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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第二章 夜の帳。
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第十三話 幼馴染み 1




 「またね。また遊んでね。」


 そう言って薄いコットンのワッチキャップを被った小柄なファンブルが、夕暮れ近づく街の中を去っていった。ハクは声が聞こえた時、反射的に物陰に隠れてしまった。別に隠れる必要等無いのだが、そのファンブルには会いたくなかったのだ。少し間を置いてから、ハクは物陰から出てきた。真っ白ですらりとした躰が美しい。肩には大きな袋をかけている。ハクは先程までの不安を忘れて幸せそうな顔で、同じ扉を叩く。


 「クウー?いるー?」


 扉を少し開けて中を覗く。居るのは分かっている。さっきあの子が出て来たから。胸がちくんとする。


 「いるよ-!久しぶりー。今お風呂入るとこなんだ。」


 クウの家は使われていない倉庫を補修した物だった。シキと霧街に移った時からずっとここに住んでいる。玄関を開けると一つの大きな空間でそこがリビング兼ダイニング兼作業場になっていた。百畳位の広さで必要な家具や作業工具が置かれている。物が多かったが散らかってはいない。その広間にある扉の一つが少し開けられていてそこからクウの声が聞こえていた。もうお湯沸かしちゃったから入るねーって言うクウの優しい声が聞こえて、ほっこりしたハクも肯定した。ハクはふらふらと部屋の中に入り浴室に向かった。脱衣所にはヘルメットとゴーグル、作業着が……そして沢山の包帯も……脱いであった。


 「ごめんね。折角来てくれたのに。すぐ済むからちょっと待っててよ。」


 クウは湯船に浸かりながら、ハクに話しかけた。ハクも返す。


 「ううん。全然。あたしもご相伴に預かります。」


 「わー!また入って来た!なんで入って来るのさ!」


 「良いじゃん。ずっと一緒にお風呂してたじゃん。」


 言いながら、素っ裸のハクはお風呂に入る。ハクは全身が柔毛に覆われている、毛属のモルフだった。毛属のモルフは全般に裸について意識はしない。一応、世間では恥ずかしがり屋の皮属のモルフに合わせて最低限の服は着るが、殆どの毛属のモルフは服の必要性を認めていない。ハクも鼻歌交じりだ。クウは諦めた。


 「また、お父さんに叱られちゃうよ。ぼくとお風呂すると。」


 「へーきへーき。クウが黙っててくれたらばれないから。」


 二人はそのまま温めの薬湯に浸かりながら、世間話をした。実は、ハクは裸になるのが恥ずかしい方の毛属で、凄くどきどきしていたが表情には出さない。とは言え、恥ずかしくて会話も上の空だ。ハクは恥ずかしがりながらも、ちらちらとクウの事を盗み見る。クウの体表はひび割れていた。生乾きの大きなあかぎれが無数にあり、瘡蓋があちこちに出来ていた。ハクはクウの健康状態を確認しながら、上の空でどぎまぎの会話を続けていた。


 あの日、クウはファンブルした。


 ハクは輪廻転回の義(リーン)の後、意識を失ったので後から全てを聞かされた。あの日、クウは水紋の国の期待に応えられず、ファンブルしたのだ。魂力マイトが暴走して胸のイドが燃え上がった。皮膚が裂け血が噴き出した所で、六角金剛達が四神封陣でクウのイドに封をした。彼の胸のイドは黒く固まり輝きは永久に失われた。その時、会場は悲鳴に包まれていたと聞く。最後の子の最も優れた才能を持つクウがファンブルしたのだ。街人は皆、クウは六角金剛鹿王角逐鹿のように世界の謎に挑むモルフになってくれると信じていた。そして、この無に蝕まれていく零鍵世界を救ってくれると信じていた。でも、それは叶わなかった。最後の子はファンブルし、次の世代は生まれず、旅人達は現れない。あの日、熱狂に包まれていた舞闘場は最後に弱々しい悲鳴を上げて……沈黙した。


 ハクは、クウを見つめる。ファンブル独特の幼いままの顔。傷だらけの身体。輝きを失ってはいないが、何処か疲れた様子の瞳。小さい頃からずっと一緒だった。今も一緒だ。でも、これからは?いつまで一緒でいられるのだろうか?悲しい物思いに囚われているハクとの会話が空転して気まずくなったクウは、気付かない振りをして尋ねる。


 「どしたの?のぼせちゃった?」


 クウは、落ち着かないハクの様子を如何にも不審がっている様子を演じる。


 「そうみたい。先上がるね。」


 観察を終えたハクは、そそくさと脱衣所に逃げる。クウはハクに気付かれないように湯船の中で大きなため息を付いた。ごぼごぼとお湯がなる。彼女は輪廻転回の儀を経て大人クラになった。自分はファンブルして成体クラにはなれなかったが、それでも大人になったのだ。無邪気な季節は過ぎたのだ。それは理解していたがコントロール出来ないでいた。ハクは……かわいい悲鳴が上がった。脱衣所で大騒ぎだ。一瞬、慌てそうになったクウだったが、直ぐに思い当たる。


 ……まぁ、いつものことか。


 それら全ては、クウにとっての救いだった。



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