第十七話 隣国エズ。
昨日からうっすらとその光景が見えてはいたが、クウは理解できていなかった。地図上ではエズが存在するはずの広大な湖がある場所に白い大地が拡がっていたのだ。湖が光を反射しているのだと考えたがどう見ても違った。しかし、湖が光を反射しているとしか論理的な説明が付かなかったクウは、エズに到着するまで現実を受け入れられなかった。十一年ぶりに故郷に帰ったクウを迎えたのはヒトが死に、廃墟となったエズでは無かった。彼を出迎えたのは……何もない白い大地だった。
「ええーっと……。」
クウの独り言はその白い大地に反射して広い青空に吸い込まれていった。クウの目の間に拡がっているのは、お椀状にゆるりとくぼんだ直径百キロメートルの真っ白な大地だった。クウは湖に空が映っていたのではなく、それは本当に真っ白な大地であることを漸く受け入れた。
「おっきぃな。……でも、なんだろこれ?」
それは砂浜で綺麗に洗われた野生動物の骨のように無駄の無い純白の大地だった。そこにエズは無かった。クウは呟く。
「世界の……骨?」
クウの直感は外れてはいない。世界が滅びる少し前にクウはこの日見たものが何出会ったか理解することになる。だが、それは今ではない。クウは広大な純白の大地を前に思案した。進むべきか?迂回するべきか?彼はその純白の大地を良く観察した。彼の足下には痩せた大地があり、雑草がひょろひょろと生えている。それが一メートルも進まないうちにぐっと深く抉れて坂になり、崖になり、唐突に白い大地がむき出しになっていた。クウが恐る恐る坂を下り、崖を降りようとししたところで、地面が崩落した。クウの目の前十メートル四方ほどの地面が割れて白い大地を滑り、お椀状の底に落ちていった。ここからの落差は優に一キロメートルはある。落ちれば戻れない。クウは小さく悲鳴を上げて、慌てて戻る。安全な場所まで引き返したクウはその良く通る眼で純白の大地を見つめた。最初には気付かなかった二つの事象を発見した。一つは純白の大地は純白では無いこと。よく見ると周囲の大地がざらざらと白い大地の上を滑り崩れていた。地面は純白の大地の上に乗っかっているのだ。もう一つは裂け目。純白の大地の中央部に無数のヒビが走っていた。落ちていった地面はそのヒビに飲み込まれて消えていく。全く生物が存在しないその純白の大地はしかし、不思議な危険を抱えていた。クウは結論した。
「よし!迂回していこっと!」
純白の大地の縁から一キロメートルほど外側を歩いて行った。そのまま二日ほど歩くと、荒れ地が拡がる場所に辿り着いた。その時点でのクウの選択肢は三つだった。引き返すか、純白の大地に飛び込むか――荒れ地を進むか。
「じゃ、荒れ地かな。こないだ避けたし。」
あっけらかんと、クウは呟いた。戻る選択肢を持たず、純白の大地の危険性を体感したクウに選択肢はなかった。




