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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第三章 夜の底。
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第十九話 漂泊者《ドラフ》




 クウは熱に浮かされながら見ていた。その骸骨のような痩せたモルフが大きな鎌を振るい、襲いかかる敵対種クリーチャーを事も無げに切り裁くのを。髑髏は4つの大鎌を自在に操り、殺して喰らい切り裂いて何もかもを焼き払った。それは燃える髑髏だった。髑髏は常に焦臭い煙を纏っていた。普通のモルフであれば胸の中央で赤く輝くイドが存在するはずだが、髑髏にはそれが無かった。黒い底なしの穴があるだけだった。まあ勿論、筋肉や内臓も無い骨だけの存在であったのだが。髑髏は仕留めた敵対種クリーチャーを捌いて調理する。時折、チラリとクウを見やって話しかける。それは、かさかさと告げる。


 「俺は、俺を髑髏の姿にしたモルフを探している。」


 その漂泊者ドラフは、はっきりとそう告げた。勿論、クウは犯人を知らない。答えを得られない髑髏は……当然だが……がっかっりする様子も無く、黙って調理を再開する。先程仕留めた大猿の丸焼きを作っているのだ。大きな焚き火で大猿を丸焼きにしながら、焼けた部分から大鎌を器用に使い、切り取って食べ進んでいく。その香りと髑髏のかさかさ声……それはなぜだか優しく響いた……にクウは眠りの世界から引き摺り出された。髑髏の再生と死は相変わらず続いていたが、以前より、そのサイクルは穏やかだった。理解は出来なかったが、クウは何かの理由があるのだと察した。そして、


 (……これが、あの髑髏?流動する闇と空の眼に続く世界を終わらせる存在(クローザー)なのかな。でも、だとしたら、僕は殺されちゃうのかな。霧街は……。)


 巨大な敵対種クリーチャーを底なしの胃袋に落とし込み続ける髑髏を見ながら、クウは恐怖していた。しかし、それは優しく。


 「俺はアマト。この零鍵の世界を旅している。敵を探しながら、世界の寿命を少しでも延ばせたら、と考えているんだ。」


 死神には相応しくないロマンチックな言葉だ。でも、クウと一緒だ。その一瞬で、クウは取り付かれた。世界の寿命?そんなことを考えているモルフがこんな荒れ地に居るとは。世界を旅しているとは思いもよらなかった。だって、霧街のモルフ達でさえそう考えているモルフはどれだけ居るだろうか?黒丸や渦翁、旅立って久しい逐鹿ならまだしも、このような荒野で死ぬか生きるかの骸骨の髑髏からそのような言葉が発せられるとは想像もしなかった。それが学校の授業で教えられる、あの”髑髏”であればなおさらだ。いや、別の髑髏である可能性もあるし、授業が間違っている可能性もある。全ては可能性の中に留まって出てこようとしない。真実を味わいたいなら、いつだって立ち向かうしか無いんだ。足を前に出すしか無い。その言葉を発するしか無いんだ。目の前に居る髑髏は世界を死を見届ける死神かも知れないし、一番新しい親友になるかも知れない。全てに限りなどなく、世界は無限だ。感情のままにクウは素直を告げる。


 「僕もそう。この死にかけた世界を生き返らせたいんだ。」


 それは世界を終わらせる髑髏かも知れなかったが、髑髏の言葉にクウは虜になり、血色の悪い顔で、しかしクウは活き活きと言った。アマトは、微笑む。クウにはその微笑みは肯定的な笑みに見えたが、ナン先生の授業が正しければ、目の前に居るのは死神だ。恐怖して、用心して六角金剛に報告するべき対象だ。でも、クウは妙に腑に落ちた。世界の寿命を延ばしたいと言うその髑髏の言葉に。それはそのことを考え続けた者だけが到達する考えで、その言葉を発する者であれば、只それだけで信用に足りる。

 ふふ、と微笑みながらも言葉は返さず、髑髏は調理を続ける。焼き上がりバラされた大猿は窪地の縦穴を利用して作った燻製機で燻されている。その脇でクウは横になっていた。木材と布地を器用に組み合わせたテントのような住居がしつらえてあった。その布の下は無限の奈落が広がっている。深い深い縦穴がうねりながら続いており、その底から、香味を含んだ蒸気が燻っている。アマトと名乗ったその痩せたモルフは調理に区切りを付けて、一段高い岩に腰掛けた。大きな鎌を肩に掛けて、クウを見下ろした。この岩だらけの窪地の背景と相まって、どこからどう見ても完璧な死神に見えた。アマトは訪ねる。


 「……珍しいな。キリマチの者が街を出るなど。」


 「あ。いや、僕はファンブルしたから裏町ナカスから来たんだ。」


 「ナカスはキリマチの一部だ。それを区別する者は外の世界にはいない。身内のセセコマシイ分類に興味は無い。」


 そっか、とクウは思った。急に自分の小ささを感じて……何故か安心した。窪地の冷たい風にローブを靡かせる灰色の影。虚ろの眼窩が優しく光っていた。髑髏の姿で、空虚な身体持つ漂泊者ドラフ。クウはアマトを見つめながら、世界の広さを感じた。可能性を知った。昨日まで思い悩んでいた自分の世界は、とても小さかった。キリマチから僅か一週間の距離には、見たことも無い窪地があり、そして、ああなんと、もういなくなってしまったと言われていた漂泊者ドラフを名乗る者がいた。彼はここで暫く暮らして居たのだろう。すっかり馴染んでいる。窪地の地形を利用して、テントを張り、雨風を凌げるようになっていた。大きな燻製機も風呂釜も料理をするための竃もあるようだ。アマトはクウの視線に気付き笑いながら説明した。


 「そうだ。俺はここに住んでいる。随分と遠くから旅をしてきた。零鍵世界をぐるり巡って、ここに辿りついた。旅の最後にキリマチに寄ろうと思っているが、少しここで、休憩していた所なんだ。」


 言い終わると共に窪穴から巨大な地竜が飛び出してしてきた。不気味な血吸い虫はその口を広げて突進してくる。直径二メートル、長さは測りきれない程だ。アマトは表情も変えずそれに対峙して、黒光りする大鎌で切り裂いた。まるでお手玉をするかのように、器用に4つの大鎌を操る。一瞬で地竜は透明な体液を撒き散らして、絶命した。アマトは地竜の死体の匂いを嗅いで、食べられそうにもないと判断してそれを窪穴に落とした。身軽に岩々を飛び移り、クウの元に帰った。


 「今のは外れだが、ここは食べる物に事欠かない。可燃性ガスも豊富で火に困らないし、暖かくて良い場所だ。」


 アマトはにっこりと言った。クウは呆れて、でも大笑いした。普通のモルフなら敵対種クリーチャーが多く毒ガスまみれの土地だと言うだろう。キリマチ傍の平地に住むだろう。でも彼はそうしなかった。クウは気に入った。アマトのことを。例え髑髏だとしても。例え、この感情のせいで、死んでしまうことがあるとしても後悔は無いだろう。クウは髑髏の気持ちに応えようとして、笑おうとしたところで吐血した。苦痛にむせかえるクウにアマトは特製の煎じ薬を調合して、飲ませてやった。震えて血を吐くクウを目の前にして、アマトに慌てる様子はない。まるで……


 まるでクウの生き死にに関心がないかのように。


 クウはアマトの底にある冷酷さを敏感に感じ取り、少し恐怖した。やはり授業で習ったように、目の前のこの人物は、世界の死を看取る死神なのだろうか?クウは、アマトが発する愛情と真逆の気配に驚きながらも、煎じ薬で胸が中から暖かくなるのを感じ……すとん、と眠りについた。


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