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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第二章 夜の帳。
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第十四話 幼馴染み 2




 「何してんのよ!ロー!」


 ハクは悲鳴に続けて怒鳴った。裸のハクの目の前にいるのは細身のスーツを身に付けた青年だった。皮膚は硬質の外郭に覆われて額には太くて短い金属質の角が生えていた。ローと呼ばれたその青年は回れ右をしてから答える。


 「ごめん。急に出てくるから。間に合わなくて。」


 ハクは涙目でバスタオルに隠れる。ローと呼ばれた青年はとても困った声でハクに言い訳をする。俺はお風呂には入れ無いから、ここにいるしかなくって……浴槽からクウが助け船を出す。


 「もー!喧嘩しないでよ。二人ともどうしてひとんちでお風呂場に入って来るのさ!」


 まぁ、確かにと、いった感じでローと呼ばれた青年は肩をすくめ脱衣所から出て行く。ハクは慌て身体を拭いてワンピースを被る。短い髪をタオルでごしごししながら、風呂場からハクは出て行った。広い作業場には先程の青年とロイがいた。正確にはロイの外殻があった。極々一部の身内しか知らないが、長身で整った顔を持つローは、ロイの“中身”だった。水紋の国唯一の機甲虫のモルフであるロイは外殻を分離パージすることが出来、中身は長身ですらりとした美男子だった。だが、彼の父親である一文字はロイの身を守るため、彼自身はこっそりクウに会いに来るのに都合が良いため、その事を秘密にしていた。ロイは外殻を整備して貰うために移動用の台車に隠してここまで運んできたのだ。クウはファンブルしたが、機甲の取り扱いに素晴らしい才能を発揮していた。彼の持つ強い好奇心と不明に挑む不屈がそうさせたのだ。ロイは舞闘の後などにここにやってきてはクウに整備改良を頼んでいた。勿論、ハクもこの事を知っている。ハクは裸を見られたのでご機嫌斜めだ。


 「あなたまでお風呂場に来ること無いじゃない。錆びる癖に。」


 ハクは、真っ赤な顔で頭から湯気を上げている。ローは、もごもごと言い訳をする。舞闘場の英雄も幼馴染みの前では形無しだ。ちらりとローはハクに視線を投げる。ハクは一瞬、それを受けて……流した。このやり取りは単なるコミュニケーションでは無い。ハクが恥ずかしがりながらもクウとお風呂に入りたがるのは、ローが錆びの危険を冒しても脱衣所に現れるのは同じ理由からだった。それはクウの容態を確認するためだった。クウはファンブルしたのち、身体中がひび割れて体液を滲ませる状態になった。臭い脂の軟膏を傷に刷り込み、身体中を包帯で覆っていた。ハクはその傷を確かめようとして、お風呂に一緒に入ったし、ローは包帯の状況を確認しようと脱衣所から話し掛けたりした。二人とも自分達は大人で一緒にお風呂という訳には行かない事を理解していた。でも、何も変わらない振りをして今日もここにいる。二人とも、負い目を感じているのだ。クウがファンブルしたことに。ロイは自分が怖がったから、クウが一年早く輪廻転回の儀を行い、ファンブルしたと考えていたし、ハクは自分の輪廻転回の儀を先に行った為にクウがファンブルしたと考えていた。そして何より彼らは友達で……しかも最後の子で……ずっと、そうずっと、喜びも不安も分かち合ってきた。


 だが、道は分かれた。


 この零鍵世界最後の国で彼等は統治する側と見捨てられる側とに別れたのだ。今、今日はここに三人が揃っているとしても。そして、ハクは肩をすくめた。良くない。徐々に悪くなってきている。この一年間でクウの状態は。ハクの言いたい事を理解したロイは、何も返せない。ただ、自身の外殻の脇に座り込んだ。ハクはタオルで顔を乱暴にこすっている。泣いているのだろうか。


 「仲直りした?まぁ、兎に角、三人揃うのってちょっと久しぶりだね。」


 クウは陽気に言った。彼等がお風呂に入ってくる理由の細かい所は理解していなかったが、幼馴染み達が自分の事を心配してくれているのは感じていた。言いながら、作業場に現れたクウは既に包帯でぐるぐる巻きだった。臭い軟膏も塗り直したようだ。クウの姿を見てハクは心がじんわりとするのを感じた。少しずつ彼の状態が悪くなっているとしても、この国の人達がファンブルを差別していても、それでも、ハクはクウの笑顔を見ると嬉しくなるのだ。心が少し暖かくなる。ハクは笑顔で皆に話しかける。


 「ねぇ?何して遊ぼっか?材料持ってきたんだ。鍋パーティする?」


 彼女は自慢気に食材の入った袋を高く掲げた。


 「いや、俺はこれから親父達と例の事件(クビキリ)について話合わなくてはいけないんだ。今日は外殻を預けに来ただけなんだ。」


 ローはつれない。でもハクの目的はクウなのでちょっと残念だけど別に問題じゃなかった。期待を込めてクウを見る。


 「僕も、今日は疲れちゃってさ。」


 ハクむっとしてむくれた。眉を寄せて頬を膨らませる。何よ。あのコとは、遊んでた癖に。ハクの耳はあのコのマタアソンデネの声を勝手に再生する。


 「はいはい。そーですか、ソーデスカー。ソレデワカーエリマース!」


 ハクは、大きな冷蔵庫にバックごと食材を放り込んだ後、じと目でクウとロイをひとしきり睨んだ。間の抜けた時間が一瞬流れて過ぎた。ハクは玄関から元気良く飛び出して行った……かと思いきや、ドアを少しだけ開いて半顔じと目でクウを再び睨む。


 「また遊んでねっ!!」


 ハクの迫力に身を寄せ合うクウとロイを残して、ハクは帰って行った。何だよ機嫌悪いなぁとロイは呟いたが、クウは真面目な顔でロイにハクを送るように言った。本当は外殻の整備について少しだけクウと話をしたかったが、クウが真剣で……何故か青白い表情で力説したので、ロイはハクの後を追った。ロイが家を出て行くのを確認したクウは再びバスルームに駆け込んで……吐いた。最近特に夜になると体調が悪い。食欲も無く、何も食べないのだが、でも、吐いてしまうのだ。クウは自分の状態が凄く悪い事を理解していた。苦しくて、怖くて、吐きながら泣いた。このまま徐々に衰弱して死ぬのだろうか。世界を救いたいと考えていた自分は何処に行ったのだろうか?逐鹿のように外の世界に飛び出して行く事を夢見たクウはどうなったのだろうか?全ては、ファンブルしたせいなのだろうか?兄と同じように誰にも知られないまま消えてしまうのだろうか?クウは怖かった。全てが。でも、諦めていなかった。まだ。ファンブルは関係ない。世界はそこにある。後は僕が飛び出していけばいいんだ。世界はそこにあるんだ。解ってる。全部、僕次第なんだ……でも、


 ……ああ。怖いよ。ハク。どうしよう?ロイ。


 クウはバスルームで泣いて吐いて、震えた。疲れ切り消耗して、バスタオルに包まって眠りについた。久しぶりの三人の再開は不完全燃焼で息苦しいものだった。夜の帳が、重くクウを包んでいた。


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