第八話 師弟。
「そんなに信用ないですかね。」
蜘蛛のモルフ、セアカは夜が迫る樹海と平原の境界に向けて言った。もう、我慢出来なかった。日は落ちかけていて、蜘蛛と人の合いの子に見える奇妙な姿もその輪郭だけが残っている。狩猟隊が立ち去ってから、2時間程経過していた。もう暫くで、物資管理部隊が到着するだろう。彼の赤い背中を見つめるモルフは答える。
「信用の問題ではない。」
五十メートルの高さがある赤木の梢付近から、セアカの問いへ答えがあった。彼は跳躍して、リドウドから降りる。駝鳥のモルフ、グワイガだ。「十爪」……若く有能な狩人に与えられる称号……を受けている。すらりとした強靱な脚で跳躍し、セアカの眼前に着地する。長い脚と首が美しい。彼だけが使いこなせる獲物、大長尺の薙刀……五メートルもある……が宵闇を切り取るようにぬらりと光る。
「お前は未熟だが、我らの希望なのだ。万が一もあってはならない。お前の命の前では、私の命など意味は無い。」
飲み込めない言葉だった。セアカには。これまでどれだけの仲間にこの言葉を貰っただろう?これまでどれだけの仲間に呪いの言葉を投げつけられただろう?セアカは、言葉を零す。
「それはシキに言う言葉ですよね?もう居ませんけど。俺に言いたくなんて無いですよね?何しろ俺のせいで彼は死んだのですから。」
グワイガは苦い顔をする。シキの話など、誰もしたくはない。それでも、グワイガはセアカに対する愛を曲げない。
「聞け、セアカ。過ぎた話は忘れろ。なぁ、俺にとってはお前こそ最後の子なんだ。」
セアカは返さない。最後の子と言う言葉に心をかき回され、全てが灰色になってしまった。一番最初に新しい子供が生まれなくなって、五年が過ぎた時、セアカが産まれた。彼は最後の子と呼ばれ、国の宝として育てられた。シキとクウが現れ、ロイとハクが産まれるまでの間の五年間は。クウ達が現れた時、もてはやされたセアカは忘れ去られた。そして、シキはファンブルして消えたのだ。だが、
「何度でも言う。お前は必要なのだ。この世界に。だから俺はここに居る。お前を見守る為に。」
日は沈んでいた。グワイガもセアカも只の輪郭でしか無かった。グワイガは意を決して言う。
「セアカ。今は狩猟隊から抜けろ。キリマチを守る、それは素晴らしい事だ。だが、今のお前にはその胆力が無い。能力ではない。胆力だ。覚悟が、あの時の恐怖を乗り越える決意が足りないのだ。それではいずれ、戦いの中に死ぬ。お前はまだ、生死の境界を跨いで戦うことはできない。明日……黒丸さんに脱退の意を告げろ。」
セアカは返事をしない。当たり前だ。シキと約束をしたのだ。狩猟隊となり街を守り、世界を消滅へと導く何かを突き止めて、戦うのだと。彼は消えていなくなった。でも、ああ。約束は残る。果たさなくては。私達が世界を救うのだ。グワイガはセアカの瞳の中に強固な意思を感じて、続ける言葉を飲み込んだ。舌打ちして、歯を食いしばり……そして笑った。グワイガはセアカを抱きしめる。
「わかったよ。好きにすれば良い。俺はいつも常に、味方だ。」
言うと共にグワイガは跳躍して、夜の闇に消えた。同時に、物資管理部隊の騒々しい掛け声や台車の軋む音が響き始めた。セアカは苦い涙を飲み、努めて平静を保って物資管理部隊を誘導した。夕暮れ時の薄闇が有り難かった。セアカは無事、獲物を引き渡して……それはキリマチに届いた。肉や甲羅が取り分けられて街人に配られる。街は平和だった。夏の盛りが過ぎて、もう暫くで美しい秋がやって来るのだ。街は光に満ちて……平和だった。
そう、今は。