第三十話 世界の終わり 18
「漸くここまで来ましたね。」
シロブンチョウモルフのフラウは、渦翁にそう告げた。水紋の生き残りは全て空白に避難することに成功していた。この新しい世界での生活については、これから沢山の工夫が必要となるだろうが、生きるか死ぬかの話しでは無くなっていることは確かだった。彼等……渦翁とフラウとミントの三名だ……は今、簡素なテーブルと椅子を収めた仮設テントの中にいた。そこは金剛議場の代わりとして使用されていた。彼等の前には最後の一枚の金屏風が置かれており、掌上の惨劇を映し出していた。流動する闇が何もかもを飲み込んで殺し、空の眼が全てを無に返していく。それらの目的は、世界を消し去ることであるのは明白だった。
「ここまで来たと呼べる状態では無い。感慨に耽るために我らを呼んだのでは無いだろう?異形を霧街に引き入れたことについて、私は違和感を拭えずにいる。フラウ。目的は何だ?」
うふふ。とフラウは可憐に笑った。穏やかで美しい外観の彼女が笑うと誰しもが幸せな気持ちになる。事実、ミントはどうして渦翁はフラウに冷たく当たるのか、不満に感じていた。実際にミントがフラウを庇おうと口を開きかけた時にフラウは優しい声で話し始めた。
「気に入らなかったのよ。貴方たち六角金剛のことが。だってそうでしょ?舞闘しか能の無い馬鹿ばっかりで街の支配者たる資質など皆無なのに、それが習わしであるという唯一の理由で貴方たちは好き勝手してるじゃない。街がうまく機能するように仕組みを考えて調整しているのは私達評議会なのに。街人からは口うるさく想われて邪魔者扱いなんて不公平よ。貴方たちが街人の人気取りに精を出している間、街を国を支えていたのは私なの。労せずに利だけを享受しようなんてそんなこと赦されると考えているの?」
これまで通りの魅力的な笑みの中でフラウは歪んだ感情を溢れさせた。ミントは驚いて言葉を失ったが、渦翁は動じなかった。
「仮にその主張が全て正しかったとして、だ。気に入らなければ習わしに従って、六角金剛となり霧城城主となって法を改めればいい。法を破り、文句を垂れ流すなど、醜い行いだ。」
フラウは余裕たっぷりにわらう。ふふふ。
「あら、私は法は破っていないわ。法に従って彼等を呼んだだけよ。貴方たちが機能不全を起こしたから仕方なく、よ。お陰で多くのモルフ達が死んだわ。そのうち責任とって貰わなくちゃね。」
「責任を取ることに異論はない。だが、フラウの正義については到底、了解できない。」
渦翁は静かに立ち上がり、立てに潰れた瞳でフラウを見つめた。愛らしい黒く大きな瞳でフラウは渦翁の視線を受ける。
「私は貴方に付き合うつもりは無いわ。」
言いながらフラウも立ち上がって、ポケットから布きれを取り出した。それを広げながら彼女は冷酷に発する。
「これを霧城の廃墟から見つけた時は本当に驚いたわ。まさかまだ処分されずに残っているとは。残念だけど、貴方たち六角金剛は施政者としての資質に欠けるのよ。こんな重要アイテムを放置しているなんて。」
その広げられた布を見て渦翁の全身から血の気が引いた。それは烏頭鬼の布だった。闇穴と繋がる、地獄の門だ。




