんだね」
「そうよ。まだ大丈夫だから行きましょう」
私はためらう倉田常務の手を引っ張って、『オアシス』に行った。部屋に入ると、倉田常務が呆れ返ったように言った。
「午前中からホテルなんて」
「無理言ってごめんなさい。生理が近づくと、乳首が痛くなり、無性にしたくなるの。良いでしょう」
私は出勤前の倉田常務を見て、信じられぬほど欲情が昂り、積極的になっていた。私はベットに入ると、倉田常務にいろんな愛技の要求をした。倉田常務は、その命令的要求に従い、一つ一つ冷静に対応してくれた。そして私が愛器をベチャネチャに濡らしてメロメロになると、倉田常務は2つの玉を備えた大砲を、私の濡れてる愛器に突っ込み、ピストン運動を静かに静かに繰り返し始めた。私はその静かな繰り返しの快感に、蜜液が、更に溢れ、しかめっ面をした。たまらない。私はその快感に両足をU字型に開いて、叫んだ。
「好出来。好出来!早点来!」
しかし、倉田常務は直ぐに対応せず、頃合いを見計らって、突然、腰を震わせ、機関銃のように連射し、中国語で、私にとどめを刺した。
「要射了!」
彼の中国語に私は一層、興奮し、まるで中国のホテルで、李増富社長とセックスを体験しているような錯覚に陥った。あれは昔のことだった。倉田常務の攻撃が終わると、私は快楽の余韻をベットの上で楽しんだ。ところが倉田常務は休憩もせず、直ちにシャワーを浴び、バスルームから出て来て、パンツをはき、Yシャツを着て、ネクタイを締め、ズボンのベルトを締め、背広姿に着替えた。私は彼が時間を気にしているのに気付き、慌ててシャワーを浴び、身体を清め、生理用ナプキンを付け、リクルートスーツ姿に着替えた。『オアシス』を出ると、太陽がまぶしかった。ラブホテルから出て、レストラン街へと向かう私たちの姿は、どう見ても、上司と部下の不倫姿だった。私たちは歌舞伎町から駅ビルに移動し、そこで海鮮料理を食べた。早目の昼食をしながら、東北地方の地震を予言した話を私がすると、倉田常務は笑った。
「日本は地震大国だから、絶えず何処かで地震が起きている。予言したとは言えないよ」
「そうかしら。クラスの仲間は、びっくりしていたけど」
「もし君にそんな能力があるなら、占い師になると良いよ」
「でも占い師では食べて行けないわ。私は日本の企業に就職し、将来は帰化したいの」
私の希望を耳にして、倉田常務は顔を曇らせた。私が帰化することは良くないことなのでしょうか。食事を終えると私たちは新宿駅の東口で別れた。私はそこから田町にある商社に向かった。田町駅で下車し、近くの喫茶店で時間調整し、2時ちょっと前に、『中日友好貿易』に入った。その商社は、小さな商社で、応募者も5名で試験問題は簡単だった。面接が、その日のうちにあり、大阪勤務は可能かと質問され、私は親戚が東京にいるので、大阪への勤務は難しい話した。『富岡産業』に採用されると思っていたので、勝手な事を口にしてしまったと後で、反省した。
〇
7月になり、私は『富岡産業』からの採用通知が届くことを期待した。しかし私が受取ったのは、不採用通知だった。
《 選考結果のご通知 》
拝啓、このたび弊社の求人に対して、御応募いただき、誠に有難う御座いました。1次試験、2次試験と慎重に審査させていただきました結果、誠に残念でありますが、貴方様におかれましては、今回の採用を見送らせていただくことになりました。誠に申し訳ありませんが、悪しからず、御了承下さいますよう、お願い申し上げます。
なお、御提出していただいておりました貴方様の書類等につきましては、本状と一緒に同封の上、返却致します。
末筆ではございますが、貴方様の今後の御活躍と御健勝を心より、お祈り申し上げます。
敬具
総務部長 望月広輝
私はその通知と提出書類を手にして、怒りに震えた。何という結果か。夏目課長は、採用を餌に、私に只乗りしたのか。何故、2次試験まで行ったのに、私は不採用になったのか。マイナスと思われる点は出身大学と中国人であるという、2点だけだ。『富岡産業』は中国貿易が増えているので、中国人の採用もする予定であると聞いていた。なのに何故?私では無く、W大学の藩露蘭を採用したのか?私は怒りが治まらず、翌日、夏目課長にメールを送った。
*不採用通知を受け取りました。
これは、どういうことですか?
会って理由を聞きたいです*
すると夏目課長から冷たい返事が送られて来た。
*不採用は会社が決めることです。
私には、どうすることも出来ません。
申し訳ありません*
つれない返事だった。こんなことで良いのか。夏目課長は、私を騙したのか。私には納得出来ない結果だった。
*私は諦めきれません。
ちゃんと会って、説明して下さい*
私は夏目課長が会ってくれなかったら、望月部長に何もかも話そうと思った。それを察知したのでしょうか、夏目課長は冷静に対応して来た。
*了解しました。
では今日、秋葉原の何時もの所で
6時半*
私は夏目課長と会う約束を取り付けたが、それで解決するものでは無かった。次の就職先を探さなければならなかった。どうしようか。先日、応募した『中日友好貿易』に対しては、こちらから断ったようなもので、期待出来なかった。今更、大阪勤務を了承しても採用してくれるとは思えない。どうすれば良いのか。兎に角、夏目課長に会って、次に進むしか方法が無いと思った。その夏目課長は約束の時刻に、『ワシントンホテル』前に現れた。私たちは以前、入ったことのある地下にある料理店『八吉』に入り、個室で話し合った。会うなり夏目課長は、私の前に手をついて謝った。
「申し訳ない。残念ながら選考から外れてしまって。2次試験の討論会の後の居酒屋での君の態度が、まずかったみたいだ。山田専務から指摘がありました」
「何てですか?」
「彼女は男に媚びを使い過ぎる。採用したら社長や顧客に媚びを売るだろう。碌な事にならないから止めておけ。望月部長が、そう言われ、君を外すことになった」
「そ、そんな」
私は夏目課長の言葉に愕然とした。それから日本料理を御馳走になったが、ちっとも美味しいとは思わなかった。夏目課長は落胆する私を慰めたり、謝ったり、大変だった。
「兎に角、今回のことは許してくれ。私は、君に入社して欲しいと頑張った。でも駄目だった。罪滅ぼしに私の知人が勤めている会社を紹介してやろうと思っている。私は君の味方だ」
夏目課長はあれやこれや言って、私を和らげた。しかし、私は深い挫折感に襲われ、彼の言うことを受け入れることが出来なかった。
「慰めてやるから、次に行こう」
「止めておきます」
私は彼の誘いを断った。これ以上、只乗りされてなるものですか。私は、何も出来なかった夏目課長に失望した。『富岡産業』はあのW大学の藩露蘭を採用したに違いない。私は総武線の電車に乗り、新宿に向かいながら、車窓に映る自分を見て、涙をにじませた。
〇
私は『富岡産業』から不採用の通知を受取ってから、全く自信を失った。絶対に採用されると信じていたのに、両親も、そう信じて中国へ帰ったのに。私はお先が真っ暗になってしまった。深い挫折感を味わうと共に、自分は何をしても無駄だというような虚脱感が、私を投げやりな気分にさせた。私はこの暗い気分を払拭しようと斉田医師にメールを送った。
*また不採用になりました。
今夜、会っていただけますか?*
すると斉田医師から直ぐに返事が来た。
*それはお気の毒さま。
今夜、OKですよ。
一杯やりましょう*
斉田医師は言い寄れば直ぐに受け入れてくれる男だった。病院内の女性看護師に対しても同様であるに違いなかった。ある観点から見れば、彼は医師であるのに清潔感が無く、動物的で不潔な人だった。そしてまた私も同類だった。ふしだらで男を手玉に取り、言い寄られれば直ぐに受入れてしまう、浅はかな女だった。今まで、何人の男に抱かれたことか。それ故に、落ち込んだ時、同類の男に会うことは、気晴らしになった。私たちは夕方の6時半、、新大久保駅で待合せし、焼き肉店『吉林坊』でビールを飲みながら、焼き肉をたらふく食べた。焼肉を食べることによって、『富岡産業』の社員に採用されなかったことへの憤りが嚙み砕かれた。
「ねえ、訊いて。私の不採用の理由が、男に媚びを売るからですって。そんなのある?」
「成程。分かる気がする。でも面接だけで、君の性分を見抜くとは凄いな」
「どうして、山田専務は、私のことが、そういう人間だと分かったのかしら」
「そりゃあ、その専務は、そういう女を沢山、見て来たからだよ」
「分からないわ」
私はふてくされた。斉田医師は、私を見て笑った。そんな食事をしながら楽しそうに話す私たちの顔つきは、ライオンのオスとメスが一緒に縞馬の肉を楽し気に味わっている顔に似ているに相違なかった。焼肉を、もっと食べろと勧める斉田医師の顔を見ていると、私の胸に渦巻いていた憤りは、何処かへ行ってしまい、目の前の男の欲情が欲しくなった。私たちは『吉林坊』の女将に感謝され、外に出ると、『ハレルヤ』に移動した。今日の斉田医師は、前回とは異なり、何時ものようにシャワーを浴びて出て来た私をゆっくりと診察した。私の長い黒髪、私のうるんだ目、私の尖った鼻、私の唇、私の細い首、私の腕、私の乳房、お臍、お尻、太もも、足首などに優しく触れて、私を吟味した。その獣のような視線を浴びて、私の身体は熱く燃えた。
「君の美しさ、妖しさは、昼間の清純そうな姿と異なり、見惚れてしまう。特にここは・・・」
斉田医師は、そう言って私の大切な部分に指を突っ込んで来た。私は斉田医師の旺盛な精力と巧妙な技巧の到来を期待した。私の情欲の花は、ゆるやかに花びらを広げた。
「良い匂いだ」
斉田医師は花に鼻を近づけ、鼻の下から長い舌を出して、花びらをペロペロと舐めた。それから花芯の奥に舌を伸ばし、ペロペロした。震えるような快感が、私の下半身をメロメロにさせた、私は早く埋めて欲しいと願った。なのに斉田医師は、私が歓びに濡れて、ベチョベチョになるのを楽しんだ。そして私が絶頂に達するのを見計らって、斉田医師は突如、私の両脚を両手で開き、身を没入させ、蛇の型をした男の武器を使って、激しく、一心不乱に攻撃を開始した。私は一方的に攻撃され気が遠くなるのを感じながら、彼にしがみ付き、腰を同調させた。すると彼はたちまち飽和状態になり、溜まっていた精力を一気に吐き出した。そしてゆっくりと彼の武器を引き抜いた。すると生温かい液体が、私の花びらの奥からダラダラと流れ出し、行為の終わりを告げた。私は男のものとも、私のものとも分からぬヌルヌルした粘液をテッシュで拭き取ると、慌ててバスルームに駆け込んだ。シャワーを股間に当て、何とも表現し難い、獣じみた臭いと粘液を洗い流した。私は一体、何をしているの?私はバスタブに浸かり、正気を取り戻した。私はバスルームから出て、洋服を身に付け、化粧台の前で、お化粧を確かめてから、ネクタイを締めている斉田医師に言った。
「そろそろ、こんな所では無く、2人の部屋を考えて欲しいわ」
すると斉田医師は戸惑うことも無く答えた。
「分かっているよ。考えているから」
私はびっくりした。彼は私の肉体の虜になってしまったのかしら。もし、就職先が見つからなかったなら、私は、この人に依存して生きて行って良いのかしら。『ハレルヤ』を出ると、生温かい風が、私を悩ませた。
〇
私は男を弄び、ストレスを発散させている自分が、このまま堕落して、哀れな末路を辿るのではないかという、不安に苛まれた。これから大学を卒業して、社会の入り口に立とうとしている私は直面する就活という荒波にもまれ、もがきながらどうしたら良いのか悩んだ。前方に広がる荒海に救いの船がいないか探し求めた。ふと倉田常務の言葉が思い出された。
「人生は夢に向かって突き進むことだ」
その言葉と同時に、あの優しくお人好しの笑顔が浮かび上がって来た。私は倉田常務にメールを送った。彼に会えば、何か光が見えて来るかもしれないと思った。
*今日、会えませんか?
教えてもらいたいことがあります。
会いたいです*
すると倉田常務は仕事中であるのに、直ぐに返事をくれた。
*今日は千葉県のはずれに出張しています。
これから東京に戻ります。
4時過ぎなら会えると思います*
私は、その返事をもらい、期待に胸を膨らませた。私は大学から急いで、新宿のマンションに戻り、部屋のバスルームに入り、シャワーを浴びて、涼しい服装に着替え、待合せ場所に出かけた。約束の時刻より、ちょっと遅刻したが、ピンク色のTシャツにブルーのGパン姿の私を見て、倉田常務は、顔を赤らめ、私を叱らなかった。
「やあ、久しぶり」
「御免なさい。また遅刻してしまって」
私はスキップしながら、彼に謝った。そして彼にキッスしようとすると、彼は人目を気にして、私から離れて歩いた。中途半端な時刻だったので、先にホテルに行くことになった。私たちは気分転換の為、今までと違う『リスト』というホテルに入った。雰囲気が亜熱帯風のホテルだった。南国の花の造花が飾られた部屋で、私がキッスする為、再び跳び付くと、彼は私を抱き止めた。力いっぱい私を抱きしめ、キッスし返して来た。彼を待たせた所為か、彼の行為は、何時もと違い、尋常で無かった。ピンク色のTシャツを着たままの私を、強引にベットの上に押し倒し、ブルーのGパンを脱がせ、欲望を激しくぶつけて来た。痛々しい程、勃起した棍棒を使い執拗な程に私を攻め立てた。何の抵抗もしない私を強く押付け、自分だけの妄想に駆り立てられて、私を行かせたいと、必死になり、あらゆるテクニックを使った。これは愛なのか。憎しみなのか。私は犯されているような快感に仰け反り、恥ずかしがることも無く絶叫し、彼と一緒に到達した。それから私はベットの中で、期待していた『富岡産業』に採用されなかったことを話し、泣きべそをかいた。すると倉田常務は,こう言って、私を慰めた。
「努力しても、思うように行かないことは誰にもある。この世は競技場であるから、次のグランドに移動して、プレィすれば良い。健康でいれば、次のプレイが出来る」
私には倉田常務の言っていることが分かったような気分になったものの、慰められれば、それで良いというものでは無かった。次の就職先を探すしかなかった。私は、以前、倉田常務から聞いた話を思い出し、倉田常務に確認した。
「ところで、この前、前の会社の部下の息子を『スマイル・ワークス』で採用するか検討していると言っていたけど、どうなったの?」
「社長をはじめ、役員たちが、会社を大きくするつもりは無いから、若者の採用をしないというので、諦めてもらった」
「そう、なら私も駄目ね。困ったわ。何処か良い会社、紹介して」
「分かった。数社、相談してみる」
倉田常務は、そう言って、私の手を握り締めた。諦めてはならないという激励の握りだった。倉田常務は、本気で、私のことを考えていてくれるのでしょうか。何の責任も無く、自由に戯れ合っているのと違うのでしょうか。このままだと、私たちは深い関係になつてしまうのではないでしょうか。しかし、私たちの年齢差を考えれば、いずれ儚く消滅してしまう蜃気楼のような関係になることは間違いなかった。それを覚悟しての付き合いだった。1時間ちょっとして、私たちは『リスト』を出た。私たちは歌舞伎町から靖国通りを渡って、『トマト』に行き、アイスコーヒーを飲み、ショートケーキをいただきながら、また就職方法の打合せをした。それから新宿駅まで歩き、西口のコンコースで別れた。彼は、これから自宅で用事があるらしく、小田急線の急行に乗って帰って行った。私は倉田常務と別れて、マンションに戻り、琳美と近くの中華料理店でラーメンを食べた。それから、琳美と別れ、『快風』の新宿店のアルバイトに出かけた。
〇
大学の授業が終わって、就職課に行き、どんな求人先が貼り出されているか確認していると、工藤正雄からメールが送られて来た。
*今日、帰り、狛江で会えるかな?
相談したいことがあるんだ。
5時半、駅前公園で、どうだろう*
私は直ぐに了解した。男らしくて、清潔感のある工藤正雄が、柴田美雪で無く、私の方に目を向けてくれているのだと思うと、胸がワクワクした。私は、就職の事で、マンションに戻らず、『快風』に直行するので、夕食を1人で済ませるよう琳美に連絡し、大学の図書館で時間調整した。夕方5時前、小田急線の各駅停車の電車に乗って、狛江駅で下車し、駅前公園に行き、工藤正雄がやって来るのを待った。夕暮れ前の公園の樹の下に佇むと、何の花だろうか、白い花が咲いていた。近づくと、その花の香りが、一層、濃く感じられた。良く見ると、その夕暮れ近くの空に浮き上がったように見える花は、沙羅の白い花だった。その花が、ぽとっぽとっと落ちるのを目にして、私の心は動揺した。これから先、私の人生はどうなるのでしょう。この花のように咲いたばっかりなのに、短時間で地上に落下し、泥まみれになってしまうのでしょうか。そんな良からぬことを考えながら、工藤正雄が駅前公園に現れるのを待った。彼は、私より5分程、遅れて駅前公園に現れた。白のポロシャツの上に紺のチョッキを着て、白いGパンをはいた正雄の姿はとても男らしかった。彼はにっこり笑うと、私を市役所近くのレストラン『ジャックポット』に行って、食事をしながら話そうと言った。案内された、そのレストランはイタリアン料理店だった。私たちは料理が出て来る前に、ワインで乾杯した。カチンとグラスを鳴らして、ワインを一口飲むと、正雄が嬉しそうに言った。
「ホームセンターの本社から採用通知をいただいたよ」
「まあっ、本当。おめでとう」
私は、その後のお祝いの言葉を考えたが次の一言が言えなかった。自分の中に湧き上がる焦りと『富岡産業』に採用されなかった悔しさが込み上げて来て、心の中がグチャグチャになった。だが正雄は、私の心の中など読み取ることが出来なかった。
「俺、就職したら、家を出て、1人暮らししてみようと思うんだ」
「1人暮らし」
「いや、君と2人暮らしだ」
私はびっくりした。今まで、恋愛には消極的に見えた彼が、急に積極的になったのは、何故。私には、その理由が分からなかった。
「本社は都内でしょう。自宅から通えるのに無駄と思わない?」、
「無駄じゃあないよ。君こそ、俺と一緒に暮らした方が、経費節減になるんじゃあないかな」
「そうでもないわ。今も親戚の女の子と2人暮らしだから・・・」
そう答えたところにパスタが運ばれて来た。パスタを食べながら、正雄が話題を変えた。
「ところで、君の就職はどうなったの。この前、言っていた商社から、内定もらえた?」
私は、そう質問され、自分が情けない顔になっているのが分かった。でも答えなければならなかった。
「2次試験まで行ったのだけど、最終で駄目になったわ。また1から出直しよ」
「そう。それは残念だったね。苦労しているんだ。川添さんたちは決まったの?」
「可憐は建設会社の経理にほぼ決まり。純子は平林君のお父さんが経営する広告会社に勤めるみたい。私と真理が、まだなの」
「男たちも大変だよ。長山君はまだ就職が決まらず、静岡に戻るか悩んでいる。川添さんと別れたくないので、どんな小さな会社でも良いから、東京に就職したいと言っている」
「そうよね。静岡に帰っちゃったら、遠距離恋愛になり、どうなるか分からないものね」
私は、ふと赫有林のことを想い浮かべた。彼は今、中国で何をしているかしら。北京オリンピックを観に行く為に一生懸命、働いているのでしょうか。それとも新しい恋人が出来て、結婚準備でもしているのでしょうか。私はそんなことを想像してから、目の前にいる工藤正雄との結婚生活が、どんなものになるのか想像してみた。それはどう見ても、平凡な日本人家族の一員として動き回る忙しい毎日の連続に違いなかった。そんな想像に耽る私を見て、疑問を感じたのか、正雄が質問した。
「どうしたの。食べるのを止めたりして」
「もう、お腹いっぱいになっちゃったわ」
「そう。ならボーリングにでも行こうか」
私は彼の意見に同意した。そして狛江から千歳船橋まで移動し、以前、ボーリングゲームをしたことのあるボーリング場『オークラ・ランド』へ行った。私たちは、そこで、すっきりしない気分を転換させる為、ボーリングゲームを楽しみ、若さを発散させた。
〇
私の両親は、私が『富岡産業』に採用が決まると確信して、中国に帰国したっきりで、その後の私が、どうなっているか知らなかった。私は『富岡産業』に採用されなかったことを両親に知らせるべきか否か、悩みに悩んだ。芳美姉に相談すると、彼女は、こう答えた。
「次の就職先が決まってからの報告で良いんじゃあないの」
私は芳美姉のアドバイスを受け、当分、中国の家族には、『富岡産業』の2次試験を受けて不採用になったことを秘密にしておくことにした。それだけに精神的に苦しかった。クラスの仲間も次第に内定者が増え、ゼミの仲間でも、水野良子や酒井真紀などが、就職先を決めていた。追い込まれた細井真理と私はゼミの川北教授に、また相談することにした。真理が約束を取り付けた。相談場所は以前、川北教授に相談した時と同じ、代々木上原の喫茶店『茶夢留』にした。川北教授は、約束の時間より、5分程、遅れてやって来た。ゼミの学生2人がそろっているのを目にするなり言った。
「また就職の相談かな」
「はい。2人とも、まだ就職先が見つからず、焦っています。何か良い方法がありませんでしょうか」
真理が、そう相談すると、川北教授は頷いた。それから真理を見詰めて言った。
「細井さんは、百貨店が希望でしたよね。この間、百貨店の関係者に会ったのですが、百貨店は社員の採用を保留にしているとのことです。ですから百貨店に入っているテナント企業に採用してもらい、百貨店で働くのが良いと思います。友人にテナント企業を紹介してもらうよう、お願いしてみます」
「有難う御座います。よろしくお願いします」
真理は川北教授の言葉に、心を躍らせた。真理が余りにも喜ぶので、川北教授は困惑した顔をした。
「兎に角、今度のゼミの時に履歴書を私に提出して下さい」
それから私の方を向いて、コーヒーをゆっくり口にしてから、言った。
「周さんは、貿易会社、希望でしたね」
「はい」
「前に教えた、六本木の留学生就職斡旋センターにに行きましたか?」
「はい。行って書類を提出しましたが、具体的な問合せは、まだ来ていません」
「そうですか。それは困りましたね。私には貿易会社のコネが無いので、他の教授にも当たってみます」
「よろしく、お願いします」
私は、そうお願いしたが、川北教授には、私が希望するような国際的な企業との付き合いが無いと分かっていた。川北教授が得意とする相手企業は百貨店やスーパーマーケットや個人商店なのだ。真理は川北教授に相談して、希望が湧いたようだったが、私はかえって失望が深まる一方だった。日本での就職が決まらなかったら、今までの辛くて泣きたくなるような私の努力は、何であったのか。落胆する私を見て、川北教授は、私を励ました。
「周さん。貴女は優秀なんですから、自信を持って下さい。努力する貴女を、必ず誰かが見ていてくれます。たとえ貿易会社に就職出来なくても、別の道もあります」
「別の道?」
「はい。仕事は自分の目線から決めつけてはなりません。その道を、私も一緒に考えてみましょう」
「ありがとう御座います」
川北教授は跳び付きたい程、優しい言葉を投げかけてくれた。一緒に考えてくれるとは、どういうことか。いずれにせよ、私と真理は、川北教授に相談して元気をもらった。
「では2人とも次回のゼミの時に履歴書を私に提出して下さい。この次は、こちらから連絡します。2人の携帯番号を教えて下さい」
川北教授は、そう言って、カバンからメモ用紙を取出し、私と真理に携帯電話番号を書かせ、その後、自分の携帯電話番号が印刷されている名刺を、2人にくれた。それから喫茶店の勘定シートを手に取った。真理が慌てて、その勘定シートを取り戻し、コーヒー代をまとめて支払った。私たちは『茶望留』を出て、駅の改札口で、川北教授と別れた。それから、真理と2人で新宿に移動し、喫茶店に入り、いろいろ話した。そして、その2日後、私たちは、川北教授に履歴書を渡した。明日から夏休みになる前日だった。
〇
大学4年の夏休みとなった。川北教授に履歴書を提出したが、具体的就職先の紹介な無かった。間もなく8月だ。私の悩みは深刻さを増した。私は衝動的に倉田常務に、メールしていた。
*その後、如何ですか?
今日、時間があるので会いませんか?
会いたいです。
返事を待っています*
私は、この前、数社、相談してみると言って、私の手を握り締めた倉田常務の協力を期待していた。そんな私に返されて来たメールは、こんなだった。
*私は今、名古屋に向かっています。
成田から北京へ行っても、
北京から天津へ行けない状況なので
名古屋から天津への直行便で
中国へ行きます。
帰国したら会いましょう*
倉田常務から天津へ出張するなどという話は、全く教えてもらっていなかった。そんなに忙しいのなら私の就職の相談など、2の次であるに違いなかった。私は愕然とした。
*何時、帰国しますか?
とても会いたいです*
それに対する彼からの返事は、8月1日に帰国するとの連絡だった。私は倉田常務の本性は、普段、優しく装っているが、実は薄情なのではないかと疑った。すると急に、彼に会えないのなら、他に当たろうという気持ちが湧き上がって来た。女には優しく抱いてくれる男が絶えず必要なのでしょうか。私は自問した。すると、それは女にとって当然の事であり、安らぐ為の正当な欲求であると思えた。たとえ移り気と言われても、それが女の本性なのだ。私は寂しさを埋める為、斉田医師にデートを申込んだ。彼は直ぐに誘いに応じてくれた。
*了解しました。
何時もの所で6時半*
その約束の時間に新大久保駅前に行くと、クールビーズスタイルの斉田医師が私を待っていた。私も黄色いTシャツと白いスカートにビーチサンダルの軽快な格好だった。斉田医師は私の涼しそうな格好を見て、驚いた。
「随分とラフな格好だね」
「夏休みだから」
「そうか。もう夏休みか」
斉田医師は、学生時代でも思い出したのでしょうか、懐かしむような声で、夕空を眺めた。都会の夕空は、茜色に染まり、夜の喧騒を迎えようとしていた。私たちは先ず焼き肉店『吉林坊』に行き、焼き肉を食べ、スタミナをつけた。それから手をつないで『ハレルヤ』に入った。部屋に入って、私がバスルームから出ると、斉田医師は何時ものように私を診察した。
「さあ、目を開いて。異常なし。その他はどうなっているかな。他の男にいじられてはいないだろうな」
斉田医師は私の上半身から下半身まで、丹念に調べた。私は『富岡産業』の夏目課長や『スマイル・ワークス』の倉田常務との交接によって、自分の肉体が変化しているのではないかと心配になった。斉田医師には、それを突き止める能力があるのでしょうか。私は2人の男との情交を頭に浮かべ、その妄想のやり場に困った。妄想は妄想を呼び、それは斉田医師の細部観察により、更にかき立てられ、肉芽などをいじられると、鋭敏に反応した。調べられる女の恥ずかしさは、耐えられなかったが、それよりも斉田医師の舌と指のテクニックの方が、恥ずかしさよりも優先した。私は自分の身体がメロメロになり、抗し難い高揚感でいっぱいになり、はしたなくも要求した。
「早く入れて!」
私の貪欲な要求に、斉田医師は燃え上がった。彼の熱い燃える鼓動が、私の中に入って来た。それは、激しく硬く強く深く、加減を知らなかった。私は繰り返される荒波のような行為に、タジタジになり、自分がどうなっているのかも分からず、更に求めた。
「もっと、もっと」
斉田医師は狂暴だった。私が他の男と体験した痕跡を突き止めたのでしょうか。私は凌辱されているような恐ろしさに震えながらも、彼の愛を受け入れた。斉田医師は野獣的だった。激しく私の上で暴れ回って果てた。連戦錬磨の私は勝利を感じ、ほくそえんだ。ベットの上に大の字になって倒れている斉田医師をよそに、私はバスルームに入り、シャワーを浴びて、スッキリしたところで、、黄色いTシャツと白いスカートを身に付け呟いた。
「勝手な私たち」
「何?」
斉田医師が不審な顔をして、ベットから起き上がった。
〇
土曜日の夜、『快風』でマッサージのアルバイトをしているところへ、倉田常務からメールが送られて来た。
*昨日、中国から戻りました。
奥林匹克ムードが溢れていました*
私は、その知らせを受けて嬉しくなった。直ぐに返信のメールを送った。
*お帰りなさい。
月曜日、時間があります。
会いませんか*
すると彼から冷静な返事が送られて来た。
*何日も会社を留守にしていたので、
会社に出てから、時間が取れるか
確認して連絡します*
そして月曜日、私は倉田常務からの連絡を待った。夏休みなので、通学は無し。就活に出向く先も無し。朝からすることも無く、何時、連絡が入るのかと携帯電話ばかりを見詰めていた。琳美は午前中、大学受験の夏期講習に出かけて不在だったので、倉田常務からの連絡が待ち遠しかった。午前10時半過ぎても、倉田常務からのメールは無かった。いたたまれなくなり、私の方から確認のメールを送った。
*こんにちは
今日、会える?*
すると珍しく甘い返事が送られて来た。
*愛ちゃんに会いたくて
今、夢中になって仕事の処理をしています。
貴女に誘われたら、断れません。
午後4時なら会えます。
会いたいです。
とても、とても、とても*
メールの文章の後に、ハートマークが幾つも添付されていた。私と40歳も離れている高齢者のメールとは思えなかった。私はウキウキした気分になった。
*私も会いたいです。
では何時もの所で4時に待合せしましょう。
そして愛し合いましょう*
私は、そう返信してから、部屋掃除をした、ルンルン気分になり、倉田常務に会ったら、あの話をしよう、この話を聞こうなどと、いろんなことを考えた。午後1時前、琳美が大学予備校の夏期講習を終えて帰って来たので、2人で冷やし中華ソバを食べた。それから、午後3時過ぎに外出すると伝えた。すると琳美は嬉しそうな顔をした。多分、早川少年を部屋に呼び寄せるに違いない。午後3時過ぎ、私はひまわりの花柄のTシャツに白い短パンをはいて約束の場所に出かけた。時間に正確な倉田常務は、私が約束の場所に行くと、汗を拭き拭き待っていた。私たちは会うと直ぐ、『リスト』に向かった。新宿駅東口から歌舞伎町に向かう真夏の午後の陽射しは、顔や背中に汗をしたたらせた。ホテルに到着し、部屋に入るなり、2人とも真っ裸になり、シャワーを浴びた。それからクーラーをあるったけ利かせ、ベットの上で休息した。倉田常務は天井を見詰めながら、天津に出張した内容を報告した。私が通訳して上げた天津の技術者たちも、元気だったという。天津の街はオリンピック開催に向けて、とても近代的に変貌し、綺麗になったとか。そして私に五輪のブレスレットをプレゼントに買って来たという。私は私で、最近の就職活動の状況や、就職活動に追われ、アルバイト代が稼げて無いなどと嘆いた。すると倉田常務は青春時代を思い出してか溜息をついた。
「私にも、そんな時があった」
倉田常務は泣きそうな顔をして、突然、私を抱き寄せた。私も、この時とばかり、倉田常務に絡みついた。私にとって、男に絡みつくことは意味があり目的があった。このことは私が女に生まれた宿命であり、逃げられない属性を持っていることの証明に他ならなかった。彼はそんな私を愛おしみ、惜しみなく愛を注いで来た。それに合わせ、私も私で、愛をいっぱい溢れさせた。私たちは激しく燃え合った。まるで五輪の炎のように、熱く燃えた。めくるめく激しい行為が終わってから、私は彼に訊ねた。
「私の就職先、相談してくれた?」
「ああ、2,3社、当たっている」
彼は、そう答えると、先にバスルームに入った。私はテレビを観ながら、彼が出て来るのを待った。そして彼が出て来てからバスルームに入り、シャワーで身体を清めた。果たして倉田常務は、私の就職先の事を考えていてくれているのでしょうか。『富岡産業』の夏目課長は、その後、申し訳ないと言って、知り合いの会社への紹介状を数枚送って来てくれたが、その紹介状を持参して、数社、担当者と面談したが、不景気なので、採用の予定が無いと、断られた。夏目課長のことを、私を騙した悪い男と恨んでいるが、彼は彼なりに最大限、努力してくれたに違いなかった。就職氷河期に遭遇した自分の運が悪かったのだ。そんなことを考えながらバスルームから出ると、背広姿に戻った倉田常務が言った。
「そう言えば、愛ちゃんの履歴書や、成績表、卒業見込書などを、もらえないかな。君を説明するものが、何も無いのでは、話にならないから」
倉田常務の言う通りだった。余りにも長く親しく付き合っているので、肝心な事を忘れて、依頼だけ口にしていた。
「ごめんなさい。大事なものを提出していなかったわね。今度、会う時、渡すわ」
「うん。そうしてくれ」
私たちは『リスト』を出てからも就職の話を続けた。イタリアンレストランに入って、食事をしながらも、就職の話をした。倉田常務が、相当、心配してくれているのが分かった。
〇
翌日の火曜日、私は『富岡産業』の夏目課長から紹介を受けた青山の『グリーン商事』の面接に出かけた。午前9時半に事務所に行くと林田社長、自らが、私の面接を行った。林田社長は薄笑いを浮かべ、私に言った。
「御覧の通り、こんな小さな会社で良かったら、採用して上げますよ」
『グリーン商事』は社員5人の小さな会社だった。『富岡産業』の仕入れの手伝いをしている会社で、活気が全く感じられなかった。私は藁をも掴む状況だったので、そんな雰囲気の会社だったが、林田社長にお願いした。
「お願いします。会社に貢献出来るよう頑張ります」
「そうですか。では採用通知を、後日、郵送しますので、それに従って、来年4月から出社して下さい」
「はい。有難う御座います。今後ともよろしくお願いします」
私は林田社長や社員の皆さんに深く頭を下げ、『グリーン商事』から辞去した。立ち去る時、皆の視線が、私の背中に集中しているのが分かった。私は林田社長から採用の言葉をいただき、ホッとしたが、油断出来ないと思った。林田社長の薄笑いが気になった。夏目課長に騙されているのかも知れなかった。林田社長はうさん臭く、社長という風格では無かった。私は青山から渋谷に出て渋谷の喫茶店に入り、コーヒーを飲み、小休止した。そしてこれから細井真理にでも、連絡してランチを一緒にしようかなどと考えた。しかし、リクルートスーツ姿で暑苦しかったから、真理を誘うのは止めて、早目のランチを喫茶店で済ませた。就職が決まった所為か、アサリのスパゲッティは美味しかった。私は喫茶店で昼食を済ませると、ルンルン気分でマンションに向かった。マンションに帰ったら、もしかして琳美の所に早川少年が訪ねて来ているかも知れないなどと想像し、午後1時半にマンションに帰った。ドアを開け、部屋に入ると、何と琳美はおらず、大山社長がランニングシャツに半ズボン姿で、パソコンを操作していた。大山社長は、振り返り、笑顔で言った。
「やあ、お帰り。パソコンのメールが出来なくなったと連絡があったので、今、修正している。インターネットの接続が上手く行ってなかったみたいだ。間もなく完了するよ」
「ご苦労様。琳ちゃんは?」
「友達に会うからと言って、先程、出かけた」
「そう。パソコンの何処がおかしかったの}
「モデムとの接続が悪かった。後はパスワードとアカウントを入れれば、使えるよ」
「琳ちゃん、そういうことを面倒がるのよね」
私は、そう言いながらリクルートスーツを脱いだ。すると大山社長が、パソコンの前の椅子から立ち上がり、私を背後から抱きしめた。
「良いかな?」
「何が」
「決まっているじゃあないか」
「駄目よ。芳美姉さんに叱られるわ」
「黙っていれば、分からんよ」
大山社長は、そう言うと、背後から私のYシャツ、ブラジャー、スカート、ストッキング、パンティと順序良く脱がせた。私は抵抗したが、もと柔道選手の大山社長に背後から羽交い絞めされると、成す術が無かった。私はあっという間に、裸にされ、何時も使用しているベット用ソファの上に押し倒され、仰向けにさせられた。大山社長にのしかかられた私は、唇を奪われ、乳房を揉まれ、足首を捕まえられた。熊のように毛深い大山社長は、私の両脚を大きく押し開き、中に入つて来ようとした。私は抵抗した。
「駄目よ。それだけは駄目」
「良いじゃあないか。へるもんじゃあない。これから、もっと気持ち良くなるんだから」
「嫌よ。やめて」
「何を言っているんだ。もう、濡れているじゃあないか。感じやすい身体は芳美と同じだ」
大山社長は抵抗を許さず、強引に私の中に入って来た。その猛然と突入して来た硬い物体は肉塊とは思えぬ程、火のように熱かった。私は思わず大山社長にしがみついた。私の頭の中は堪えきれない快感に朦朧となり、夢幻の中で喘いでいた。大山社長は腰を揺すりながら、卑猥な笑みを浮かべて言った。
「やっぱり、おめえは良いものを持っている。吸引力が、すごく良い」
私は、その言葉に身体中がメロメロになり、抗し難い高揚感に襲われ、エクスタシーに達した。と同時に大山社長も一緒に行った。凌辱に満足すると大山社長は、私に念押しした。
「芳美に言うんじゃあないぞ」
「どうして?」
「当たり前だろう。カアちゃん、怖いの知らないのか。知れたら殺されるぞ」
それはあり得ることだった。芳美姉の性格は狂暴なところがあった。だから風俗店『快風』の経営もやっていられるのだ。熊のような大山社長をパンダのような男にさせているのも、芳美姉の恐怖によるものに違いなかった。私は、たった今、体験した事は絶体、秘密にしておかなければならないと、大山社長を追い返した。
〇
8月8日の金曜日、『北京オリンピック』開幕の日が来た。朝から猛烈な暑さだった。私も琳美もショートパンツにTシャツ姿で、部屋のクーラーを利かせて過ごした。昼食は余りにも暑かったので、部屋で作るのを止め、近くのコンビニで冷やし中華を買って来て食べた。テレビは『北京オリンピック』のニュースを流しているが、開幕のテレビ放映は夜の8時からなので、それまで私は退屈だった。琳美は受験勉強をしているが、私はすることも無く、可憐や真理たちなどとメールのやりとりをした。男たちにもメールを送った。
*今日は一番、暑い日みたいです。
お元気ですか?
身体に気をつけて下さい。
今夜8時に、念願の『北京五輪』が始るので
嬉しいです。
競技者たちの活躍が楽しみですね*
このメールに対し、倉田常務から、こんな返信が届いた。
*私も、我が国でのオリンピックのように
嬉しいです。
君も夏バテしないよう
身体に気を付けて下さい。
また、そのうちに会いましょう*
工藤正雄や斉田医師からの返信も似たような文面だった。今日、会いたいという返信は無かった。琳美は、兎に角、大学受験に懸命で、私のことなど、無視して参考書などにかじりついていた。そんな琳美であるが、午後3時頃になると、大きなあくびをした。そこで私は琳美をからかった。
「今日、早川君は来ないの?」
「うん。高校野球が始まったから。彼、野球少年だから」
「でも、この夏休みに何処かへ一緒に出掛ける約束をしているんでしょう」
「うん。湘南の海に泳ぎに行くの」
「そう。泳ぎに行くのに、水着は大丈夫なの?」
「そう。水着を買わないといけないの。これから買いに一緒に行ってくれる?」
「いいわよ。早川君をノックアウトするような、水着を選んであげるわ」
私の言葉に琳美は胸を躍らせた。思い立ったら直ぐ行動。私たちはマンションを出て、『京王デパート』や『小田急デパート』に行き、水着を見た。可愛い着てみたい水着が幾つかあったが、どれも高価なので、買うのを止めた。私たちは、もっと安い水着が売っていないかと、場所を変えた。新宿駅の西口から東口に移動し、『サブナード』に行き、安い水着店を見つけた。
「わあ、素敵。私、これにしようかな」
「琳ちゃん。それ可愛いけど、駄目よ」
「何故?」
「ビキニはお臍が見えるから駄目よ」
「何で。早川君をノックアウトするのだから・・」
「でも芳美姉さんに見つかったら、私が叱られるから駄目」
私は彼女と同じ年代を経験して来たので、恋に芽生える少女の気持ちが分からないではなかった。琳美は高校3年生。彼女の身体は、もう立派な大人。早熟な彼女が異性に愛して欲しいと願っている感情を抱いている事は、私も充分、理解していた。彼女は私が経験したのと同じような危ない道を歩いているが、先輩として、奇抜な水着を着せる訳にはいかなかった。私に反対された琳美は別の水着を手にして私に訊いた。
「なら、この花柄のはどう?」
「そうね。それなら清純なアイドルみたいよ」
私は、そう答えて彼女に清楚な水着を勧めた。それでいながら私はビキニの水着を買いたかった。でも、私はお金が無いので、水着を買わなかった。琳美の水着を買い終え、新宿駅の方へ引き返そうと歩き始めた時だった。私は思わぬ男が、途中のアパレル店内に見知らぬ女といるのを発見した。その男は、数時間前、メールのやりとりをした倉田常務だった。私は、咄嗟に行動を変更した。
「琳ちゃん。私、これから薬局に寄って、化粧品を買うので先に帰っていて」
「それなら、私、一緒に行って待っているわ」
「虹ちゃんたちに頼まれていた化粧品なの。それを池袋に持って行くから」
私は琳美に嘘をついた。琳美は私を疑わなかった。
「そう。じゃあ、先に帰るね」
「うん」
私は琳美を騙して見送ってから、アパレル店内で買い物をしている倉田常務と女を偵察した。2人はアパレル店でブラウスなどを買ってから歌舞伎町へと移動した。白い衣装の女は小柄であるが、魅力的だった。東ちづるという女優に似ているところがあった。2人は歌舞伎町の『コージコーナー』のある通りの奥の方にあるラブホテル『プリンセス』に手をつないで入って行った。私は、それを見てショックを受けた。私とは外で手をつないだりしないのに、あの女とは手をつないでいた。私の胸に嫉妬心が沸き上がった。倉田常務にとって、奥様以外、私1人では無かったのか。もしかして『紅薔薇』の呂美香とは関係があるかもしれないと疑っていたが、最近は、私1人だと思っていた。ところが予想外の情景を目にして、私は倉田常務を恨んだ。でも冷静になって考えれば、私が、斉田医師や夏目課長などとして来たことを思えば、倉田常務のしていることは、私と同じ裏切り行為であり、責められるものでは無かった。それだけに、この狂おしい嫉妬が生じて、焦っている自分が、情け無かった。
〇
私は倉田常務の事をてっきり自分の虜にしていると思い込んでいた。しかし、それは勘違いだった。彼には私以外に数人の美人の女たちがいて、私より40歳も年上なのに、まだ女に好かれる不思議な魅力を保持していた。それは裕福さから来るものでは無く、女に対する心遣いや、優しさで、相手を美しく幸福にさせてくれる雰囲気を持っているからに相違なかった。私も、そんな倉田常務といると、仕合せな気分になれた。だから彼を逃したく無かった。私は、翌日、彼にメールを送った。
*暑いですね。
明日、会いませんか?
一緒に昼御飯、食べたいな*
するとつれない返事が送られて来た。仕事が忙しいのでしょうか。
*明日、連絡します*
何ということでしょう。彼は見かけは優しいが、その本性は、薄情なのかも知れません。東ちづる似の女を見てからの私は、倉田常務を手放してはならないと、焦っていた。翌朝、早くからメールした。
*朝から返事を待っています。
会いたいです。
会いたいです*
しかし、倉田常務からの返事は、中々、送られて来なかった。午前10時半過ぎになって、ようやくメールが送られて来た。
*オハヨー。
早起きですね。
12時半過ぎならOKです*
私はホッとして何時もの所で待っていますと返信した。そして12時半、私は水色のシャツに白いスカート姿で、マンションを出発した。
「行ってらっしゃい」
琳美は嬉しそうに私を見送った。多分、私のいない隙に、早川少年を部屋に呼び寄せるに違いない。この夏、琳美は処女を失うかも知れない。いや、もう失っているかも。そんなことを考えながら、約束の場所へ行くと、倉田常務が汗を拭き拭きやって来た。私たちはスタミナをつける為、焼肉店『叙々苑』に行って昼食を済ませた。それから人目を忍び、真っ昼間からラブホテル『リスト』に入った。クーラーの利いた部屋で、私たちは真っ裸になり、中国で開催されている『北京オリンピック』をテレビ観戦した。男子体操では中国が金、日本が銀、アメリカが銅。私と倉田常務も、オリンピック競技を開始。倉田常務は老体に鞭打ち、立ったままのアクロバットスタイルで激しく私に攻撃をしかけて来た。私も負けじと、ベット体操に持ち込み、彼を逆さ海老固めしたり、馬乗りになったりして、彼と対戦した。女上位の熱戦が続く。しかし彼は私の下位にありながらも、攻撃を冷静に受け止め、下から腰を突き上げ、私を攻め立てた。私は負けてなるものかと彼を攻めながら恍惚に達して叫んだ。
「もう駄目。我去!」
彼は私が行くままに任せた。彼の腹上で私が2度、行ってから、今度は彼が私の上になり海老固めから帆掛け船スタイルで攻めて来た。彼は恍惚として、夢遊病者のようになっている私を、攻めて、攻めて、攻めまくった。彼の強さに、私はタジタジになった。私は体操競技が終わってから、倉田常務に言った。
「恒力。本当に強くなったわね。誰に鍛えられているの?」
「秘密」
倉田常務は苦笑いした。私にあの女とラブホテル『プリンセス』に入るのを見られたことに気づいていない。多分、あの超美人に鍛えられているに違いなかった。高齢であるのに、加齢臭も無く、まるで青年のようなパワーは驚きを越えていた。それに彼の肌は女性のように白く、マシュマロ菓子のようにふんわりとしていた。私はそんな彼の肌を撫でながら言った。
「綺麗な肌。赤ちゃんんの肌みたいにスベスベね」
「うん。よくそう言われる。女たちは私の肌を撫でて、この肌を分けて欲しいと言うんだ」
倉田常務は恥ずかし気も無く、自分の肌を自慢した。私は、倉田常務の肌に触れて母性本能をくすぐられる女たちに嫉妬を覚えた。私は、意地悪く倉田常務に言ってやった。
「私、倉田さんの彼女、知ってるわよ。美人だけど、性格が良く無いわ。用心しないと」
「愛ちゃんが、何故、私の彼女を知ってるの。嘘だろう」
「女優の東ちづるに似てる彼女よ」
「愛ちゃん。雨冰を知っているのか?」
「ちょっとだけね」
私は彼女が雨冰という中国人であると知った。私は倉田常務のことを大企業出身の四角四面で堅そうな紳士だと思っていたが、彼の思考は実は彼の肉体同様、マシュマロのように柔軟性に富んでいて、多くの人たちに大様だった。そんな彼だから誰とも気心を合わせる事の出来る懐の広い人だった。私はその懐に抱かれながら彼にお願いしてみた。
「前も駄目だと言われたけど、私を『スマイル・ワークス』で採用してもらえないかしら?」
「それは無理だな。社長たちには若者を採用するつもりは無いし、役員に中国嫌いがいるから・・」
その答えを聞いて、私は彼の一存で、社員を採用出来ないことを理解した。通勤は遠いが、あの青山の『グリーン商事』より、『スマイル・ワークス』の方が、楽しそうなので、私としては採用してもらいたかった。夢が破れ、私は落胆した。
〇
この年の夏休みは『北京オリンピック』の競技をテレビで毎日、観戦し、私たち中国人は日本人以上に興奮した。日本は金メタル9個と少なかったが、中国は金メタル51個と、世界一の金メタル獲得数となった。主催国というだけでなく、国民の意気込みが違った。中国の映画監督、張芸謀の演出によるオリンピックの開幕から閉幕までのイベントの凄さから見て分かるように、国を挙げての五輪大会に、国民が一致団結して頑張った。これを機会に中国は世界に広く目を向け、世界中から信頼される国家に変わって行かなければならないと、私は感じた。その為には先ずは相手を信頼し、やがて相互が親密な関係になるよう努力しなければならない。相手を敵視し、差別し合っているのでは何にもならない。嫌日感情も嫌中感情も決して両国の得にならない。損になるばかりだと思う。このことは握手しただけでは分からない。裸になって抱き合ってこそ分かる事だ。私は『北京オリンピック』の成功によって、中国人が親日感情を持ち、日本人も親中感情を深めて欲しいと願った。『一箇世界一箇夢想』である。そういった面では、私が付合っている日本人男性は、皆、中国フアンに近かった。中国の悪い所も知っていたが、良い所も理解してくれていた。特に倉田常務は長年、中国との取引をして来ているので、彼と一緒だと安心して過ごすことが出来た。『グリーン商事』からの内定通知が送られて来たが、私は何故か安心することが出来なかった。私は、もし叶うなら『スマイル・ワークス』に採用してもらい、中国との仕事を、自らの手でやってみたかった。しかし、『スマイル・ワークス』には中国嫌いの役員がいて、中国人の採用は不可能だという。何か良い方法は無いか。大学に他の貿易会社からの応募が来ていないか。いろいろ当たってみたが良い手ずるが無かった。矢張り、斉田医師と結婚するのが、一番なのか。日本では中国と違い医師という職業が高く評価されていて、収入も高額だ。従って共稼ぎする必要も無く裕福な生活を送ることが出来る。だが難関は、斉田医師が既婚者であるということだ。彼の妻になるには、彼が現在の妻と離婚してくれないことには前進しない。私は斉田医師に擦り寄った。私は斉田医師を誘い出し、『吉林坊』で焼肉を食べながら、良い就職先が見つからなかったら、どうすべきか斉田医師に確認した。
「大学を卒業し、日本にいたら、私は本当に、貴男の奥さんにしてもらえるのね」
「うん。そう考えている。しかし、数年、待ってくれ。下の子供が高校に行くようになったら、妻と別れる」
彼の答えは変わっていなかった。私には斉田医師と妻との結婚生活が、どのようなものなのか分からないが、大方の察しはついていた。彼の妻は子育てに夢中になり、彼との夜の生活が面倒になっているに違いなかった。そうでなければ、彼は他の女性看護師や私との浮気をしない筈だ。それとも斉田医師の妻に恋人がいたりして。それとも、私、そのものが、彼を虜にする程の魅力をたっぷり、兼ね備えているのか。私は真剣な顔をしている彼に質問した。
「待っている間、私は何をしていれば良いの?」
「何処かの会社に勤め、就職ビザを取得し、東京で暮らしていれば良い。家賃は私が負担する」
「まあ、嬉しい」
私は彼の返答に興奮し、彼にウインクした。それを受けて彼の顔色がギラついた。彼の私への欲望が精神的内面から肉体的表面、身体の外側に向かって盛り上がり、大きく膨張し始めているのが分かった。私たちは食事を急ぎ、『吉林坊』から出ると、『ハレルヤ』に駆け込んだ。そして私は何時ものように斉田医師に診察してもらった。斉田医師は手抜きをせず、私の肉体を事細かく、丹念に調べた。その工程を済ませると、彼は自分の肉体の機能の総てを、自分のペニスに集中させ、私に襲い掛かって来た。それはまるで狂暴な野獣のような行為だった。私は嫌いでは無かった。私もまた、野獣になって吠え、彼ともつれ合った。私は一体、何を欲しているのか。私は私のことが、全く分からなくなった。揺れ動き乱れた。
〇
17日間、続いた『北京オリンピック』は成功裡に閉幕し、大学の夏休みも去って行った。そして後期の学生生活が始まった。可憐や真理や純子たちと顔を合わせると、彼女たちは夏休み中の出来事を沢山、語った。就職のことを質問すると、可憐は建設会社の経理に採用され、恋人の長山孝一も印刷会社の経理に就職が決まったと話した。純子は予定通り、平林光男の父親が経営する広告会社に入社し、経理の仕事をすることになると話した。真理は川北教授から紹介して貰った百貨店のテナント会社に入社が決まり、勤務場所が銀座だと喜んでいた。そして自分は中国のオリンピックの話の後、『グリーン商事』から内定をもらったと話した。私は仲間たちの話を聞き、羨ましく思った。自分は何故、きちっとした会社に採用されないのか。入社試験の成績が悪いからか。面接で失礼な発言をしてしまたのか。それとも中国人だからか。あるいは興信所から悪いレポートでも届いているのか。大学の成績表は悪く無いのに、何故、なのか。私は、仲間に『グリーン商事』には満足していないので、まだ就職活動を続けると付け加えた。尚、努力するより、仕方なかった。私は昼休み、大学の就職案内コーナーへ行き、新しい応募先を探した。まだ就職先の決まっていない学生たちが、私と同様、応募案内の掲示板の前をウロウロしていた。貼り出されている応募先には大企業名は無かった。私は、その中で川崎の機械メーカーと品川の不動産会社を選んだ。可憐たちに、お茶でも飲もうかと誘われたが、私には、その余裕がないので、今日は用事があるからと言って、誘いを断った。私は大学の授業が終わるや、マンションに帰り、新しい応募先への履歴書をパソコンから引き出しプリントアウトした。そして、その宛名書きをしていると、半ズボン姿の大山社長がやって来た。あの日、以来、大山社長は琳美がいない時を狙って、やって来た。普段は柔和な大山社長だったが、私を求める時の大山社長は、まるで北海道の川で鮭を捕まえようとする熊のように恐ろしかった。大山社長に睨まれると、その恐怖に私の身体は動かなくなった。大山社長は回避する私を仕留めると、私の衣服をゆっくりと脱がし、硬直した私の身体を優しく揉みほぐし、静かに縦横に広げた。初めての時のような凶暴さで無く、優しく大山社長に股間を広げられると、私の柘榴のような割れ目はパックリと口を開いた。大山社長は、それを目にして、涎を垂らした。
「おめえは、どうしてそんなに感じやすいんだ?」
私には答えようが無かった。私の身体は私の精神とは別物で、既に割れ目から愛液を滲ませていたみたいだ。
「おめえは男女関係を汚らわしいと思っているかも知れないが、このことは生き物にとって、当たり前の本能なんだ。女の生理と同じさ。何も嫌がることはない。楽しめば良いんだ」
「でも、芳美姉さんや琳ちゃんに見つかったら、大変よ」
「うん。見つかったら殺されるかも。だから、この次からは、ここでない所にしよう」
私は大山社長の愛技を受けながら、良心の呵責も覚えず、快感に酔い、大山社長の意見に同意していた。私を可愛がってくれている芳美姉に対し、申し訳ないと思わないのか。私は大山社長に犯されながら自問自答した。こうした裏切り行為をしてまでも、私は自分の快楽を優先してしまうのか。他人の男までをも自分の情欲の為に手にしようとするしぶとい根性は、生まれながらにして私の身体の中に潜んでいるのでしょうか。私は、大山社長に犯され、歓喜している自分を信じられなくなった。多くの男たちに弄ばれ、堕落して行く自分が情けなかった。大山社長は欲望を果たすと、マンションから逃げるように去って行った。私は彼に弄ばれ、汚されたというのに、何の怒りも感じなかった。悪いのは私では無い。私は悔し涙も出ない喪失感に襲われ、天井を見詰めて呟いた。
〇
私は『グリーン商事』の内定だけでは、不安でならなかった。社員5人の小さな会社だからだけで無く、あの林田社長の貧相な風体が、いかがわしかったからだ。その為、私は貿易会社だけでなく、川崎の機械メーカーの事務員採用にも応募してみた。川崎の工業地帯にある社屋に面接に行ったが、油臭く、何故か瀋陽の工場を思い出してしまった。簡単な筆記試験があり、問題は易しかったが、私は字が下手だったから、採用されないと諦め、その帰り倉田常務にメールを送った。
*3時過ぎに川崎にある機械会社の訪問を終え
川崎から新宿に向かっています。
これから会えませんか?*
倉田常務は突然なのに私の誘いを、簡単に了解してくれた。午後4時半、私たちは新宿で合流した。私は合流する前に、時間の余裕があったので、一旦、マンションに帰り、リクルートスーツからピンクのブラウスに紺のGパン姿に着替えて、待合せ場所に行った。久しぶりに会う倉田常務は、私に会えて、とても嬉しそうだった。残暑の陽射しが眩しかったので、私たちは急いで『リスト』に向かった。私たちは『リスト』の狭い部屋に入ると、ゆっくり衣服を脱ぎ、バスタブにお湯を入れながら、互いの近況を話した。私は『グリーン商事』に内定しているが、出来れば『日輪商事』か『スマイル・ワークス』に就職したいと話した。倉田常務は、中国からの機械輸入の仕事が順調に進んでいて、近く天津から『日輪商事』の仕事で、中国人技術者が来日すると話した。私は、以前のように、通訳の仕事をしたかった。
「私に、その通訳の仕事をさせて貰えないかしら?」
「予算が出るかどうか、『日輪商事』の担当に確認しないと、何とも言えないよ」
「一応、倉田さんの会社で、以前と同様、通訳も出来るって伝えておいて下さい。通訳については私が対応しますから」
「分かった」
倉田常務は、そう言っただけで、私の通訳の仕事には、乗る気で無かった。そうこうしているうちにバスタブのお湯がいっぱいになった。私たちは、南国風のバスタブの中に入り、シャボン玉を泡立たせ、互いの肌に触れ合い、適当に前戯の遊びをしてからシャワーを浴び、その後、ベットに移動した。何時もの愛の交歓。私は倉田常務の肥った腹の上に跨り、M字開脚し、腰をくねらせた。すると倉田常務は、真下から、私の愛の鍵穴に、真っ赤になった鍵棒をねじ込んで反逆した。私は、その熱く突き上げて来るものの勇ましさを感じながら乱れに乱れた。
「ああっ、いい!」
最近、私は、この体勢での快感を覚えてしまい、あるったけ身体を揺すり、絶叫して、彼より先に行ってしまった。すると倉田常務は急に起き上がって体位を変え、私を海老固めで攻め、私の鍵穴に杭でも打込むみたいに、激しい連続突撃を繰り返した。私は、そこで、また行った。彼の余りものパワーに、私はタジタジになった。彼は額に汗をびっしょりかいて、たぎっていた欲望の総てを私に注ぎ終えると、私の上で果てた。私は彼の濃厚な愛が深く緩やかに、自分の体中に満ちて行く恍惚を全身で受け入れ、酩酊したかのように朦朧となった。私たちは、ふわふわの布団の上で手を握り合ったまま、休息した。神は、何ということを私たちにさせるのか。そんな私をからかうように、倉田常務が唐突な質問をして来た。
「愛ちゃんの初恋の人はどんな男の子だったのかな?」
「私は昔から年上の人に魅力を感じるタイプなの。中学生になり、異性が気になり初めた頃、周りの友達は、クラスメイトの利口な男の子が対象だったわ。でも私は年上の先生に憧れたの」
「そう言えば、この間、銀座のクラブのホステスが言っていたよ。バージンを上げたのは中学の時の先生だって。そして今も、その先生と付き合っているって・・・」
そんなことってあるのかしら。考えてみれば不思議な事ではない。むしろ40歳も年齢差のある私たちの方が、もっと不思議だ。父親というより、祖父に近い男との関係は、肉体的にも精神的にも考えられないことだった。私たちの関係は、神の悪戯としか思えない。なのに私たちはまるで若い恋人同士のように、数年、付き合って来た。私は果たして、この高齢の異性を、本当に愛していると言えるのか。別の目当てがあって、長い間、付き合っているのでなないのか。人生は自分でも分からない事でいっぱい。
〇
日本の政界の動きも、分からない事で,いっぱいだった。9月1日、福田首相が、内閣総理大臣、自民党総裁を辞任すると表明した。親中派などと批判された上に、小泉首相時代から始まった経済不況の為、安倍首相同様、やっていられないと感じたのでしょう。理由をこう述べた。
「国民生活の為に、新しい布陣で政策実現を期してもらいたい」
私は中国と仲良しの福田首相が辞任すると知って、何故なのか、倉田常務に訊いてみた。すると倉田常務は私に長々と説明した。
「福田首相は上州人だ。『洞爺湖サミット』が終了し、『北京オリンピック』が閉幕したら、突然、解散するか辞任して、首相の座から降りるべきだと考えていたのさ。上州人の突然の行為は、突然のように見えるが、それは前から計算された上州魂から来る、抜き打ちさ。彼は首相をやってみて、精神的にも肉体的にも、とても辛い仕事だと感じたんだ」
「だからと言って辞任するなんて、分からないわ」
「愛ちゃんは知らんだろうが、任務が厳しくて途中で命を落とした小渕首相も上州人なんだ。だから福田首相は、途中で命を落としてはつまらんと思ったのだろう。首相になりたがっている者に、後を任せれば良いと考えたのだろう」
そう言われてみれば福田首相は、記者団に何と言われようと平然としていた。
「私の辞任会見が、他人事のようだと言われるが、私は自分のことは客観的に見ることが出来るんです」
だから福田首相は自分の将来を計算し、誰もが考え付かない時に、後継者を暗示し、突然、辞職を決めたに違いない。私は福田首相になって景気が良くなり、雇用創出効果が高まると思っていただけに、福田首相の辞任は残念でならなかった。
「残念だわ」
「突然の居合抜きは、上州人の心意気だ。馬庭念流居合抜きの血は、私にも流れている。カッとして切れたのだと他人に思わせるが、それは本人にとって至って冷静な計算的行動であったりするのだ。ホームランを期待される、野球の4番打者が、バントをやるようなものである。何が何でも次に繋がれば良いと言う考えだ。見方に寄れば卑怯かもしれないが、それが勝ち残る方法でもあるんだ。私だって、何をやるか分からない。早いうちに、私から離れた方が安全だよ」
「何を言うのよ。私は倉田さんから離れないわ」
「困ったな。私は君が私と関わり合っていることで、君の人生の可能性の芽を摘み取っているのじゃあないかと思っているんだ」
「そんなこと無いわ。人生の悩みを聞いて貰って、私、仕合せよ」
私は調子の良い返事をした。倉田常務は悪い気がしないみたいだった。私たちの会話は政治の話から私の就職の話になった。倉田常務は私の希望する会社が見つからなかったら、一旦、『グリーン商事』に就職して、様子を見るべきだと、私を説得した。また、『日輪商事』が中国から輸入した機械が客先に設置され、技術者が来るので、当分、会えないと言った。私たちはしばらく会えないので、喫茶店『トマト』から『リスト』に移動し、熱い炎を燃やし、抱き合った。夏の終わりの快楽。歓びを共有する時間。歌舞伎町には夕闇が迫って来ていた。
〇
プラタナスの葉が風に揺れて、秋が近い。私は久しぶりに川北教授のゼミの授業に出席した。ゼミの仲間は、数人、就活に奔走していたが、半分以上就活を終え、落着きを取り戻していた。水野良子は信用金庫、中田真理は自動車部品会社、杉本直美は保険会社、細井真理はアパレル店、柳英美はスーパー、酒井真紀は大学院、私は『グリーン商事』と、これからの進路が決まっていた。男子は浜口明夫がレストラン経営、阿部修二は百貨店、工藤正雄はホームセンター、小沢直哉は不動産会社、神谷雄太は電気店、井上和馬は飲料会社、北村忠弘は製薬会社、宮脇三郎は大学院と、それぞれの道が決まっていた。なのに私は自分の進路に自信が持てなかった。そんな私のことを真理から教えて貰ったのでしょうか、その日の帰り、川北教授が私の携帯電話に電話をかけて来た。
「川北です。夕方、代々木上原の喫茶店で、2人だけで、お会いしませんか?細井さんから、悩んでいると聞いています。相談に乗ります」
私はびっくりしたが、ゼミの教授の親切な申し出を断る理由が無かったので、その言葉に跳び付いた。
「本当ですか。嬉しいです。何時にしますか?」
「5時にしましょう」
私は、約束したっきり、立ち消えになっていた、他の教授に依頼していた貿易会社との交渉が、上手く進み始めているのではないかと、一方的に想像し、胸を躍らせた。私は大学での授業が終わってから、クラスの仲間と、別行動をとり、5時前に代々木上原の喫茶店『茶望留』に行き、川北教授が現れるのを待った。その川北教授は、5時丁度に現れた。
「突然、電話したりして良かったのかな?」
「はい。嬉しかったです」
「だと良いのだけれど」
川北教授はそう言って私の正面の席に腰を下ろした。それからキリマンジャロを註文して、それを飲みながら質問して来た。
「細井さんの話だと、今、内定している会社に乗る気が無いんだって、本当なの?」
「はい」
「どうしてかな?」
「小さな会社だけでなく、社長や社員に覇気が感じられないの」
「それは困った。他に就職の当てはあるの?」
「ありません。悩んでいます。他の教授に当たっていただく話は、どうなりましたか?」
「田中教授や、山本教授に相談したんだが、就職氷河期で、他の教授も、自分のゼミの学生を押し込むのがやっとで、それどころでは無いと言って逃げられたよ」
「そうですか。他に良い方法は無いでしょうか。私は大学卒業後の自分の進路が見当たらず、夜も眠れません」
私は泣きそうな顔をして、川北教授の心配を煽った。川北教授は、良い就職先が見当たらず、追い詰められ、焦燥感と不安に悩んでいる私を目の前にして同情した。
「周さん。今は時期が悪い。日本企業は何処も新規採用を控え目にしている。その為、外国人卒業生を採用する企業は、まれにしかない。そこで、どうだろう。大学院に進んでは?」
「大学院ですか?」
「そうです。大学院です。そこで見聞を広め、時期を待つのです」
「でも、私は大学院に行くお金も時間もありません。一時も早く就職して、中国の家族に恩返ししないといけないのです」
私には大学院などという、そんな遠回りをしている余裕は無かった。日本の企業に就職して、月給をいただき、直ぐにでも、給料の一部を中国の家族に送金してやりたかった。だが直面する現実は厳しかった。私は川北教授に期待していたのに、期待を裏切られ、沈んだ気持ちになった。川北教授は愕然として俯く私の顔を覗き込んで言った。
「どうだろう。私の研究室の助手ということで、私の所で働いたら、大学院にも行けるし、給料も貰える。給料は安いけどね」
「そんなこと出来るのですか?」
「私が学校に申請すれば、何とかなるさ」
「本当にですか。どうして先生は私に?」
「君が好きだからさ」
川北教授は真剣だった。その眼差しの裏に、私への欲情がありありと感じられた。私は、その視線を浴びて熱くなった。川北教授は私にささやいた。
「もし、私の提案に同意してくれるなら、誰もいない所で、細かな対策を相談したいのだが・・・」
「はい」
私は川北教授の提案を聞いて、それもありかなと思った。私は普段、真面目な川北教授の膨れ上がった欲望を感じながら、代々木上原の喫茶店『茶望留』を出て、渋谷へと移動した。渋谷の夕暮れは、これから訪れる夜に向かって、妖しく煌めき初めていた。私たちは渋谷を彷徨い、道玄坂裏にある『ブルックリン』というラブホテルのネオンを、2人で、同時に見た。川北教授は、私に確認も取らず、そこへ私を連れ込んだ。私は川北教授の策略に呑み込まれた。川北教授は私を裸にすると、囁いた。
「君は今まで私が出会った中の最高の美人だ。私をこんな気持ちにさせた女は君、1人だ」
私は悩みの相談に乗りますと言われ、喫茶店に出向いたのに、何時の間にか、ラブホテルで川北教授に乗られていた。女も狡いが、男も狡い。後の事は、ケセラセラ。
〇
月曜日、キャンパスのベンチで可憐たちと雑談していると、倉田常務からメールが入った。
*こんにちは。
突然ですが、明日、通訳のアルバイトを
お願い出来ますか?*
私は、そのメールを見て、『日輪商事』の仕事の問い合わせであると直ぐに分かった。『日輪商事』に就職したい私は、明日の午後、美容院に行く予定になっていたが、それをキャンセルして、通訳の仕事を引き受けることにした。そして翌日の火曜日の午前中、新宿駅の西口で倉田常務と待合せし、総武線で西船橋まで行き、そこで早めの昼食をすることにした。和定食屋に入り、刺身、天麩羅定食を註文すると、倉田常務が、びっくりした。
「刺身、食べられるの?」
「平気よ」
「何時も焼肉だから、牛丼かなと思ったんだけど」
「何時もサンマやホッケや刺身を好んで食べるので、仲間から猫科と言われているの」
「猫科か。言われてみれば、その目つきは猫に似ている」
「可愛いでしょう」
私は、そう言って倉田常務をからかった。西船橋での昼食を終えてから、私たちは八千代台中央駅に移動し、駅前のホテルのレストランでコーヒーを飲んでいる『日輪商事』の中道剛史係長と天津から来た3名の技術者と合流した。私と倉田常務は、彼らのいる席の脇の席に座り、『八千代プラ』に納入した機械の設置完了と検収について、倉田常務が状況確認した。中国から来た技術者、呂工程師、王科長、魏主任の3名は、倉田常務の確認に、はきはきと答えた。その報告を聞いて倉田常務が言った。
「なら、良いでしょう。ではこれから『八千代プラ』に行って、検収打合せをしますので、よろしくお願いします」
私たち6名は、それからホテルを出て、タクシー2台に乗って、午後1時過ぎ、『八千代プラ』の工場へ行き、上村工場長に会った。私が久しぶりに会う、上村課長は工場長に出世していた。まず設置された機械を見学させてもらってから、まとめの打合せに入った。普段、口数の少ない倉田常務だったが、打合せに入ると、多弁になり、打合せをスムーズにリードした。私は倉田常務の発言の通訳を主体に、上村工場長と呂部長たちの顔色を見ながら、明るく打合せを進行させた。結果、打合せは1時間ちょっとで無事に終わり、中国側は上村工場長と検収のサインを交わすことが出来た。午後4時半過ぎ、私たちは『日輪商事』の中道係長と天津の技術者たちと一緒に、ホテルに行き、中道係長が、中国人3名の宿泊費等の精算を済ませた。それから上村工場長をホテルで出迎え、7人で、駅前の中華料理店で宴会をした。私は6人のの男性を相手に、通訳をしながらビールで乾杯したり、中華料理をいただいた。仕事がスムースに終了したので、明るい宴会となった。宴会が終わってから私と倉田常務と中道係長は、ホテルにあと一泊する天津の技術者と上村工場長に別れを告げ、3人で新宿駅へ向かった。途中、中道係長が、倉田常務に隠れて、私に誘いをかけて来たが、私は倉田常務と明日の打合せがあるからと、その誘いを断った。そして私は倉田常務と一緒に、明日の『はとバス』遊覧の待合せ場所を確認した。時刻は10時を過ぎていた。私は倉田常務とゆっくりしたかったが、倉田常務は私にアルバイト料、2万円を手渡すと、小田急線の急行に乗って、自宅へと帰って行った。
〇
翌朝9時、新宿駅東口の『はとバス』案内所にて、天津の技術者たち3名と待合せした。天津の人たちは約束の時間より、10分遅れて現れた。私と倉田常務は、彼らと合流出来てホッとした。天津の人たちは、昨日のリクルートスーツと正反対のGパンに白いブラウス姿の私を見て、目を輝かせた。倉田常務はグリーンのTシャツの上にブレザーを着た若々しい格好だった。天津の人たちも、3人別々の青、白、ピンクのTシャツ姿だった。午前9時半、私たちは新宿駅東口の『はとバス』乗り場からバスに乗り、まずは東京駅に向かった。そこで、数人の乗客を乗せ、皇居前広場を見学。二重橋の前で、バスの乗客全員の記念写真を撮った。それから楠木正成公の銅像を見学して小休止。倉田常務が近くの売店で、アイスクリームを買って来てくれたので、皆でいただいた。10時40分、日比谷公園から日の出桟橋に移動し、そこからシンホニークルージング。観光船に乗り、レインボーブリッジを潜り、右に中央防波堤、左にお台場や若洲ゴルフリンクス、東京ディズニーリゾートを眺めながら、バイキング料理の昼食を済ませた。更に観光船は東京湾から太平洋に出て、羽田空港脇を通り、大井埠頭、天王洲アイルなどを見て、午後2時に、日の出桟橋に戻った。そこから再びバスに乗り東京タワーへ。展望台から、東京の景色を一望し、私は天津の人たちに、私の住む新宿の高層ビル群や、彼らが宿泊している千葉方面や、富士山のある方向を説明した。東京タワーの見学を終えてから、バスは芝園橋のインターから首都高速に入り、上野を経て、浅草に向かった。『アサヒビール』の本社ビルを見て、中国の人たちが笑い出した。私がビールの泡が飛んでいるモニュメントであると説明すると、3人とも首を傾げた。そこで私が、うんこビルと言われていると話すと、彼らは納得して笑った。私たちの乗ったバスは午後4時、浅草寺の裏にある駐車場に到着した。それから私と倉田常務は1時間程、勝手知ったる浅草寺や仲見世を散歩し、天津の人たちと写真を撮り合ったりした。午後5時、バスは浅草から東京駅へ向かった。5時半、バスは東京駅に到着。そこで『はとバス』観光は終了し、解散となった。倉田常務が、これから5人で食事をしようと誘うと、呂工程師が、食事を断った。彼らは、これから八千代市のホテルに戻り、自分たちで夕食を済ませ、明日、中国へ帰国する準備があるので、東京での時間がとれないという事だった。そこで私たちは天津の人たちを地下鉄の大手町駅まで案内し、西船橋行きの快速電車に乗せ、彼らと別れた。私と倉田常務は彼らを見送ってから、高田馬場駅まで行き、そこから西武新宿線の電車に乗り、歌舞伎町へ行った。観光案内が終わり、歌舞伎町に着いて、2人ともホッとした。シャブシャブの店に行き、シャブシャブを食べ、2人でゆっくりとご苦労さん会をして、いろんなことを喋り合った。その後、何時もの『リスト』に移動し、一日の汗を流した。バスルームから出ると倉田常務が、私に感謝した。
「今日の観光案内、愛ちゃんに参加してもらって、とても助かったよ。ありがとう。彼らも大変、喜んでいたね」
「私も楽しかったわ」
「感謝、感謝だね」
倉田常務は、そう言って今日の通訳料を支払ってくれた。私は領収書に倉田常務から受け取った金額を記入し、サインした。倉田常務は、その他に特別手当を出してくれた。その後、全裸になった私たちはベットに入り、抱き合った。倉田常務は、一日の観光で疲れているのに、欲望を燃え上がらせ、たっぷり私にサービスしてくれた。私は幸福だった。『スマイル・ワークス』に入社し、昨日や今日のような仕事をすることが出来るのなら、どんなにか、仕合せなことでしょう。川北教授の大学の教授室の助手の話も悪くは無いが、私の希望は『日輪商事』か、『スマイルワークス』に入社し、中国との交易の仕事をすることであり、それが理想だった。何とかして、中国との仕事に就きたかった。狙ったものは逃がさない。私は倉田常務を強く抱きしめ、連結を離そうとしなかった。
〇
それから数日してのことだった。大学での授業を終えて、マンションに帰り、部屋のドアを開けると、部屋の中に大山社長がいた。また私を抱きに来たのかと声をかけようとすると、突然、部屋の奥から芳美姉が現れた。私は芳美姉の顔を見て、蒼白になった。私と大山社長のことが、露見してしまったのかと観念した。ところが芳美姉の言葉は予想と違っていた。芳美姉は、厳しい顔で私を睨みつけて言った。
「愛ちゃん。貴女は琳美が男の子と付き合っているの知っていたのかしら」
「早川君のことかしら」
「そう。早川新治って言っていたわ」
「早川君なら、琳ちゃんのクラスメイトよ。それが何か?」
私は自分と大山社長の事でないと知ると、戸惑いが消え、芳美姉との質疑応答に対し、平然と対処することが出来た。芳美姉は私を凝視して言った。
「2人は高校生なのに、セックスしているみたいなの」
「まさか」
「まさかじゃあないわ。本当よ。貴女、側にいながら気づいていなかったの!」
「はい」
私はしおらしく答えた。心配していたことが現実になったようだ。少女はこの夏、立派な女性に成熟したのだ。水着を買うのに付き合った時、それを感じた。思春期の少女の心は揺れ動き、誰かに強く愛されたいと願っていたのだ。このことは、自分同様、芳美姉だって経験して来たことではないのか。芳美姉は尚も続けた。
「私が馬鹿だったわ。愛ちゃんに任せて放ったらかしにしていたのが、いけなかったのね。でも秀ちゃんは知っていたのよ」
「ほんとですか?」
大山社長は、コクリと頷いた。芳美姉は話を続けた。
「そうなのよ。今日の午後3時に秀ちゃんが事務所をこっそり抜け出すから、何処へ行くのかと後を付けて来たら、この部屋だったの。どうしたのだろうと様子を見ていていたら、琳美が血相を変えて、秀ちゃんに罵声を浴びせているの。無断で来たりしないでって」
大山社長は赤面しながら私の顔を見た。私はその視線を避け、芳美姉の怒りを、どうにして宥めようかと戸惑った。芳美姉は更に続けた。
「私はてっきり、秀ちゃんが、琳美に何かしようとしたのかと思ったわ。しかし、そうでは無かった。上半身が裸の男の子が部屋から逃げ出して来たのよ。男の子は秀ちゃんの手を逃れ、私の前に走って来たので、私が捕まえたわ。そして琳美と男の子の2人を並ばせ、叱ったの」
「まあっ」
「今は大学受験でそれどころではないでしょう。勉強が最優先であるってね。そしたら琳美は涙をいっぱいためて、私に向かって怒鳴ったわ。ママの馬鹿って。私はカッとなり、琳美を叩こうとしたの。でも、その瞬間、琳美は私の手を払って、男の子と手を取り合って、逃げちゃった。たった今よ。部屋に来る時、会わなかった?」
「会えば2人を捕まえて、連れて来るわよ」
「いずれにしても、琳美をここには置けないわね。元通り、私の家に住まわせるわ」
芳美姉は、そう言って大山社長を睨みつけた。その鋭い視線に、大山社長は震えていた。普段、何人かの子分を怒鳴りつけている怖い大山社長なのに、芳美姉には、全く頭が上がらなかった。惚れた者の弱さなのでしょうか。大山社長は芳美姉に同調した。
「そうだね。そうだね。そうしよう」
大山社長は琳美を自分の家に戻すことに賛成した。芳美姉は大山社長に同意してもらうと、少し落着いた。
「じゃあ、私たち帰るわ。琳美が戻って来たら、私の所へ連れて来て。必ずよ」
「は、はい」
私は何故かあやまるような返事をしていた。普段、超美人の芳美姉が怒ると、魔女のように怖かった。思いがけない出来事に、私の心臓はドキドキしっ放しだった。芳美姉が帰ると、私はドッと疲れが出て、ベットに寝ころび、いろんな妄想をした。琳美は何処へ行ったのかしら。早川少年の家かしら。クラスメイトの家かしら。それとも・・・。
〇
琳美探しは翌日までかかってしまった。琳美は、その日、マンションには帰って来なかった。私は何時、琳美が帰って来るのか心配でならなかった。その為、『快風』のアルバイトを休んだ。
「琳美は戻った?」
芳美姉から何度も電話がかかって来た。私の答えは毎回、同じだった。
「まだです」
私は時間が経過するに従い、琳美の事が心配になった。深夜になっても、琳美は戻って来なかった。私は心配で心配で、睡眠不足になってしまった。早川少年と一緒に、彼の家に行っているのか。それとも親友、前村明菜の家に泊めてもらうことになったのか。あるいはラブホテルにでも。でも高校生がラブホテルに入るなんて考えられない。朝になったら、ひょっこり帰って来るに違いない。ところが翌朝になっても琳美は帰って来なかった。学校へは私服だから行っていないと思う。私は大学の授業を休み、琳美の帰りを待った。待つということは余計な事を考え不安が募った。純情な2人が心中を考えたりしないだろうかなどと、恐ろしい事を想像したりした。そこへ『快風』の新宿店の仲間、陳桃園から、携帯電話に電話がかかって来た。
「愛ちゃん。今、何処にいるの?」
「マンションよ」
「なら今から、私の所へ来ない。昼ご飯を一緒に食べよう。琳ちゃんが来てるから」
「それって本当?」
「本当よ」
私は朗報に、パッと明るい気分になった。直ぐに桃園のいる新宿店の彼女の部屋に駆け付けた。部屋のドアを開けるなり、私はワッと泣き出した。琳美も私に跳び付いて来て、ワアワア泣いた。私は琳美を抱きしめて言った。
「どうしたのよう。一晩中、心配していたんだから」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ママが怖くて帰れなかったの」
私は琳美の背中をさすり、あれからの経緯を訊いた。すると琳美は早川少年と逃げ出した後、『マクドナルド』に入ったり、カラオケに行ったりして、深夜近くまで新宿の街をふらつき、その後、桃園に電話して、この桃園の部屋に泊めて貰ったという。涙をこぼす2人に向かって桃園が叱る様に言った。
「2人とも何時まで泣いているの。昼ご飯を食べよう。テーブルについて」
テーブルとは呼べないような折り畳み式テーブルの上に、桃園が作ったボリュームたっぷりの野菜炒め皿が置かれた。
「わあーっ、美味しそう」
私と琳美は桃園が作った昼ご飯に跳び付いた。野菜イタメと御飯を交互に口の中に入れ、桃園の料理の味を噛み締めた。美味しかった。出された野菜イタメを食べ終えると私と琳美は桃園に感謝の気持ちを伝えた。
「桃ちゃん。ありがとう。ご馳走様。美味しかったわ」
「桃ちゃん、めちゃくちゃに美味しかったよ。泊めて貰った上に、朝と昼の御飯を食べさせていただき、とても感謝してます。この御恩、一生忘れません」
「大袈裟ねえ。気にしない気にしない」
桃園は、そう言って笑った。琳美は私と会い、昼食を済ませ、落着きを取戻した。桃園は琳美に優しかった。
「琳ちゃん。これから愛ちゃんと一緒にママの所へ行って謝るのよ。どんなに叱られても我慢するのよ。大丈夫。愛ちゃんが付いて行くから」
「はい」
琳美はしおらしく桃園の言うことを聞き、いろいろ有難う御座いましたと頭を下げた。私と琳美は桃園と別れると、大山社長のいる『大山不動産』の事務所に行き、琳美が芳美姉に昨日の事を謝った。芳美姉は再び琳美に家出されては困ると思ったのか、激怒することは無く、優しかった。
「もう済んだことだから仕方ないわね。でも、もう2度と男の子の相手になっちゃあ駄目よ。今の貴女の目的は、志望大学に合格すること唯一つなの。そのことだけなんだから」
琳美は俯いたまま返事をしなかった。私は琳美の頭に手をやり、目の前の2人に、深く頭を下げさせた。いろいろ心配したが桃園のお陰で、総てがうまく収まったので助かった。
〇
琳美が芳美姉の家に戻ると、私は角筈のマンションで1人暮らしになり、話し相手も無く、孤独に陥った。冗談交りの半分ふざけた感じの琳美との勉学の日々は、とても楽しかった。それが突然、中断されたものだから、私は途方に暮れた。そんな悩み事をしている時、斉田医師からメールガ届いた。
*最近、連絡くれないけど
元気ですか?
今夜はバイトですか?*
私は、ここのところ、いろんなことで、斉田医師に連絡していなかった。そこで直ぐに返信を送った。
*今夜は大丈夫です。
『吉林坊』で会いましょう。
待っています*
私は大学から帰り、夕方、『吉林坊』に行き、斉田医師が来るのを待った。斉田医師は定刻に現れた。私たちは何時ものように『吉林坊』でスタミナをつけ、その後、『ハレルヤ』に行った。部屋に入ってから、私が先にバスルームに入った。私が先にシャワーを浴びてバスルームから出ると、斉田医師が、その後、バスルームに入った。私は彼がバスルームから出て来るまでの間、化粧台の鏡の前に立って、バスタオルを花の蕾のように自分の頭に巻いた。そのタオルを頭に巻いた自分を顔を鏡で眺めながら、自分の首から下の裸体の曲線を鏡で確認した。背筋がピンと伸び、お尻はたっぷり肉がついていて弾力も豊かで、脚線も中々、美しい。特に自分でも惚れ惚れする胸の膨らみが、女の魅力を際立たせていて、色気たっぷりだった。男たちが抱きたがるのも当然だなどと1人勝手に妄想していると、何時の間にか、真裸の斉田医師がバスルームから出て来て、私の後ろに立っていた。彼は、まだ濡れてヌメヌメしている身体ごと、私に抱きついて来て、囁いた。
「今日は立ったまま診察しよう」
斉田医師は悪びれた様子も無く、立ったまま後ろから、化粧台の前に立つ私の身体に触れた。首筋、頬、乳房、胴、お臍、お尻、太もも、それから茂みの奥まで、指を使って後ろから診察した。私は、そのゆっくりと進む診察の快感に、身体をくねらせ、よがり声を上げそうになった。斉田医師との間では羞恥心など無かったが、大事な部分が、ピチャピチャと音を立て始めると、流石の私も恥ずかしくなった。鏡に映る診察を受ける自分のいやらしい顔を見ていられなくなった。私はお願いした。
「化粧台の前じゃあなくて、ベットに移りましょう」
「ここで良いよ。こうしてバックから立って攻めるのも興奮する」
「でも、こんな犬みたいな格好、嫌だわ」
彼は私のピンク色した股間の花びらが彼を迎えようと涎を垂らして開いているのを見ているに相違なかった。そう思うと、私の興奮は急激に高まり、乳房が突き立って来た。斉田医師はその乳房を下から掬い上げ、乳房の先端まで、小刻みに愛撫して、耳元で囁いた。
「そんなことは無いさ」
彼はそう囁くと、太くなった物体を後部から、そっと挿入して来た。ああっ。その挿入して来るスピードがゆるやかで、何とも言えなかった。彼は私と同様、化粧台に両手を付き、彼の物体をゆっくり抜き刺ししてから、突然、驚く程の速さで、バックからの突撃を激化させた。その激しさに私は喘いでしまいそうになり、下唇を噛んだ。攻撃される快感に身体が小刻みに震え、止められそうにない。
「ああっ。行きそうよ」
私の快感の声を聞いて、斉田医師は絶頂に達した。腰をよじり身体を揺すって、ついに吐出した。「駄目よ。駄目!」
斉田医師は私より早く目的を終了させた。と同時に甘酸っぱい性液臭が部屋な中に流れた。立ったままの行為だったので、ことは何時もより、早く終わった。私は慌ててバスルームに入り、入念に愛器を洗浄し、シャワーを浴びてバスルームから出て来て、斉田医師に確認した。
「万が一、就職が決まらなかったら、私のこと、愛人として、面倒を見てもらえるのかしら?」
「そうするより仕方ないだろう。他の男に渡したく無いから」
斉田医師は、はっきりと答えた。私は、その言葉に満足して微笑した。私は私に夢中になっている斉田医師を捕まえておけば、日本で生きられると思った。
〇
人生は厳しい。俗情は許されない。琳美の日常を監視出来なかった私に対し、流石の芳美姉も甘くは無かった。芳美姉は、私が大学の授業を終えて、マンションに戻ったのを確認すると、マンションにやって来て言った。
「この部屋、今月いっぱいで契約を打切るから、愛ちゃんは、桃ちゃんの部屋に移って。ここの家賃を全額支払えるなら、別だけど」
「ここの家賃を全額支払うなんて、私には無理です」
「桃ちゃんには、話してあるから、引っ越しの日は、2人で決めて」
「は、はい」
私は唇を嚙み締めた。貯金の蓄えが無い私は、芳美姉の命令に従うしか方法が無かった。斉田医師が私のことを早く決断し、何処かに部屋を借りてくれるなら、そこに移れば良いのだが、まだ検討中だった。斉田医師が本当に、私との結婚を望んでいるなら、それに乗っても良いと思った。また工藤正雄が、私と結婚したいというなら、彼と一緒に暮らしても良いと思った。しかし2人とも口先だけのことかも知れず、具体的になるのは、まだ先のように思えた。私の引っ越しは2日間かかった。土曜日に琳美の荷物を芳美姉と大山社長が暮らすマンションに運んだ。そして日曜日、私の荷物を『快風』と同じビルの6階にある陳桃園の部屋に運んだ。引っ越しは大山社長と松下幸吉が、小型トラックを使って、手伝ってくれた。移った部屋は桃園の荷物も多く、後から入った私の荷物の置き場が少なく、一部の荷物をカバーを掛けて、ベランダに置いたりした。日本に来た時、日本語学校の寮で、3人で生活した経験もあり、狭くても、私は平気だった。桃園にとっては迷惑な話かも知れないが、家賃の半分を芳美姉に負担して貰っていたので、桃園は私の同居を了解せざるを得なかったようだ。振り返れば、琳美と私のマンション生活は恵まれ過ぎていた。琳美も私も、そのことに気づかず、男を引き込んだり、悪いことばかりしていた。私は狭い部屋に移り、初心に戻り、懸命に頑張らなければならないと思った。しかし、現実は、頑張らなければならないという綺麗事だけで進む話では無かった。マッサージ店『快風』と同じビルに移ったことにより、私のマッサージ店で働く時間が多くなった。芳美姉は、その分、アルバイト料をアップしてくれたが、私には辛かった。指先が痛くなり、助平な男性客に、御触り、手コキ、フェラチオなどを強要された。それは斉田医師や大山社長や倉田常務としていることと類似している行為だったが、お金を稼ぐ為であると考えると、何故か不潔で汚い行為に思われた。この生活から脱出するには、どうしたら良いのか。それには一時も早く、まともな仕事先を見つけ出し、自立することだった。元来、楽天的な私だが、このまま希望する就職先が、見つからなかったら、『快風』での仕事を続け、芳美姉にこき使われ、ボロボロにされてしまうと苦悩した。だからといって大学を卒業して、日本で働かずに、中国に戻ることは出来なかった。そのような事をしたら、私の留学の為に、留学資金を出してくれた親戚縁者に、私や両親は、どう弁明すれば良いのか。弁明の余地が無い。何としても、この大都会、東京にしがみついて、大成しなければならない。その為には何としても、ちゃんとした就職先を見付けなければならなかった。私は大学の就職案内コーナーに行き、『グリーン商事』以外の会社を探した。諸条件を調べて、履歴書や成績表を数社に送付した。しかし、ことは思うように進まなかった。外国人は採用しませんと、送付した書類を、そっくり突き返して来る会社もあった。それでも私は諦めず、大学の就職案内コーナーに行き、就職先を探した。
「まだ給料の高い会社を探しているの?」
真理や可憐は、私のことを心配してくれた。心配してくれるのは有難かったが、それで、どうなるものでもなかった。私自身が、しっかりしなければならなかった。
〇
引っ越しや就活でバタバタしているうちに、9月24日、日本の福田康夫首相の後の、総裁選で、麻生太郎という議員が1位当選し、内閣総理大臣に就任した。これから、中国との関係がどうなるのか心配だった。大学へ向かう途中の路傍では彼岸花も咲き終わり、赤トンボを見かけるようになった。近くの田んぼでは稲刈りが始っていた。私は、ここしばらく倉田常務から便りが無いので心配になった。彼は、そろそろ私と別れようとしているのかもしれなかった。工藤正雄は最期の学生生活ということで、男友達と旅行に出かけたり、文化祭の企画をしたり、釣りに行ったりして、私のことなど、全く放ったらかしだった。彼は大学に来て、私の顔を見ているだけで、満足しているらしかった。私もまた彼の顔を時々、見ているので、安心していた。しかし、顔の見えない倉田常務の事が、何故か気になった。それでこちらからメールした。
*9月も間もなく終わりますね。
希望する就職先がまだ決まっていないので
ちょっと悩んでいます。
会いたいです。
我想你*
すると、彼からありきたりの返事が届いた。
*私も会いたいです。
貴女の都合の良い日時を連絡して下さい*
私は彼から返事を貰えて安心した。ルンルン気分になり、大学の授業が終わってから、久しぶりに可憐や真理たちと下北沢の喫茶店『ピッコロ』で、コミニケーションの時間を過ごした。仲間たちは、それぞれ就職先が決まり、後は旅行と食事とアバンチュールだなどと、笑顔で話した。誰もが残りの学生生活を満喫しようという考えだった。特に真理は開放的だった。隠し立てなどせず、ありのままの現況を語った。
「私、最近、直哉のこと、呆れちゃったわ。彼って全くマザコンが直らないのよ」
「一人っ子だから、仕方ないわね」
「それって許せる。母親の方が私より優先するなんて」
この質問に対して純子が答えた。純子にしては珍しく哲学的な思考だった。
「男が感じる女の愛は、2種類あるのよ。1つは女性としての愛。もう1つは母性としての愛。それぞれ別なの。だから気にすることはないわ」
「でも彼、その母性に弱いのよ。だから私、彼に厭きて、別の男と付き合い始めたの」
「まあっ、別の男と」
「家庭のある人。束の間の恋だと分かっているのだけれど、素敵な人なの」
「その人って、どんな人なの?」
純子に問われ、真理は一瞬、私の顔を見て、逡巡した。そのためらいは何故か私と関係ある人のような気がした。そんな戸惑う真理を純子が煽った。
「どうせ、何時かは分かるんだから、言っちゃつたら」
「でも」
「でもも、もしもも無いわよ。喋っておしまい」
すると真理は私と可憐の顔を見詰めて恥ずかしそうに答えた。
「ゼミの先生。私に就職先を紹介してくれたの」
「ええっ。川北先生なの」
「そうなの。そうなのよ」
真理は、そう言って、私の肩を叩いた。ショックだった。私は真理同様、川北先生と関係したことを言い出せなかった。渋谷の道玄坂裏にあるラブホテル『ブルックリン』で、川北教授は私にささやいた。
「君は今まで、私が出会った中の最高の美人だ。私をこんな気持ちにさせた女は君、1人だ」
あの言葉は真実では無かったのか。彼の研究室の助手として働きながら、大学院で学ぶという話は、もしかして、私を抱きたかったからの口実ではなかったのか。それでは『富岡産業』の夏目課長と同じではないか。真理は陽気だった。私たちに大学教授のセックスの仕方まで披露して、皆を笑わせた。私は、それを可憐たちと一緒に笑って聞いていたが、内心は嫉妬と怒りで、煮えくり返っていた。『ピッコロ』を出てからも、私の頭の中は、混乱し、グシャグシャになった。夜になってからの『快風』でのアルバイトでは、客に強く当たり、倉田常務に連絡する約束も忘れてしまっていた。
〈 夢幻の月日⑧に続く 〉