第二十話 クウの病。
目覚めると即身成仏のようなアマトが、一際高い窪地の岩に全を組んでいた。日は中天を突いて暖かだった。窪地の水溜まりが青空を写して美しかった。緩やかに雲だけが流れる。微かに、経が聞こえてきた……あんのくたーさんばーくさんほーでぃ……が、それは直ぐに途切れた。アマトは目を開けずに言う。
「少しは調子が戻ったか?」
寝る前よりマシだが、良くはない。クウは言葉に詰まる。アマトは目を開き、クウの傍に降りてきた。目を見て、舌を見て、脇を弄った。アマトの表情が曇る。
「クウ。兎に角、旅は止めろ。そして、今まで住んでいる場所を離れて、全ての知り合いから距離を置け。お前の病気はそういう病気だ。」
何その病気?言おうとしたが、疲労でタイミングを逸して言葉は流れた。それでもクウは口を開こうとしたが、アマトは遮る。
「或いは、私と行動を共にしよう。そうだな、ここ暫くの苦しい状態を乗り切れば、病は治まる。」
思いもかけない言葉にクウは心を開く。大きく息を吸い、無い唾を飲んでから、一気に話す。まるで、そうしないと二度と言葉にすることが出来ないと思い込んでいるかのように。
「本当?僕のこれはファンブルのせいじゃないの?もうちょっとずつ弱っ、て行く、だ、けなのかと、思ってた。」
言いながらクウは言葉が水っぽくなるのを感じた。予期せずに涙がこぼれた。もう駄目だと思っていた。後は死ぬだけだと。勿論、アマトの言葉の全てが正しいわけでは無いだろう。だが、これまで、そのような言葉をかけてくれたモルフは居なかった。クウにはただそれだけのことでも大いなる吉報となった。
「いつも想ってた。僕はいつ死ぬんだろうって。いつも想ってた。舞闘場で生き返りが出来るなら、外でも誰も死なないようにしてくれれば良いのにって。ねぇ。僕は死ななくても……。」
興奮したクウは咽せて咳き込んだ。鼻血が出て、血を吐いた。肺が熱く燃えるようだと感じた瞬間、クウは気絶して、窪地の水溜まりに落ちた。
どぼり。
渦を巻きながらクウは、不明の液体の中を沈降していく。そのまま、光が途切れるのその境界で、アマトがすくい上げた。
「可哀想に。」
窪地の岩穴に溜まる水から顔を出した髑髏は、大きく息を継いで、太陽を仰いで、言葉を零す。
……君のその苦痛は身体から出ているのでは無いんだ。ファンブルは関係ない。原因は君の知らないところにあるんだよ。
アマトは大きく息を吸ってから……誰に届けるでも無く、ただ、ぼそりと青空に呟いた。
「でもね、世界には意味の無いことなんて無いんだ。全てには意味があり、役割があるんだ。キミのその苦痛も、俺のこの苦痛も。」




