第五話 蟠り。
キリマチへの途中、三人は仲良くくっついて歩き、ヒソヒソ話だ。ロイはクウと肩を組んで歩いた。ハクがクウと腕を組んでほっぺたにキスをするように話している。
「ねね?さっきのアレ、オーロウ?」
「もち。」
「なぁ、そろそろオーロウの正体教えろよ。」
3人は山亀との戦いで、クウが炎を躱した瞬間について話しをしていた。うーん。と、クウは困り顔だ。何しろあの技の実態をクウは理解していない。技を使っているのにも関わらず。
「だって、宮で判定してもらっても、オーロウとしか出ないのに、ボクが解る訳無いじゃん。」
クウは正論だ。通常、モルフの技や術は宮と呼ばれる神殿で判定される。モルフが編み出し作り出した術や技は、宮でランク付けされ、名前を貰って初めて、術や技になる。これには、表記と音の両方が必要だ。ハクの放電の術で言えば、放電掌が表記で、ザップが音だ。通常、この表記を「印」《ルーン》、音を「式」《スペル》と呼ぶ。その2つが決まって初めてモルフ達は魂の力を完全に操り制御することが出来、技や術を効率よく行使できるのだ。クウがこの不思議な技を体得した時、ハクのお父さんには内緒で霧宮に行き、技をハクに判定して貰った。音を表す式は理解出来たが意味を表す印は理解出来なかった。巫女でも有るハクは全てのルーンを記憶していたが、クウのルーンは読めなかった。普通であれば、巫女や禰宜がルーンとスペルを使用者に伝え、技や術を完全なものとするのだ。クウの術、オーロウは式のみで有るため定義が定まらず、不完全で使用者であるクウも理解出来て無い状態だった。彼の魂気の属性や彼を加護する星神については判定が出来ているので、クウが正体不明の神獣であるとかの超常の者では無いことははっきりしていた。あくまで、彼の練術の印が判らないだけだった。まあ、これは時折、発生する事態だった。絶対に無い事態ではなかった……が、滅多に起こる事態でも無いといった所だ。
「ま、良いじゃん別に。輪廻転回の義が終わって、成体に成れば、きっと解るよ。」
ハクが横から助け船を出して、オーロウについての話しは終わった。三人はそのままくっついて歩き、次の舞闘会の話で盛り上がった。彼らの後ろ姿を六角金剛の黒丸が微笑みながら見ていた。彼ら三人は"最後の子"と呼ばれていた。モルフ達が生きているこの零の鍵の世界は、滅びに向かってゆっくりと進んでいた。世界からは徐々にモルフが減っている。多くの国々が存在したこの世界も今はクウ達がいる水紋の国、樹海の王国ジュカ、朧が荒れ狂う世界最大の国である覇国の三つだけになってしまった。クウとその兄が育った隣国エズは、崩落に沈んだ。覇国にある帝都は未だに大勢のモルフ達がいると言われているが、人々は魂を失っているとの噂もある。大海の向こうにあるため、黒丸達には真実を確認出来ない。今、この世界で平和なのは、この水紋の国とジュカだけだった。だが、この国でさえ、正常ではなかった。もう、十一年も子供が産まれていないのだ。ハク達が産まれた年を最後に、一人の子供も産まれていない。原因はわからない。百年前、開闢が守護者から鍵を奪って以来、様々な厄が起こっている。その、一つなのだ。黒丸は想う。祈りにも似た心情で、直感がそれを告げているのだ。
……この子等が、この古い世界を救ってくれるのかもしれん。そうじゃな。この子等が、最後の希望なのじゃ。
でも、それとは関係なく……ただ、健やかに育って欲しいと、黒丸は数珠を掲げて一瞬、目を閉じた。