第三話 愛憎 1
「よろしく頼むわ。」
白檀のイソールはそう告げて、病人を引き渡した。
「はい。承知いたしました。」
あさつゆは涙ながらに答えた。クウが帰ってきた。恐ろしい程に弱っていたが、兎に角、帰ってきた。
「腐水毒よ。霧街にはクウがここにいることは知らせないで。例えそれが六角金剛だろうと。」
あさつゆは、イソールの怒り混じりの気を感じ取り、それ以上口を開かなかった。イソールは医療施設にある自室に戻っていった。あさつゆは医療施設の最下層に取り残される。クウと供に。そこには無数の空のベッドが並べられていた。ここは、遥か以前は病室だった。今はこの部屋が活躍するほどの人口は残って居ない。皆死んで、新しくは産まれない。魂の輪廻は解れてしまったのだ。ここは、持て余した地下室だ。だからこそ、クウを匿うには相応しかった。あさつゆは覚悟した。
(……絶対にクウがここにいることを知られてはいけない。特にあの、オコジョには。)
彼女の心配は尽きなかった。
(でも、取りあえずは帰ってきた。クウが、あたしの元に。絶対に守らなくては。)
あさつゆは心臓が破裂しそうな程、脈打つのを感じた。クウの意識は無い。でも、それでもよかった。ここに戻って来てくれたのだから。クウが失踪したと聞いて気が狂いそうだったあさつゆは、心底安心した。
(念の為、渡しておいたクスリがクウをあたしの元に連れ戻してくれたのだ。あれが無ければ今頃……ともあれ、今はここにいるのだ。クウもあたしも。それ以上は望まない、何も。)




