第六話 夏至の夜に。
クウ達が暮らす霧街には六角金剛と呼ばれる英雄がいた。彼らは舞闘……モルフ達の武術だ……を極めた街の英雄であり支配者であり、アイドルでもあった。その六角金剛の一人、蛙王角黒丸は、霧街への帰還の途中、影の中に闇を見つけてそっと、隊列を離れた。闇と対峙する。
(そうか。今日は夏至か。)
崖の影を見つめながら、黒丸は何かを感じて納得した。それがなんであるかも判らなかったが。いずれにせよ黒丸はそれが何かが始まる合図だと感じた。運命の歯車がかみ合った音を聞いた気がした。
……我は狭間の王。不死にして、最も短く濃い、夜の核心。生と死の狭間の支配者。
その影に潜む闇はそう黒丸に宣言した。闇が潜む影は、霧街を守る崖が作り出していた。霧街は周囲をぐるりと崖に取り囲まれた高台の上にあった。それが敵対種や更に致死的な二滅から街を守っているのだ。その崖は五百メートルの高さに達し、周囲に大きな影を作っていた。今、その影に闇が蟠っている。温い夜風が流れて集まり、淀んで実体を持つ。その闇は狭間の王を名乗る。狭間の王は長い角の生えた兜を被り、その顔は深い闇に沈んでいる。何もかもを切り裂くとされる長剣曙光を大地に突き刺して、背筋をざんと伸ばして立っていた。闇の中で彼の逆さの顔の中で三眼がぬらりと光り、曙光が冷たく輝く。黒丸は闇に呑まれそうになるのを必死で堪えて、告げる。
「忙しいのにわざわざ挨拶とは恐れ入るのう、不死の王よ。じゃが、我らは貴様等、異形に用はないんじゃ。日も沈むし、東の荒れ地に帰ってくれんか。」
王は一瞬闇の密度を増して、返す。
「舞闘は好きか?一舞どうだ?」
「舞闘はすかん。」
黒丸の答えを聞いた闇はカパリとクチを開けて声も無く笑った。鋭く小さい歯がずらりと並んでいた。また、緩く温い風が吹いて、闇はほどけた。次に黒丸が崖の影を凝視した時はそこに闇は無かった。黒丸は汗だくになっていた。
(……一文字と同格以上やもしれん。皆に報告が必要じゃな。奴がここまで霧街に近づくとはの。一体……。)
何が始まろうとしているのか?そう自問しようとした黒丸はしかし、日がすっかり暮れていることに気がつき、慌てて狩猟隊を追った。