第三十四話 霧街《キリマチ》の問題。
翌日、霧街は大騒ぎだった。夜の間に敵対種が街の周辺に現れ放牧していた家畜を襲ったのだ。通常、敵対種が現れる場合、“四牙”《しが》がそれを感知して、防衛するなり、“十爪”《じゅっそう》に連絡するなり対応を行う。だが、昨晩は敵対種の出現を感知する事が出来なかったのだ。
「サカゲ!貴様等は何をしていたのだ!貴様等の手抜きのお陰で三ヶ月分の肉が敵対種に喰われたぞ!」
街の守備隊である“四牙”の長であるウルフモルフのサカゲは攻撃隊の“十爪”の駝鳥モルフのグワイガに叱責されている。
「済まない。こちらは従来と全く変わるところ無く、敵対種のマイトを探っていた。当番は私だった。昨晩から今に至るまで、一切の敵対種のマイトを察知出来て居ないのだ。結論を言おう。犯人は敵対種ではない。今、この水紋には、全く新しい脅威が存在している。或いはリツザンの狂獣のような存在は認識しているが対処しきれない脅威だ。」
サカゲのはっきりとした物言いと無責任さを混同したグワイガがサカゲに詰め寄ったが、黒丸が制した。
「落ち着くんじゃ。落ち着いて全ての可能性を考慮するんじゃ。取りこぼしてはいかん。」
霧城の大議場は喧騒に包まれていた。狩猟隊の責任者として六角金剛の黒丸が場を取り仕切っていたが、事ある度に会議は脱線紛糾を繰り返した。三つ、事態が進行していた。一つは昨晩の敵対種の襲来。サカゲの探索能力をもってしても、発見する事の出来なかった敵対種だ。一つは首切り。ここ一週間毎晩、犠牲者が出ている。昨晩は遂に裏町にまで被害が拡大した。彼らは霧街との交渉を希望している。そして、もう一つ。ジュカの滅亡についての情報が街人に漏れた。口うるさい見識者達は皆、騒ぎ始めている。滅びに至った経緯についての詳細が漏れており、それが信憑性を高めていた。誰も彼もが、誰かを責めて叫んでいた。正論を振りかざして叱責する快感に溺れていた。不安を狂気で覆い隠していたのた。黒丸はゆっくりと右から左にと、金剛議場を見渡した。収集のつかない会議に嫌気が差した黒丸は右手をテーブルの上に置いた。吸盤でテーブルを吸い付け、放り投げた。テーブルは天井に当たり跳ね返り、奥の襖を潰した。一瞬、静寂が降りてくる。黒丸はその機を逃さない。
「じゃかましいわ!!いい加減にせい!黙って聞け!」
大議場の全員がこの場のリーダーについて思い出し、黒丸を注視する。
「昨夜の敵対種についてはサカゲが責任を取れ!探し出して報告するんじゃ!首切りについては渦翁が裏町と対話する!皆は忘れておけ!で。ジュカの滅亡についてじゃ。全て事実じゃ。もう、一年前になる。これは破滅的な状況に関する情報じゃが、逐鹿が戻らん事には判断出来ん。口うるさい奴等への対応は直接間接を問わずありとあらゆる階層から行い、懐柔する。霧街に不安を広げるな。灰色の対応も含む。それはこちらで対応する。貴様等は気にするな。貴様等は寝ずに食わずに警戒を怠るな!異常事態じゃ!全てはワシに報告せよ!以上!散れ!!」
地響きのような応答があり、皆、大議場を後にした。黒丸が従える者達は舞闘が好きな荒くれ者ばかりだ。今のストーリーで問題ない。彼らは納得して働くだろう。だが、問題を解決するレベルには無い。黒丸は理解していた。
……今起こっている問題は全て繋がっておる。何によって?何が繋げておるのじゃ。その肝さえわかれば後は……。




