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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第二章 夜の帳。
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第二十七話 ジズ街 1



 霧街の東側にはなだらかな丘が続く場所があり、そこには隣国へと続く大きな街道があった。今も道はあるが、既に街道とは呼べないものだった。道の先に向かうべき国が無いのだ。道の途中には大きな黒壁が放置されており、旅人を阻むようにぞびえている。でも実際は、道を行き交うモルフなど居ないのだ。その死んだ街道と霧街との接点に長さ1キロメートル、幅100メートルの大きな橋が架けられていた。裏町ナカスが広がる河川敷を持つジズ川に架かる大橋だ。今は大人しいジズ川だったが、かなり以前には度々氾濫を起こす暴れ川だった。ここに架けられているジズ大橋はそういった大氾濫が発生しても流される事の無い、石と鉄で出来た大きな橋だった。橋の利用者が居なくなった現在では、強固な橋に取り付くように様々な建築物が増築されていた。今は、輪廻転回しない者達(リームリーン)の歓楽街となっていた。今夜もジズ大橋は喧騒に包まれていた。男を呼ぶ女達の嬌声や酔っぱらい暴れるならず者、怪しげな水タバコの煙りにつつまれる老人……増築が繰り返され立体迷路になった大橋はその上にも下にも卵を孕むように建家を抱えている。揺らぐランタンの光が作り出す、其処此処の暗がりに悪い事を考えるファンブルが潜んでいる。見たことも無い大きな油蟲や塵蟲が視界の端で蠢いている。遠くから怒号や笑い声が聞こえてくる。水が漏れ炎が燻る。ここは廃墟のようでいて、成長する活気が満ちている不思議な場所だった。クウは何処と知らず、暗闇の中で目を覚ます。直ぐ傍に優しい気配がある。


 「あ!起きた?」


 あさつゆの声だ。あさつゆはクウが意識を取り戻した事に喜び安堵していた。甲斐甲斐しく世話を焼く。疲れを取るアガ茶を飲ませたり、体の熱を取る軟膏が練り込まれた包帯を交換してあげたり。裏町ナカスのヒトを介護する事を生涯の仕事に選んでいるだけあって、対応は的確で愛情に満ちていた。まぁ、対象がクウであればそれも特別だろう。あさつゆはクウが失神した後のことをクウが知りたい以上に教えてくれた。あさつゆはただ、クウとお話がしたかったのだ。可愛い女性の心理。クウが倒れた後、ヤハクの判断でポーの勝利となった。ただ、その直後、ポーもその場に倒れ込んだ。クウの打撃は一々重く、ポーの体力を奪っていた。また、ウカミ以外の者がここまで粘る事は無かった。無限に近い持久力をもつウカミに自力でここまで食い下がるモルフはこれまでにいなかった。そう、知る限り黒丸だろうが、逐鹿だろうが。ポーは正直、参ったと思ったし、ヤハクは爆笑した。


 (今でさえ、これか?ウカミの秘密を教えてやれば、クウはどうなる?流石は黒檀の血を持つ者だ。)


 ゲラゲラが止まらない。それは今もそうだ。舞闘の後、ポーとクウをこの橋下の吹き溜まりに運び込んだのは二人を高く評価したからだ。これまであの無口でくそ真面目なポーをヤハクは評価していなかった。くそ真面目繋がりのウモクは好いているようだが。だが、今日の舞闘で分かった。理解した。ポーには伸びしろがあり、突き抜けてゆくはずだ。その目的さえ与える事が出来るのなら。若い彼等の舞闘を思い出し、にやけるヤハクを現実に引き戻すように、宴はどっとうねるような盛り上がりを見せて続く。


 「隣で、鉄刀木タガヤサンの宴会なの。あたし、ちょっと苦手なんだ。」


 それとなく、二人でこの部屋に居たいなと伝えたつもりのあさつゆはしかし、クウの大らかで真っ直ぐな感性にしょんぼりした。


 「ヤハクの宴会なの?お礼言わなきゃ!ポーともお話したいんだ、僕!」


 じめじめした布団からクウは飛び起きて、喧騒が呼ぶ方向へ進んだ。あさつゆは止めようとして、やっぱり止められなくて。クウは真っ暗な部屋に簾のように垂らされている色取り取りの布地を掻い潜って進んだ。徐々に宴会の喧騒が大きくなり、光が強くなる。霧を突き抜けて青空に出会うようにクウは垂れ下がる布の波を抜けて、大宴会場に出た。むっとするような料理と酒の匂い。皆が、踊り歌い飲んで喰っていた。見たことも無いような病気に冒され包帯に埋もれていたり、四肢が欠損していたり、逆に多かったり。本当に様々で色々なファンブル達が宴会場を埋め尽くしていた。そこは巨大な広間だった。百人以上が宴に参加している。話せないヒトもそうで無いヒトも、耳が聞こえないヒトもそうで無いヒトも、目が見えないヒトも、そうで無いヒトもいた。霧街のそれとは違うが、ここでも多様性が爆発しているとクウは思った。世界は終わりに向かって進んでいて、この水紋の国以外のモルフは消えてしまったなんて到底信じる事が出来なかった。沢山の色や形。一人一人全く異なっている。その特性はあさつゆの頭皮の爛れのように苦痛を伴うものが多かったが、それでもクウの眼には素晴らしい個性に、多様性の発露に感じられた。この橋の下に寄生する建物の中の大宴会場には、育ちゆく木々のような生命力が満ちていた。座敷の上座、うねる雲竜が描かれた巨大な屏風を背に構え、ヤハクが豪快に飲み食いしていた。胡座を書いて騒ぎ立てる大勢のファンブル達の間を縫ってクウは進んだ。以前のエイラだった頃のクウとキリマチであればこんな風に人々の間をクウが縫って歩けば、誰も彼もが話し掛けて一向に前に進めなかった。今は違った。誰もクウの事を気に留めない。見かけないファンブルとしか認識していない。中には鋭く推察……最期のファンブルが起こってから五年が過ぎていて見知らぬファンブルは存在しない筈だが、目の前に初めて見るファンブルがいる。つまり、こいつは最新のファンブル、最期の子クウではないか……して、胡乱な視線を投げかける者もいた。が、それだけだった。今も人々の関心の中心にいるハクとロイを思い、少し寂しくなった。何もかもが大きく変わってしまった。何もかもが過ぎ去ってしまったのかもしれない。


 ……きっと、失敗しちゃったんだろうな。僕。


 迷い想い漂いながらもクウは進んでいく。無関心と胡乱の海を渡る。雲竜が描かれた豪奢な屏風の前に座するヤハクの前に辿り……あれ?


 「ヤハクが二人居る。」

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