第二十八話 ジズ街 2
目の前に居る二人のヤハクは、着ている和装の色以外に違いが見いだせなかった。言ってしまうとヤハク赤、ヤハク青だ。クウは一生懸命昼間にあったヤハクの着物の色を思い出そうとして思い出せなかった。赤はイライラしている。青はじっとクウを見つめている。どっちだろう?どっちがヤハクなんだろうか。いや、そもそも本当にヤハク?
「えーっと、つまり、初めましてじゃないけど、初めまして的なって言うか……。」
迷いながら話し始めたクウにヤハク赤が怒鳴った。
「なんだ!貴様!挨拶するならしろ!酒を注ぐなら注げ!ああ?命を取りに来たのか?よし!良いだろう!ならばここで一舞!」
びっくりしているクウにお構いなしで話しを進める赤だったが、青が制する。
「そのせっかちこそ何とかしろ。少し黙っとけ。お前はクウだな。ポーを追い詰めたそうじゃないか。本当に五分五舞勝負で戦ったのか?」
青のヤハクは冷たい視線をクウに投げる。クウは居心地が悪かった。
「二人ともお客さんに失礼じゃないかしら?まずはご自分が名乗ったら?」
小さくて気づかなかったが、赤ヤハクの隣にイソールが正座していた。彼女の傍らには巨大な酒瓶が置かれている。どうやらこの大宴会に参加しているようだ。青ヤハクは深く頷き、クウに挨拶した。
「確かに。私はウモクだ。ヤハクの三つ子の弟だ。隣はヒハク。彼は末っ子だ。もう大人だが、気性が荒くて困っている。」
成る程、三つ子か。納得するクウに畳みかけるようにヒハクが話しかける。
「そんなことはどうでも良い!ポーは舞闘の熟練者だ。しかも、無限舞闘の使い手だ。貴様等に追い詰められるはずは無い!俺は貴様の強さを信じていない。証明しろ!俺が相手をする!」
イソールの隣に立て膝で座する痩せた背の高い男が割って入った。
「ガチャガチャ煩いですね。今は夜。宴の最中です。その話は明日でいいと思いますが。本当に忙しないですね。ヒハクは。」
長い長い刀にもたれ掛かり、その痩せたファンブルはカサカサと話した。どうしようか対応を決めかねているクウを見て、イソールはふふふと笑って、話しを繋いだ。
「パーロッサの言うとおり。舞闘の話は明日にしなさい。ごめんなさいね。クウ。みんな変わり者なのよ。私が紹介するわ。私たちは四大極。裏町の施政者……霧街の六角金剛と思ってくれれば大きな違いはないわ。彼は紫檀のパーロッサ。ナカスの戦闘部隊を取りまとめているの。騒がしい彼らは鉄刀木ナカスの守備隊の長、三人で纏めているの。私は白檀ナカスの医療を任されているの。後、一人。ここには居ないけど、花櫚のタフニがいるわ。裏町の統治者よ。昼間は大変だったみたいね。場所が変わればルールも変わる。世間は狭いけど、それでも毎日新しい何かに出会える程度には広いわ。クウ。暫くここに居てもいいわ。でもね、貴方の居場所はキリマチよ。ここではないわ。それは理解して欲しいの。」
落ち着いた優しい声でイソールは残酷を投げる。それはつまり、クウにはもう居場所がないことに他ならない。心がすかすかして風が通り過ぎて行くのを感じた。クウは何かを言おうとしてしかし、素早く振り返り右の掌底を突き出した。先には木薙刀。クウは受け止めた。木薙刀を突き出したのはポー。怖い顔で言う。
「気を読んだか?やはり強い。」
ポーは木薙刀を降ろす。クウの掌はジンジンと痺れていた。クウとポーの視線が絡む。
「俺と修行しないか?お前は強い。でも、俺達ならもっと強くなれる。」
クウの胸の中に何かが熱く流れ込んできた。まだ居るんだ。必要としてくれる人が。昔の、最期の子だった自分を必要としているヒトは今も沢山いる。でも、ファンブルのクウを必要としてくれるヒトは居るのだろうか?クウは答えられなかった。さっきまでは。今は違う。まだ、大丈夫。きっと大丈夫なんだ。
「いいよ!よろしく!そうだ、ねぇ、残心について教えてよ!」
クウは快活に言って握手を求めた。ポーは少し驚き戸惑ってから、それを受けた。少し笑顔になる。
「まぁ!全く私の話しを聞いて居ないじゃないの。男って、どうしてそんなに舞闘が好きなのかしら。」
イソールのその言葉に被せるように、ヒハクがそれなら今から舞闘をしようと叫び始め、パーロッサも掌返しで、それを煽る。陰から見守っていたあさつゆはたまらずに飛び出して、今日は疲れているから絶対に駄目と割って入った。普段であれば、医療施設で働く癒し手達の意見はどんな気の荒い舞闘者達でも尊重する。でも、今は無理だった。最期の子と無限舞闘の闘いを見たいのだ。丁度良いくらいに酒も回っている。舞闘が始まりそうな気配を感じ取った周囲のファンブル達は場所を空けて野次を投げる。あさつゆはひょいひょい持ち上げられて、輪の外に出された。ウモクの批判など全く聞く耳持たないヒハクは舞闘開始の宣誓を行おうとして、ようやく到着したヤハクに拳骨を食らう。さっきの今でまた舞闘では、ポーやクウの身体に負担が掛かり過ぎる。ヒートアップし過ぎていたヒハクは今更止まることも出来ずに誰彼構わず喧嘩をふっかける。大乱闘が始まり、酒や料理や座布団どころか、畳まで飛び交う始末だ。クウは何とか大乱闘から抜け出して部屋の隅に避難した。同じように逃げるファンブルが居て、見るとポーだった。二人は何かおかしくて大笑いした。一晩中続く大乱闘を眺めながら、どちらともなく生い立ちを話し始め、ふたりは朝まで語り合った。何もかもが異なる二人だったが、確かにこの夜、二人は友人となった。




