第四十五話 世界の終わり 33
クウはオーロウを発現させた。最後のオーロウだ。クウはふと思った。
(結局、この練術の本当の験は判らないままだったな。)
世界の存亡を賭けた舞闘の最後の練術の瞬間には相応しくない感情だ。彼は今オーロウにより無限小となり世界に存在しながら、存在せず、彼としての自我を維持したまま世界と融合していた。無であり有であった。全であり個であった。全てはただ移ろいでゆくだけなのだ。彼は今、光の速度で移動しているようであり、完全に停止しているようでもあった。彼等の視線が絡んだ。ラスには赤と黒に渦を巻くモルフとしてクウは認知され、クウには鴉髑髏の闇人として認知された。互いを認識した瞬間に無限とも思われた彼我の距離は零となり、その境界すら曖昧となった。突然、お互いのイドに手が届く距離に入ったのだ。クウもラスも叫ぶが、今のオーロウの中には音は存在していなかった。全ては個を維持したまま一つとなり、何もかもが共有され声は意味を成さなかった。それでも二人は絶叫を上げて、相手のイドに向けて手を伸ばす。先にラスの手がクウのイドに到達しそうだ。ラスは今掴もうとしているのがクウのイドと理解してもう一つのイドにも手を伸ばした。クウは自分のイドは取られる覚悟でラスのイドに向けて精一杯手を伸ばした。ラスの指先がクウのイドに触れる。クウの指先はラスのイドに届かない
。僅かにクウは遅かった。それでもクウは手を伸ばし、指を伸ばして――そして、彼等の光と時間が交差した。




