第二十一話 帳は上がり。
朝。クウはバスルームに差し込んだ日の光で目が覚めた。昨夜よりも随分、マシな気分だった。体をほぐしながら、広い作業室に出た。ロイが居た。いや、彼の外殻だ。何か良い匂いがするのを感じて、作業机の上におにぎりが幾つもあるのに気が付いた。そして、昨夜の首切りとセアカの事も。どっと冷や汗が出る。あの後、セアカは何処に行ったのだろうか?このおにぎりはいつの間に?誰が?まだ近くにセアカが潜んで居るのだろうか?疑問と恐怖が混乱を連れてくる。街の皆に知らせようとも考えたが、お腹が大きく鳴ってクウに成すべき事を明示した。夜は明けた。日中は事は進まない。今少しだけは慌てる必要はないのだ。よし、とクウは呟いて誰が作ったかもわからないおにぎりを頬張った。とっても美味しい。クウの大好きなほわほわ(けずりこんぶ)がまぶしてあるおにぎりだ。脇に置いてある沢庵も食べる。良い塩梅だ。ハクのおにぎりとは違う味だ。ロイや黒丸さんの家のおにぎりともに違う。あさつゆの作ってくれるおにぎりの味に近い気がするけどどうだろう。クウはふと、色んな人がおにぎり作ってくれてるなぁ、と思い幸せを感じた。クウはぱくぱくと三つのおにぎりを食べた。お腹が落ち着くと気持ちも落ち着いた。そこで漸く、おにぎりと沢庵の横に置いてある箱に興味が移った。クウはそっと開ける。中には直方体のクッキーが詰まっていた。いや、これは……。
「これ、カトじゃんか!」
クウは驚いた。カトと呼ばれるそのクッキーはただのクッキーでは無かった。キリマチでは王城のみで……その現場を見た者はいないが……作られる完全食だった。モルフ達は一日に一つ二つの完全食を食べればエネルギーも栄養も充分に補給することが出来た。以前は漂泊者や歩む者が世界を旅する際に完全食を携帯していた。今は、狩猟隊や逐鹿など街の外で活動するモルフ達が使用している。完全食は、非常に高価で滅多に一般人が手にする事は無かった。当然、ファンブルであれば、見ることすら無い。その完全食が段ボール一箱分もあるのだ。こうなると王城に出入り出来るロイやハクが用意したと考えるのが妥当だ。ただそれにしてもこの量を用意するのは大変だっただろう。クウは嬉しかった。有難かった。食が細くなり、食べても吐いてしまう状態のクウは、どんな薬よりも完全食を必要としていた。これを食べて少しでも体力が戻れば、また次への道筋が見えてくるのだ。
「クウ?起きてる?」
鍵がかけられていない入り口の扉から、いつも通りにワッチキャップを被ったあさつゆが覗いていた。大きな緑色の瞳が愛らしい。クウが返事をすると慣れた様子で作業室に入ってきた。あさつゆはクウと出会ってから、頻繁にこの家に遊びに来るようになった。二人はあるとき身長が同じくらいであることに気付き、身長のはかりっこをしたことがあった。その結果、二人共にぴったり150センチメートルで同じ身長であることがわかった。妙なシンパシーを感じてクウとあさつゆは、ぐっと仲良くなった。ファンブルしてからはハクとロイと黒丸の三人以外の成体はクウに話しかける事も無く、また、裏街のファンブル達もクウに近づく事が無かったので、話し相手になってくれるあさつゆの存在はとても大切だった。
「あ。おにぎりだ。私も貰っていい?」
言って、あさつゆはおにぎりを受け取り食べながら、机の上の段ボールに付いて詮索した。クウは嬉しそうに話す。
「友達が持ってきてくれたみたい。凄く手に入りにくくて高価だから、いつかお返ししなきゃ。」
大事そうに段ボールを仕舞うクウを後ろから見詰めるあさつゆは不服だった。
(それはあたしが持ってきたのよ!)
だが、カトの出所を言えないあさつゆは言葉を飲み込む。とは言え、あの憎い何でも持っているハクの手柄にはしたくない。あさつゆは昏い感情に押されるままに言葉を吐き出していく。
「友達が?それを持ってきてくれたの?どうして?いつ?どうやって持ってきてくれたの?どうしてそれを言わないの?」
変に突っかかってくるあさつゆを不信に思ってクウは振り返った。緑色に輝く目は最初確かに何かの暗い感情に沈んでいたが、はっと我に返り、あさつゆはいつもの控え目で優しいあさつゆに戻った。
「ごめんね。変なこと聞いたね。結構大きな段ボールだし、どうやって持ってきたのかなぁって思っただけ。ほんと、ごめんね。」
クウは何か引っかかりを感じていたが、その話題を流した。重要な話題であったことを見逃してしまったのだ。日々の輝き暗がりよりも明確な危機があった為だ。
「ううん。全然。それよりさ昨日の夜、首切りを見たんだ。」




