第四話 平穏。
それからの半年は平穏だった……とは言え、街の首切りは相変わらずだったし、郊外に潜む強力な敵対種の正体も分からない。九頭竜の後にも二度、舞闘場の大門から敵対種が現れたが、“四牙”達が片付けた。子供は相変わらず産まれなかったし、逐鹿からの連絡も無い。だだ、秋は終わり冬を越えて春がもうそこまでやってきていた。彼らを取り巻く状況も、繰り返しながらも少しずつ変容していく季節のように、微妙に変化していた。去年までの自分達ではなかった。
どおん、と衝撃が舞闘場を覆った。野次馬達がどよめく。舞闘場にはロイとラスの姿があった。これは正式な舞闘ではなく、ロイの修行だった。破格の強さを誇るラスに修行をつけて貰っているのだ。今、ラスの正拳にロイは吹き飛ばされ、舞闘場の端ぎりぎりで踏み留まった。
「ここまでだねぇ。」
ラスは言った。ロイは同意する。ロイの外殻は必要最低限のものだった。クウは失踪し、他に外殻を補修してくれるモルフはいない。ラスは高い鼻の上で眉を寄せた。
「ウエイト不足だねぇ。誰かましな外殻を作れる奴がいねぇのか?」
「いるが旅に出ている。」
ロイは無愛想に返す。ラスは肩をすくめた。ロイに歩み寄り、手を貸して起こす。ラスより遥かに大きいロイだったが、それでも何故か大人と子供程の風格差があった。
「まぁ、でも強くなったぜ?技無しでここまで戦えるなんてねぇ。完全に六角金剛よりいけてるぜ?」
ロイは返さないが、満更でも無さそうだ。そう、確かにロイは強くなった。これで外殻が戻って来たら本当に六角金剛を倒すかも知れない。彼らの舞闘の練習を見守っていた街人から歓声があがる。外殻を失いスラリとした彼の姿は街の女性に人気だったし、黒ずくめのラスもたった一人で九頭竜を倒した街の英雄として人気が有った。彼ら二人を六角金剛に推挙しようとする人々が街頭活動を行う程の人気ぶりだ。街を歩けば誰も彼もが声を掛けてくる。ラスは相変わらずゲラゲラと下品に笑っている。どこか無法者の風格が漂うこの歩む者は、不思議な魅力を放っていた。ロイは順調だった。随分と舞闘力を上げた。若隈の仕事にも慣れた。クウは居ないが、美しいハクが傍にいてくれている。でも、ロイの心にはつかみ取れない靄のような不安が蟠っていた。何かが勝手に、良くない方向に進んでいる感触が気持ち悪かった。その感触はべっとりと、ロイの心に張り付いている。




