第十七話 世界の終わり 6
飛び散った大量の肉片はクウの身体が引きちぎられたことに他ならず、つまりそれは彼の死を意味した。ラスはゆっくりと黒翼を踊らせて、尖塔の荒れ果てた頂上に帰還した。遙か地平の向こうに灰の山脈が拡がり、その奥にゆっくりと燃えさかる熾火のような陽が沈んでいく。ラスは覇宮の頂上で両手と荒々しい翼を広げてその暖かな日の光を全身に受け止めていた。
「いやぁ。清々しい。夜の始まりに相応しいねぇ。夜の帳に包まれる安心感は最高だねぇ。」
ラスは藍色に染まり始める大空を見上げながらも達成感に包まれていた。ふと、彼はかゆみを感じて、魂気を失い枯れて痩せ細った身体を針金のような指先で掻いた。ラスは小さな違和感に、指先が引っ掻いた先を見つめた。朽ちてボロボロになった外衣が重力に逆らいふわふわと逆立っていた。
(――?どこかで見たぞ。)
思考を廻らせるラスを余所にその周囲では、目に見えない何かがぴりりと緊張を高めていく。知っている筈なのに答えを導き出せないもどかしさにその髑髏の顔を歪めた。遂に周囲でぱしぱしと細かなものが弾け始めるに居たってラスは思い出した。くわわ、と尖塔の頂上が白熱するのと同時に、彼女の伸びやかな声が響き渡った。
「落ちてこい!あたしの――。」
ラスは必死に回避行動を取りながら、叫ぶ。
「あの小娘ぇぇえ!!」
当然間に合わない。ハクは両の手を振り下ろす。
「霹靂!!」
覇宮の頂上で大気が爆発する。大空から降り注ぐ膨大な滝のように無数の雷が落ちて王の間のラスに収斂する。世界を鉈で割るような大爆発が尖塔の頂上を襲った。ラスは超高熱のその雷を受けて体中が引き裂かれるのを感じながらも必死に身体を丸めて黒翼で覆った。落雷の白熱が去るその瞬間に尖塔は頂上から裂けて、その半分が倒壊した。爆発と轟音が去った後には、焼け焦げて燻る炭のような黒い球体が残るだけだった。それはゆっくりとほどけて中からラスが現れた。彼の身体を護った黒翼は燃え尽きて落ちた。
「いや、ほんと。許可してないんだよねぇ。こう言うの。」
体中に裂傷を負ったロイはしかし、眼光鋭く、ハクを見つめる。ハクはすらりとした脚を伸ばして、雲龍の頭部に立っていた。体中に渦を巻く真紅の隈取りが現れている。彼女の足下にはいつの間にか救出したクウが座り込んでいた。飛び散った肉片はクウの本体の肉ではなく、彼の尻尾だった。クウは尻尾を失っている以外の明確な負傷は無かった。彼等を乗せて浮揚するウーリは、泥闇との激闘を制して彼等の舞闘に合流したのだ。
「すんごく、しっぽ痛いけど、これで逆転だね。ラス!」
「いやぁ。まだ、判らないね。俺はまだまだいけるよ。でも、貴様達も諦めていない。」
「だな。」
ラスは思わぬ方向からの返事にぎくりとしながら、声の方を見上げた。自身の上方を見やる。そこには黒い機甲蟲モルフがホバリングしていた。漆黒の身体に直線的な純白の隈取りが現れている。
「だが、これで最後だ!」
ロイは既に全ての外殻をパージしており、むき出しの機甲は発光を始める。驚愕の表情を浮かべるラスに向けてロイは全力の練術を放った。
白死!!
ラスの頭上に跫音強光の大槍が落ちる。




