第四話 零鍵世界 2
「喰らえ!山亀!!」
声に驚き黒丸は振り向く。クウが突き刺した鉄錫の上にハクが鳥のように止まっていた。羊王角渦翁の娘のハクだ。黒丸は舌打ちをする。
……どこまで無謀なのだ、この子達は。
黒丸の嘆きを知らず、ハクは術を放つ。放電掌の術だ。ハクの掌から放たれた電撃は打ち込まれた鉄錫を通して直接、山亀の体内に脳に炸裂した。山亀は悲鳴を上げる事も出来ず意識を失い倒れた。山亀が昏倒する轟音が響く。
「幼生が山亀を3人で倒すか……。」
狼のモルフのサカゲは、感嘆して呟いた。セアカ達新入りの教育を兼ねていたとは言え、こっちは樹海の中を十キロメートルも追い回して、傷一つ与えていないと言うのに。
「クウ!どこじゃ!」
黒丸が大声でクウを探している。クウは全身を炎で焼かれた。一刻も早く見つけ出し八掌の元に連れて行き、治療を施す必要がある。まだ生きていれば、の話だが。黒丸は大柄で豪快な外観とは裏腹に繊細な感性を持っていた。意識を集中し、クウの気配を探る。山亀の首の辺りで何か生き物の感触があった。黒丸は駆け寄る。クウの右手が見える。山亀の下敷きになっている。黒丸は魂力を高め技を放つ。胸のイドが輝きを放つ。
真技金剛掌!
突き出した黒丸の掌から魂力が発せられ、突風が吹き荒れた。大きく重い衝撃が響き、二十メートル以上の大きさがある山亀が裏返った。その下には地面の窪みに嵌まったクウがいた。
「さすが黒丸さん!すごいや!」
にっこりと笑う彼は、火傷どころかかすり傷一つ無く、器用に飛び起きて、身体の埃を払っている。
(……なんじゃ?確かに炎に捕まるのを見たが……何が起こったんじゃ?)
ケロリとしたクウの元にロイとハクが集まった。今ほどの戦いについて、誰の働きが一番だったのか、やいのやいの言っている。
(まぁ、お灸は後にするか。)
最後の子であるこの三人の事が大好きな黒丸は、やはり思い直し全員の頭をげんこつで叩いて回った。他の成体達も山亀の周囲に集まってくる。口々に驚き呟いている。中には、昨年、狩りの仲間に加わったセアカよりよっぽど役に立つと冷やかす者もいた。皆、笑顔だった。まさかこれだけの大物を幼生達に横取りされるとは思っても見なかったが、兎に角、狩りは無事に終わったのだ。生死の境界は固定したのだ。
「キリマチに連絡を!山亀をバラして運ばせろ!セアカ!見張りを頼む。街の者が来るまでやれるな?」
黒丸の号令で、狩りのチームは見張りのセアカ以外、解散となった。後は、街の物資管理部隊が担当するのだ。黒丸はグワイガに耳打ちをし、頷いた彼はどこかへ姿を消した。そうやって、不安そうなセアカを残して、狩猟隊はキリマチへと向かった。独り残されるセアカは複雑な表情で、狩猟隊の方を見つめる。一瞬、狩猟隊の中に何かを見つけたセアカの表情は暗く不穏な表情となった。でもそれはほんの一瞬。直ぐにそれは不安の表情に埋もれていった。セアカは一人で大きな獲物の歩哨となった。