第二十二話 未明。
霧街の舞闘場の正面奥には大きな両開きの扉がしつらえてあった。高さ二十メートル程で幅も同じくらいだ。扉の左側には三人の絶対神が彫り込まれており、そこから零鍵世界が生まれモルフが育ち、敵対種が暴れ、歩む者や漂泊者が争いを巻き起こして混沌としていく世界が描かれていた。だが、それは不幸な物語では無かった。どこかに幸せや希望があった。混沌は多様性を育んで、世界は正しく荒波に覆われている。素朴で壮大なレリーフが舞闘場の大門に施されていた。その門は常に閉ざされている。それは神々の世界に繋がっているから。神々の世界は多様性が花咲く地獄。狂気が多様性だけを、その広大な許容を糧に荒れ狂っている混沌界。そこでは全ての正しさは裏返り、無秩序が世界を支配していた。疫病、災害、敵対種。モルフを脅かす全てが出口を求めて、叫んでいた。
そして、これまでピタリと閉ざされていたその門は、今、開放されていた。
多頭竜がその門に巨体を詰まらせていた。四頭を門の外に延ばしているが、体高三十メートルを超える巨体は門を通り抜けられないでいた。門は二段階で全開になる仕組みで今は一段目が開いているだけで、多頭竜が通り抜けるには不十分だった。四本の鎌首を振りかざし、多頭竜は吠える。自由が利かないことに激怒していた。四頭は結界の張られた舞闘場の中にあり、今の所は霧街に被害は出なさそうだ。でも、この後は?
「どう思う?ハク。」
機甲虫モルフのロイは舞闘場を囲む外壁の上で問う。
「時間の問題じゃない?」
オコジョモルフのハクはロイに返した。メーメの悲鳴を聞きつけて偶然二人は到着した。ハクは外壁の上であぐらをかき、ロイは隣に直立している。朝日がぎりぎり差し込まない夜でも朝でもない時刻、未明。二人の若者の瞳が多頭竜を見詰める。大門の奥から門を壊して、霧街に現れようと門に体当たりを繰り返す轟音が鳴り続けていた。大門は舞闘場で敵対種と闘う為に作られた、危険な門だ。二人は互いを見やる。このままではいずれ多頭竜に門を抜かれてしまう。ここ数日、街の外に得体の知れない敵対種出没しており、六角金剛達は全て街外だ。
「やるしかないわ。門を抜けられたら、太刀打ち出来ないもん。」
「だな。」
「だね。」
彼女たちは四牙や十爪を待つつもりは無かった。決意を秘めたハクの艶やかな毛並みが未明の風を混ぜ返した。ロイの硬質な外殻がまだ明けぬ明日の光を呼び込んだ。二人は笑う。ここに居ない、彼の分も。
そうだ。彼はどこに行ってしまったのだろう?
それでも、ロイは跳躍して、多頭竜に襲いかかった。




