第六話 大団円 6
今――、全てが失われようとしていた。
帝都の大障壁を脱した朧は爆発するように上空に舞い上がり、拡散して世界を覆い尽くしていく。僅か僅かの間に世界の半分ほどをその灰色の闇に閉じ込めていた。朧に触れた全てのものは、無限小の粒子に分解され消滅していった。零鍵世界を滅ぼそうとしていた鍵の守護者ラスでさえも消滅した。勿論、ハクやロイも。世界は数時間の内にその骨格を残して消失するだろう。モルフとして最後まで生き残っていたクウも最早存在しなかった。
オーロウで朧に挑んだクウは朧と混ざり合い、一体となっていた。
彼の肉体は失われたが彼の術で無限小に分解した彼の魂は消滅せずに朧と供に存在していた。クウの意識は世界を感じていた。消えていく木々を消えていく大地を、川を海を、そして空さえ消えていく完全な終幕をクウは感じていた。消えていく世界を感じてクウは焦り、恐怖した。同時に……馬鹿みたいだなと想いながらも……失われていく世界に美しさを感じた。雨と川と海と雲の無限に廻る輪がほぐれて途絶えて消えていく時。昇りかけた朝日が、拡がり始めた夜の帳が消えていく時、たくさんの風雪に耐えた渓谷が消えていく時、その命と呼べるのか判らない世界の核心が消滅して霧散する時、究極の美が確かに存在した。それら世界そのものとも魂の根幹とも呼べる風景が消える瞬間にその存在は一層輝いて美しかった。
(ああ。綺麗だな。)
クウの感動は消滅していく世界を止めることは出来ない。その感動は、ただ朧を追って拡がり続けるクウと供に世界中に拡がって、全てを覆い尽くすだけだった。クウのオーロウは彼を無限小の存在にして、世界中を覆っている朧の中に拡散し浸透させて、彼等は融合した。当初、彼は拡がり世界を消し去っていく朧に対して、やめろやめろと叫んでいた。朧を中から引き裂いて、バラバラにして世界を救おうとした。だが、朧と供に世界を覆っていく過程で、クウは気付いてしまった。
世界は何も望んでいない、と。
世界は消滅したい訳ではない、と同時に無限に存在したい訳でも無い。生も死も、有も無も、こだわりは無かった。どちらでも良いし、何でも良かった。
――ただ、それはあるがままに。
世界を理解したクウの中から、やめろとか、引き裂いてやるとか、他者に対する傲慢は消えていった。彼の中に残ったのは、世界に対する愛情だけだった。世界中が、あの日荒れ地で見た真っ白な大地に変じていくのを感じながらもクウの感動は弱まることは無かった。愛情は揺るがなかった。
「ああ。とても、綺麗だな。」
その時、クウは朧と完全に融合して、零とも無限ともつかない存在となっていた。そして、クウの中に平穏が訪れた時、世界は骨格だけになった。何もない空間に純白の真球の姿で、その骨格だけが存在していた。沢山の命が生まれて消えていったその世界は消滅したのだ。
今、世界は滅んだ。そして――。




