第十二話 首切りvsロイvs 2
きさまあぁぁあっ!!
首切りを失っていく焦りで以前のセアカならそう叫んだだろう。もう、違う。セアカは叫ばず冷静に事を運ぶ。叫んだのはロイ。
「セアカァァァアッ!!」
“絶対捕縛の糸”が首切りごとロイを絡め捕っていた。セアカは軽く跳躍し、屋根の上だ。夜風が宵闇を運ぶ。
「ロイ、弱くなったな。舞闘場とは違うか?」
過去の自身への嘲笑を含めてセアカはひとしきり笑った。息を整えて細めていた八つの瞳を見開き、続けた。
「いや、悪い。忘れてくれ。首切りが全部持ってかれるかと焦ったが、おまえが慢心に満ちていて助かったよ。おまえの最大術の白死は装甲をパージしないと出来ないだろ。俺の糸に包まれてはそれも適わないだろう?」
白死!
セアカは驚愕した。装甲をパージせずにロイは白死を放った。僅かな装甲の隙間から跫音強光を放った。驚きながらも、自身はその効果範囲外に回避している。
(接近していたらやられていた。だが、この距離では、光と音で相手を圧倒するだけの技に何の意味も無い。)
だが、充分に意味があった。ロイの外殻の隙間から放たれた白死はセアカの絶対捕縛の糸を引きちぎった。“首切り”は慌てて飛び出す。闇に影に消えていった。セアカはゆっくりと、怒りを顕わにする。
「ロイ?何をした。何を?何をしてくれたんだ!」
セアカは叫びロイに飛びかかるが、破裂する鉄拳が乱射された。地面は剔られ風景がかすむ。セアカは回避し続けるが、
(……不味い。躱しきれない。)
冷や汗が流れて……ロイは吹き飛んだ。地面にぶつかり跳ね返って民家に突っ込んだ。
「落ち着け。」
六角金剛蛙王角黒丸が、ロイを掌底で突き飛ばした。ロイは若隈では別格の強さだが、老隈に位置する六角金剛達とは比較にならない。身長三メートルのロイと同等の体格の黒丸は、倒れ込んだロイを見下ろす。場所は町外れ。もう少しで夜と裏町に届く。
「街人を巻き込んではならん。ロイ。私怨で事に当たってはいかんぞ。」
黒丸は実戦でも伝える事を忘れない。全てを伝えて、彼らには世界を正しく導いて貰わなくては。裏通りはロイの出鱈目な攻撃で地面は剔られ、周囲の民家は傾いたり倒壊したりしていた。ロイは自分のした事に驚きながらもその若い情熱は止まらない。
「邪魔をするな!」
六角金剛は街の支配者達で、本来は下の者が逆らって良い相手ではない。だが、ロイは自分を抑える事が出来ずに黒丸に怒鳴った。黒丸は取り合わない。やれやれといった表情だ。
かさり。
屋根上へと退避していたセアカが、二人のやり取りを無視するように、闇に落ちて消えた。反射的に飛び掛かろうとするロイの背中に黒丸は掌底を打ち込んだ。ロイは吹き飛ばされ、路地を転げ回る。
「いい加減にせんか!首切りとセアカの事は六角金剛預かりじゃ。貴様が首を突っ込んでいい問題じゃぁない。」
ゆっくりと起き上がるロイの目には怒りと決意が滲んでいた。彼は決めたのだ。首切りを自分で捕まえると。それ以外に心に拡がっていく闇を抑える方法は無いのだ。消えてしまいそうな存在意義を繋ぎとめることは出来ないのだ。黒丸は諦めずに目の前の身体ばかり大きい少年に伝える。
「いいか?首切りの件は儂らが解決する。話はそんなに簡単ではない。黒幕をあぶり出す必要があるが、容疑者は全てのモルフなんじゃ。貴様も儂もその一人じゃ。じゃから、儂らが何をしているのか話す訳にはいかんのじゃ。いいな?この件は金剛預かりじゃ。」
「それでも俺は、俺の手でセアカを……。」
言い返そうとしたロイは身体が重くなるのを感じた。魂力切れだ。魂力核の高出力態勢が解除された。魂力核は魔導機に使用されるエネルギー源だ。それは世界の魂力を吸収し圧縮して魂の結晶として、蓄えるのだ。魔導機は魂力核からマイトを取り出し動力機を稼働させる。機甲虫モルフであるロイも同じだ。ロイは食べ物でもエネルギーを得られるが魂力核から取り出すマイトが無ければ大きな力を出すことはおろか、その巨体を制御することも出来ないのだ。通常であれば、魂力核はマイトを放出しながらその一部を利用して、外界のマイトを取り込み結晶化させる。基本的に無限にエネルギーを循環させられるのだ。だが、ロイはその取り込みと放出のバランスを無視して、破裂する鉄拳を連射したため、魂力核のマイトが枯渇したのだ。暫くは……再度、魂の結晶が充実するまでは……自由が利かなくなる。ロイは両膝を付き、更に片手も地面においた。黒丸を見上げる。
「自分が情けないんだ。」
ロイは溢した。首切りから街人を守る事が出来ない。セアカを捕まえる事が出来ない。クウ助ける事が出来ない。ハクに気持ちを伝える事が出来ない。そして、ああ。今、この状況でさえ、クウに嫉妬している。ハクの愛が向けられているクウを。苦悩する少年を見、黒丸は短い溜息をついてから肩を貸した。重いロイの身体を軽々と支える。
「歩けるじゃろ。わしの家に来い。飯じゃ。飯にせんか。儂もちと今日は疲れた。」
「はい……。」
言いながらロイは涙が零れるのを意識した。恥ずかしかった。黒丸はまた、短く溜息をつく。でもそれは、否定の溜息では無かった。未熟な少年に向けたエールだった。そして、夜は優しくロイの涙を隠した。




