第二十三話 世界の終わり 12
ロイはその背にハクとクウを乗せて全速力で突進した。この空中で自由が効くのはロイだけで、であればこれはロイの役割なのだ。三人はそれぞれがそれぞれを補完して完全な強さを発揮するのだ。それでいい。一人一人が完全である必要は無いのだ。ロイは最大のジェットで継ぎ接ぎのラスに肉薄する。ラスは呟く。
「人の話しを聞いて欲しいねぇ。まぁ良いけどさぁ。とにかく、遅いねぇ。」
ラスは笑い、左の闇雲の剣を突き出した。ロイはそれを躱そうとして出来ず、右腕を貫かれた。ロイは迷わず、右腕を切り離した。小さく舌打ちしながらもロイは諦めず、ラスに向かう。ラスは右手からも闇雲の剣を突き出した。辛うじて躱す。
「しゃっ!」
鋭く息を吐いてハクはロイの背から飛び出した。突き出された闇雲の剣の上を走り抜ける。ラスは慌てて剣を引き戻すが、ハクの方が早い。ラスが次の行動に移る前にハクは両爪を引き出して大障壁の上に到達した。
「キミ、おっそいよ!!」
ハクは宣言して両爪を振るう。しなやかな身体が踊る。
無刃窮奇!
色も音も匂いも無く、周囲の魂気がうねり収斂して、感知不能の無の刃がラスを切り刻む。それは速く鋭く深くラスを斬りつけるが硬質な大障壁はそれを弾く。ハクは美しい両手足を捻り踊るようにラスの背後に着地する。
「ゴメンナサイ。言ってなかったっけ?水紋で……まぁつまり零鍵世界でってことになるけど……最速はあたしなの。」
血飛沫を上げながらラスは笑う。
「いやいやいや。先言って欲しいねぇ。ま。でも、浅いよ。こんなんで、俺は倒れないねぇ。」
ラスは余裕たっぷりで振り返る。ラスは体中を切り刻まれていたが、それは致死の傷ではない。今、舞闘を決するのは凡庸な技ではない。一瞬で世界を変えるような苛烈な練術が全てを決するのだ。厚さ五十メートルを越える大障壁の上で両者はにらみ合う。血だらけで影の身体を奪って辛うじて存在しているラスと、真紅の渦を巻く隈取りを浮かべた純白のハク。
にか。
と、ハクは笑う。
「いきなり全部ってのは、失礼かと思ってさ。ほら?」
そのハクの言葉を最後にラスの周囲から音が消えた。ハクはわからない?とでも言いたげに肩を竦めて両の掌を空に向ける。その芝居がかったハクの様子にひやりとしたものを感じながら、ラスは周囲の雰囲気を感じ取った。分厚い魂気の壁が彼の周囲を覆っていた。ラスは言葉も無い。突然、甲高い悲鳴のような空気の叫びが彼の周囲に響いて感知不能の鎌鼬が彼を切断する。一瞬でラスはバラバラに切り刻まれた。頭や腕や胴体がバラバラにされて空中に放り出される。
(ああ。くっそ。だから変異体は嫌いなんだ。くそ。どうしてだ。痛い。痛いよ。痛い痛い痛い痛い痛い!)
ラスは制御出来ない痛みに驚きながらも、諦めていなかった。彼はシステム側の存在だ。強力な変異体を操作できなくとも、自身を操作する事は出来る。ラスは緑光を発する古代文字を行使して状況を書き換える。
「ほんと。これ以上の面倒は御免被りたいねぇ……。」
ラスのバラバラの身体は緑光に繋がれて辛うじて人の体裁を保つ。それは間の抜けた……或いは、狂気を体現する……操り人形のようだった。ラスはその千切れた拳をぐっと握る。
「もう、死ねよ。」
振りかぶり突き出された拳は間合いを無視した伸びと加速で制御されて回避するハクを逃さなかった。腹部にその不気味な拳が直撃したハクは大障壁からはじき出されて、朧の直上に放り出された。




