第二十三話 裏町《ナカス》 2
「あら、呼んでないわよ、ヤハク。」
イソールは冷たい。でも、クウに失礼の無いように……溜息交じりではあったが……紹介した。裏街を管理する四大黒の一人、鉄刀木のヤハク。同じく鉄刀木を任せられているヒハク、ウモクと共に守備隊を務めている。ファンブルには珍しく身体が大きく、身長は3メートルに近い。紫色の和装に大きな扇子をぱたつかせている。壮年のファンブルだ。何処か黒丸に似ているな、とクウは好ましく思った。そして、イソールもそうだが、クウの知っているファンブルとは違い、随分と元気そうだ。
「お前がクウか。ほう。筋は良さそうだな。俺と舞闘するか?」
聞いたことのない挨拶にクウは目をぱちくりさせる。イソールはまた溜息。
「本当、礼儀知らずね。それに舞闘の事ばかり考えて。大黒を名乗るのならそれなりのマナーを身につけて欲しいわ。」
上品にもじゃもじゃの白髪に触りながら、イソールは言った。ヤハクは豪快に笑う。
「俺が鉄刀木をやってんのは裏街から出て行く必要が無い上に、舞闘台を使い放題だからだよ!気に入らねぇんなら解任しとけよ。」
「雑で教養の無い話し方、嫌いよ。」
お互いに遠慮が無いが、二人の仲は悪く無さそうだ。ただ、裏街のお偉いさんが二人も揃い、あさつゆは居心地が悪そうだった。ヤハクは勝手にイソールの隣に、どっかりと腰掛けた。イソールは少し眉間に皺を寄せる。ヤハクはイソールの事は気にも留めず、クウに直球をぶつける。
「で?なんだ?今まで積極的に俺達に関わろうとしなかったお前が今日はどうしてまた?医療施設に入るお前を見て、嫌な予感がした。俺はこれでも街の守備隊をまとめている。街の安全を確認したいんだ。」
ヤハクの真っ直ぐな話しっぷりにクウは好感を持った。多分、僕は彼が好きだ。
「昨日の夜、“首切り”に会ったんだ。逃げられちゃったけど、黒くて翼を持つ何かだった。モルフのセアカと共に行動しているみたいだったんだ。誰かに相談したくて……。」
「クウ!その話しは聞けないわ!」
イソールは大きな声でクウを制した。小さなお婆さんが発したとは思えない腹の据わった声だった。それは霧街の問題だ。裏街は関わらないと決めている。おぞましい同族殺しには関わらないと四大黒で決めたのだ。ヤハクがイソールの後を継ぐ。
「なるほどな。我々に報告しに来てくれたのは正直嬉しいが、クウ。俺達は霧街の“首切り”には関わらない。あれは異常な事件だ。だから、その情報にも触れたく無い。知ればこちらにも責任が発生する。知っていながら無視することは出来ないが知らないのであれば、何をする必要も無い。なるほど、これまでだな。家まで送ろう。」
イソールも反論しない。クウはぽかんとしてしまった。彼らの理屈が理解出来なかったのだ。完全に。だってそうだろう?意味が分からない。霧街と裏街の関係性とこれから死んでしまうかも知れないモルフ達に何の関係があるのだろうか?強者は弱者を救わないのだろうか?ちょっと待って、変だよ。
「今の話しは無かった事にするわ。一文字に宜しく。」
イソールは切り上げるが、クウは大きく息を吸って、想うところを吐き出した。
「関係無いよね!成体もファンブルも!ねぇ!世界は枯れてしぼんでいるよ!助け合わなきゃ!」
一瞬、古い図書館のような空気を内包する執務室に澄んだ風が吹き抜けた。クウの気持ちを正面から受けて、ヤハクはきりりと身を引き締めながらも、すぐに笑い、クウを鷲掴みにして抱え上げた。イソールは興味を失ったのか、立ち上がって席に戻り執務を再開した。あさつゆはクウを護ろうと立ち上がってでも、ヤハクに捕まり、クウとは反対の肩に抱え上げられた。
「じゃあな。イソール。こいつはこっち側だ。また、そのうち。」
イソールの瞳が鋭く光る。
「二人を預けた訳じゃないわ、ヤハク。丁重に、ね?」
少しだけ(怖えなこいつ。)と思いながらもヤハクは笑い、執務室を後にした。ばたりとドアが閉じて、執務室は静かに熱を失った。イソールはもじゃもじゃの髪を無造作にかいた。大きなため息。
「そうね、クウ。その通りよ。」




