第二十三話 二人の舞闘。
気付いた時にはいつも三人一緒だった。今ではもう信じられないが、少し離れてシキとセアカが見守ってくれて、世界は平和で安心していられた。春も夏も秋も冬も、陽光に包まれて世界は美しかった。闇や陰は遠く夢の彼方。昨日よりも今日、今日よりも明日。少しずつ、でもどんどん止まることなく世界は膨れ上がり、希望は溢れた。自分達は走り続け誰よりも強く遠くまで進むんだと確信していた。
(何処に行ったんだろう?みんな。)
ロイは考えた。苦しい程に憧れたクウは消えた。無邪気なハクは美しくなった。父の角は折れて、随分と老けた。シキは死んで、セアカは変わり果てた。夕日はあの頃のように暖かいだろうか?朝日は変わらず、純粋だろうか?世界まだ希望を失っていないのだろうか?ロイにはわからなかった。若隈になった今、想う。この後、老隈になり、六角金剛になって、仮に街を治めるとして、それが何に成るのだろうか。何と戦って何を守るのだろうか。
(俺は何を……クウ。お前はどうなった?)
答えは返らない。ロイは大きく息を吸う。吐き出して目を見開き……叫んだ。
「喰らえぇぇぇえっ!!!」
目の前には多頭竜。ロイは両手を突き出し赤熱する拳で敵対種を狙う。
破裂する鉄拳!!
その瞬間に三つの竜頭が吹き飛んだ。大門の奥で巨体が倒れる。ロイはそのまま、舞闘場に着地する。ロイが巻き上げた轟音と爆煙の奥からハクが現れる。
放電爪!
鋭い大鋸の切れ味で全方位から、稲光が多頭竜に向けて収斂する。刃を宿したその雷は残った最後の一つの首を切り落とした。舞闘場に叩きつけられた多頭竜の最後の首の上にハクは着地した。
「ちょっと焦ったけど、全然大したこと無……
言い終わる前にハクは叩き潰されて、死んだ。多頭竜の巨大な頭部に潰されたのだ。
「ハク!!」
ロイは叫びながら、破裂する鉄拳を打ち込み、多頭竜の再生した頭部を吹き飛ばした。ロイは舌打ちする。潰した筈の多頭竜の頭部が次々と再生する。ロイはステップを踏んで、舞闘場から飛び降りて、闘上石の傍に着地した。青白い顔色でハクが蹲っていた。心配して声をかけるロイにハクは告げる。
「これって無理ゲー。舞闘場じゃ誰も死なない。あいつは石を踏んでいるわ。でも、放っておいたら大門が破壊されちゃう……。」
ロイは冷たい汗をこぼした。ハクの言う通りだ。舞闘場では誰も死なない。大門を使って敵対種と舞闘する時の結末は二つだ。一つは六角金剛の四神封陣でクリーチャーの動きを止める方法。もう一つは、徹底的に痛めつけて殺すこと。そうすれば、門の内側にある闘上石まで敵対種は戻される。その間に大門を閉ざすのだ。だが、今の一瞬で、彼らは理解した。多頭竜は大門の内側にある闘上石を踏んだままなのだ。つまり、闘上石を踏んだまま、首だけで闘う為に、倒されてもそのまま生き返り、舞闘を続行するのだ。闘上石がある限り、多頭竜は門の内側に追い込まれる事は無い。そして、首を出し続ける限り、扉を閉ざすことは出来ない。四神封陣に至っては論外だ。ここには六角金剛は誰一人としていないのだから。
「黒丸さん達は、城壁の外だ。昨夜も街外の家畜がクリーチャーに襲われて、その始末と敵対種探しに出ている。誰も助けに来ない。」
ハクは血色の悪い顔をロイに向けて、腹の据わった声で言った。
「道は二つ。一つは多頭竜をミンチにして大門を閉じる方法。もう一つは門を全開にして多頭竜を舞闘場の外まで引きずり出してから倒す方法。どっちがいい?」
まるでどっちも出来るわよ?と言わんばかりだ。ロイは笑う。そうだな。それでこそ大好きなハクだ。いつもむちゃくちゃだ。
「よし。じゃあ、引きずり出そう。再生速度を上回って、あれをミンチにするのは不可能に近い。その前に大門が破壊されては本末転倒だ。俺が引きつけるから、ハクは扉のストッパーを外してくれ。」
「リョーカイ!」
言うとハクはしなやかな身体を踊らせて跳躍した。一気に舞闘場の上に飛び出す。ロイも後を追う。彼らは同時に同じ事を感じていた。本当だったら、傍にいたはずの大切な仲間は元気だろうか?と。目の前の脅威を一瞬忘れて、彼のことを想う。
一緒に居たいけど、無理ならそれでいい。様々な物語の中にあるような親友の死を糧に成長して迎えるゴールなど、願い下げだった。折に触れて、彼らは祈る。
クウ。ただ元気でいてくれさえすれば。今はそれで、もう。




