第二十四話 激闘 1
多頭竜は鎌首をもたげた。真横から朝日が差し込む。正面には高く跳び上がったハクとロイがいた。早秋の澄んだ空気は透明度が高く、何もかもの輪郭をきりりと浮かび上がらせている。多頭竜はその四頭八眼で、小生意気な二匹のモルフを見据える。彼らは何度も耐え難い苦痛を与えてくる。代償を支払って貰わなくては。引き裂いて丸呑みにしよう。多頭竜は叫んだ。質量の伴う咆哮に体重の軽いハクは空中で失速する。目標ではない中途半端な場所に着地した。
「いやん。もう!」
困り顔で可愛らしく言うが、闘志は十二分だ。低く低く敵の懐に飛び込む。足元をチョロ付く小動物に苛ついた多頭竜は彼女を押し潰そうと暴れ回る。ロイは見逃さない。
黒玄翁!!
振り抜いた大かなづちが多頭竜の頭部を引きちぎった。残された三つの頭部が悲鳴を上げる。ハクは既に大門の端に辿り着いていて、門を全開にするためのレバーを下ろした。狙い通り怒り狂った多頭竜はロイを求めて門から身体を引き出す。全身が出たらレバーを上げる。大門が閉ざされた後に舞闘場から追い出せば、多頭竜の再生は無効に……
「あ!いや、これって!!」
ハクは目を見開いて、冷や汗を流し、慌て門を閉じる。まだ、多頭竜の全身は門から出ていない。ハクは叫ぶ。
「ロイ!まずい!作戦変更よ!助けが来るまで……
ロイは黒玄翁の粉塵の向こうで、ハクには見えない。敵はずるずると門の内側から身体を引きずり出す。身体の最も太い部分は門を通り過ぎていた。ハクは慌てて門を閉じたが、敵対種を閉じ込める事は出来なかった。多頭竜と思われたそれは全身を表した。それは四つ頭と強靭な四肢を持つ竜ではなかった。九つの頭を持ち、翼を持たない龍……九頭龍だった。それは浮かび上がり、咆哮する。その咆哮は魂気を纏い、蒼く燃え上がり、受け止める者の身体を溶かす。辛うじてロイは躱したが、舞闘場の観客席は蒼い咆哮に溶けた。ロイはハクの傍に着地した。
「九頭龍とは!舞闘場から逃げられたら、大変な事になるぞ。」
「いや、もうなってるって。舞闘場のエリアを超えて観客席に影響を与えたって事は結界が機能してないってことじゃん。」
冷静な幼馴染みの横顔をロイはまじまじと見つめた。彼は大きな黒いひとみに見とれる。すらりとゆるりと曲線を描く彼女は白くて美しかった。ロイは一瞬、現実を忘れる。
「五分時間を稼いでくれない?あたしの極術で仕留めるわ。」
ハクはぺろりと鼻の頭を舐めてから、ブーツを脱ぎ捨てた。本気で走るつもりだ。ロイは我に返り、気まずそうに言う。
「ああ。了解だ。」
ハクはしなやかに身体を丸めて……そして解き放った。彼女は風になり音になって、九頭竜を翻弄する。ロイには彼女が何をしようとしているのか判らなかったが、ロイは約束通り時間稼ぎを始める。
双黒玄翁!
ロイは両手に黒玄翁を構えて、九頭竜に挑む。舞闘場の観客席を吹き飛ばして、粉塵を巻き上げて敵を欺く。頭を潰し尾を潰し、胴を潰した。だが、まだ舞闘場の上にいる九頭竜は攻撃を受けるそばから回復する。
「結界の外に引きずり出して!」
ハクは叫んだ。ロイは、九頭竜の正面に立ち、敵対種を挑発する。黒玄翁をわざと舞闘場に投げつける。九頭竜はそれを避けたつもりで舞闘場の上空に浮かび上がった。ロイはそこに突進する。九頭竜は、軽々とロイの突進を躱したが、そこは完全に舞闘場の結界の外だった。
……いけるか?
跳躍したロイは九頭竜を通り越した所で振り返り、黒玄翁を投げ落とす。九頭竜は渦を巻いて躱すがそこに破裂する鉄拳が炸裂した。二つの頭が吹き飛んだ。ロイはニヤリと笑い、そして引き攣った。九頭竜の頭部は再生していく。
「おいおい。結界の力じゃなかったのか?」
落下しながら、ロイは理解した。九頭竜はそもそも再生能力を持っているのだ。
(まずいな……。)




