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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第二章 夜の帳。
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第二十六話 ウカミ 2




 「やるじゃん。」


 クウは素直に感想を告げた。


 「そんな余裕でいいのか?」


 ポーは笑う。クウは気合いを入れ直して挑む。わかっていた。今、木薙刀を落とした理由を。体力が削られて、握力が落ちているのだ。テクニックではない、力比べに負けたのだ。確かにクウは疲弊して、力が入らなかった。正直、木薙刀を持つのでさえしんどい。だが、それはポーも同じ。クウは打ち込む。ポーは受ける。木薙刀を組み合って、二人の顔が近づく。幼いファンブル顔のポーとひび割れ包帯だらけのクウ。お互いの瞳が絡む。クウは息を呑む。


 「疲れてないの?」


 ポーは笑った。クウは理解した。ポーは疲弊していない。自分だけが疲れていると。そして、観衆はそれを理解している。つまり……


 「ファンブルは疲れないの?」


 クウは飛び退く。ポーは追い打つ。転がって辛うじてかわす。立ち上がり繰り出された木薙刀を払う。重い。


 「覚えておけ。うかみだ。裏町ナカスの舞闘集団だ。耐えて粘る。最後に勝つのは……


 ポーは突く。打ち落とし、払った。クウは足を払われた。


 「一本!」


 ヤハクの宣誓が響く。十五対五。一瞬だった。だが、クウが理解するには十分だった。よろけるクウに更に三本。ポーは木薙刀を倒れたクウの眉間に突き付ける。黒い和装から、感じた事の無い凄味が迸っている。


 「勝つのは俺だ。」


 ポーは息一つ乱れていない。クウは汗だくで、肩で息をしている。ウカミ?そうなんだ。疲れないんだ。ポーは一舞目から全く変わらない。多分、五舞目でも。みんな知ってるんだ。ウカミは疲れない事を。だから、僕が勝って居るのにこんなオッズなんだ。思う間に更に三本取られて、三舞目が終わった。十五対十一。差が無くなった。クウは舞闘台の端にある椅子に腰掛ける。


 (霧街ではかなり強かったらしいが、こっちのルールじゃお前も負けるぜ?興味ないか?)


 ヤハクの言葉の意味が漸く理解出来た。霧街の舞闘はどちらかが行動不能になった時点で決着する。舞闘場の上では殺しても何も問題ない。それ故に一撃必殺の闘いが多くなる。裏町の舞闘は逆だ。相手を殺す事は禁じられていて、効果的な攻撃の数を数える。最後まで粘り闘い切った者が勝つのだ。今、既にクウの体力は底を打っている。この後は更に体力差が大きくなるだろう。オーロウで一撃を回避したとしても、余り意味は無い。オーロウを連発するのであれば別だが、そもそもそんな余裕は既に無かった。クウは作戦を決めて腹を括った。ヤハクの呼び声が響き、四舞目が始まった。

 クウは攻める事を止めた。守りに徹する。無駄な体力の消費を抑えて、ポイントを守って逃げ切る作戦だ。ポーはすぐにそれに気付いた。ポーも作戦を変える。今までは複雑で変化に富んだ攻撃だったポーは、単純で重い攻撃にに切り替えた。クウに攻撃を受けさせて体力を削る作戦だ。それは直ぐに効果を現し始める。クウの両腕は疲れ痺れて上がらなくなった。それでもクウは焦らずに守る。ポーは真っ直ぐに打ち込みを繰り返す。互いの木薙刀の打ち合う音が響く。体力を奪わたクウの反応が少しずつ遅れ始める。そして、


 「一本!」


 ついに、クウは一本取られた。腕がもう上がらない。間合いを取ろうとするが詰められて、もう一本取られた。そして、もう一本。これで十五対十四。舞闘台は観衆の歓声に包まれた。更にポイントを取ろうと欲を出したポーはクウの反撃を貰った。だが、ポーの木薙刀もクウを捉えた。


 「互いに一本!」


 ヤハクの宣誓と共に四舞目の終了を告げるドラがなった。これで十六対十五となった。クウはふらふらになりながらも何とか舞闘台の端の休憩場所まで戻り椅子に座った。周りの観衆は興奮しきって大騒ぎだ。冷やかしや応援に応える内に休憩時間が終わった。クウは疲れ切っていて、一分の休憩では大して回復も出来無かった。そして、ヤハクの合図で最後の舞闘が始まった。

 ポーは強かった。彼の言葉の通りだった。耐えて粘る、ウカミ。彼は舞闘開始時と変わらぬ体捌きで襲いかかる。息一つ乱れず、目の輝きもくすんでいない。彼の一打一打は重く速く正確だった。クウは息が上がり切って吐き気がした。手足は重く鉛のようで、言うことを聞かない癖に疲弊と苦痛をクウにアピールし続ける。クウは耐えた。一分、二分、三分。突き飛ばされ、舞闘台を転げ回り、泥まみれになりながらも、決してポーの木薙刀を貰わなかった。四分が過ぎて、いよいよ残り僅か。観衆は舞闘者達を応援して、罵り、野次を飛ばしながら励ます。舞闘台は目眩がするような興奮の中にあった。クウは精一杯を戦ったが、遂に舞闘台の端近くに追い詰められる。残り時間を考慮して、ポーは最後の連撃を仕掛けた。突いて突いて突く。だが、決してカウンターを貰わないように冷静さを残した猛攻だった。クウは受けて躱し、よろけて倒れたがそれでも、木薙刀を貰わなかった。汗と泥と血にまみれて、守り続けた。最後の一点差を。残り十秒を切って、遂にその瞬間が訪れた。ポーが焦り大振りな攻撃を出した。クウは見逃さなかった。クウが舞闘に秀でているのはこの精神力だった。最後の最後まで諦めずに冷静さを失わない。クウは素早く突きを繰り出す……が、罠。大振りな攻撃と思われたポーの一撃はフェイントでクウのカウンターを誘うものだった。クウは引っ掛かった。クウの突きは躱され、ポーはするりとクウの背後に廻り、木薙刀を切り返しクウに撃ち込んだ。だが、クウはポーの魂気マイトの動きを読み、その姿を見ずに攻撃を察知して躱しながら、今度こそのカウンターをポーに打ち込んだ。ポーの喉元を狙った筈のクウの渾身の一撃は、しかし、何もない空間を突いた。確かにポーの魂気マイトを感じ読み切って、攻撃を行ったのだが、クウの攻撃は――躱されたのではなく――外れた。驚くクウにポーが説明する。


 「残心。気迫を込めた魂気マイトは空間に残り、それは気配となって舞闘者を惑わす。お前が狙ったのは俺の魂気マイトの残滓だ。」


 今度はポーの番だった。ポーは鋭く木薙刀を突き出した。彼の攻撃は正確で完全だった。木薙刀がクウの胸のイドを捉え……ない。クウはポーの背後に居る。誰もが何が起こったのか理解出来ていなかった。だが、クウはポーの背後を取った。


 オーロウ。


 クウの練術。詳細は不明だが、クウは使い熟していた。クウは苦しい舞闘の中、技を我慢して使わずにここまで来た。最後の切り札として必要だと判断していたのだ。不撓不屈。クウは諦めない。決して。その彼の意思は勝利を……呼べなかった。クウは倒れた。オーロウを使い疲労が限界を超えて、失神したのだ。後一歩のところでクウは負けた。


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