第九話 退屈な授業 1
その時に世界は暗転して、後に開闢と呼ばれる……。
ハクは精一杯、ナン先生……ナマケモノのモルフだが”超”の付く働き者だ……の話を聞いている振りをした。ナン先生は、振りをするくらいなら寝ててくれて良いのにと思っていた。とにかく、現実と夢の狭間で浮かべる変顔で教育の情熱に水をかけるのを止めて欲しかった。だからナン先生は、ハクが睡魔との戦いで防戦一方となると授業の声を抑え気味にする。ハクはするすると眠りの沼に沈み、クウはナン先生の小さな声を聞き取ろうと集中を高める。運動馬鹿に見えるロイはしかし、一番成績が良くて、常に授業に集中している。ハクは眠ってしまう。先生はこの平和がいつまでも続きますようにと更に声を潜めて、授業を続ける。今日は、とても重要な授業だった。この零鍵世界の歴史の授業だったのだ。もはや生徒がたった3人になってしまった巨大な木造の校舎にある、良く日の当たる教室で彼らは授業を受けていた。陽光に包まれた校舎では、何もかもが暖かくまどろみが訪れるのを待ち焦がれていた。彼らの世界の歴史についての授業は静かに静かに進んでいった。
“以前の世界”は変化に満ちていた。世界を彷徨う漂泊者や世界を跳躍する歩む者が数多の驚異や奇跡を引き連れて旅をし、混ぜ返すことで世界を新鮮に保っていた。零鍵世界の歴史を最もシンプルに表現すると3つの時代に分かれる。
一つは“創世期”。一つは“以前の世界”。そして、“現在"となる。過去の話は全て伝聞でその真贋は不明で検証が難しい。だからこそ、六角金剛最強の舞闘者である逐鹿は世界に旅立って、その真贋を見極めようとしているのだ。
……ざっくり世界史はこうだ。
始めに“零の鍵の世界が始まる前の世界”がある。それは世界とも呼べないような原始の状態で、そこには原初の魂気があるだけだった。わかりやすく言うと、意識が存在するのみだった。その意識は世界の要素であり、現在ではそれぞれが司る星を当てはめていることから、星神と呼ばれている。天王星を司る天神、月王星を司る月神、火王星の火神、金王星の金神、土王星の土神、木王星の木神、水王星の水神、極北星の無神の八柱に加えてそれらを創造したとされる、無名神の九柱が原始の世界に存在していた。零の鍵の世界の神話に拠れば、ある時、無名神が生まれ、それが残りの八柱を産んだとされている。無名神が、全てを始める決心をして世界が始まったとされている。これらの事象は零の鍵の世界が生まれる前の出来事として語られ、深く掘り下げられることは無かった。ただ、鍵の守護者も三大神もモルフの延長線上の存在であるのに対して、この星神は別次元の存在として捉えられていた。モルフ達の所謂、信仰は星神に寄せられていた。
現在のモルフ達は生まれながらにして二つの星から加護を与えられている。それは、魂気の属性と供に宮で判断される項目の一つだった。例えば、クウであれば天と火だ――この十に連なる世界では折に触れて星神に加護を祈る。それぞれの加護を授かる星に対して祈るのだ。クウであれば、“天と火の星の加護を!”となる。
いずれにせよ、零の鍵の世界が始まる以前はこの九柱の意識のみで世界は構成されていたのだ。