第十四話 世界の終わり 3
お互いに弾かれて吹き飛んで空中に浮かんでいるその一瞬だった。練気の爆発が視界を遮っていた。身体は宙に浮かび制御出来ない。ラスはクウの回避能力が極小になるその一瞬を狙ったのだ。魂気を大量に消費すると判っていたが、体術で回避できないクウはやむを得ず、術を行使した。
鬼月乃焔!!
超高温の炎が飛び込んでくる無数の闇の剣と闇の羽を沸騰させ、蒸発させる。再び、覇宮の頂上は爆炎に包まれた。轟音が響いて黒煙が立ち上った。尖塔は揺らいで傾ぐ。瓦礫に埋まる王の間には掌上玉座も荘厳なステンドグラスも何もなかった。ただ、焦げた瓦礫が散乱するだけだった。ラスもクウも見当たらない。帝都の上空を流れる涼やかな風が爆発の熱気を洗い流した。
……あ。
クウは突然に気付いた。
(気を失っていたんだ……僕。ここは……。)
視界には遙かに拡がる大空。慌てて振り返るクウは遙か下方で舞闘を繰り広げる白と黒のうねりが見た。雲龍と闇泥だ。クウは自分が覇宮の尖塔の頂上から僅かに下がったところで尖塔の外壁に金剛錫杖を突き刺して、そこに身体を預けた状態でぶら下がっていた。直ぐにラスとの舞闘を思い出す。
(いけない。早く戻らなきゃ。ここでラスに狙われたら――。)
「回避出来ないだろ?クウ。それじゃぁねぇ。」
クウの頭上から声がかかり、クウは見上げる。陽炎のように揺らぐ鴉髑髏のラスが覆い被さるかのようにクウを見下ろしていた。ラスもまた無傷では無いが、今は彼が有利だ。ラスは痩せた右腕をクウに伸ばす。その掌からは複数の闇雲剣の切っ先が迫り出してくる。クウには悩んでいる暇はなかった。クウは叫びながら、金剛錫杖を軸に身体を起こし、ラスの右の掌を自身の右の掌で迎え撃った。お互いの練気が激突して重い衝撃が空振を起こす。
「いいのかねぇ……その戦い方で?俺の闇雲を練気だけで受け止められるのかねぇ。」
言いながらラスは徐々に闇雲の剣を伸ばす。クウは練気でそれを阻む……つもりだったが、鋭い刃は受けきれなかった。ちくりちくりと切っ先はクウの掌に刺さり、中へ中へと侵入してくる。クウは練気を高めるが、闇雲の剣を止めることは出来ない。ラスはげらげらと笑う。クウの掌を切っ先が突き抜けて、クウの手の甲から血が噴き出す。クウの顔に血が零れる。それでもクウは諦めていなかった。ラスの手を穴だらけの自身の手で鷲掴みにする。
「判ってる。僕たちは後、一回くらいしか練術を使えない。魂気が残り少ないんだ。判ってる。焦って、先に練術を使い果たした方が負けなんだ――いいの?今ここでこの剣を使い果たしても?」
血まみれのクウを見て、ラスはそれが彼の強がりで煽りであることを理解していたが、喉が勝手に無い唾を飲む。クウの気迫に内蔵を鷲掴みにされた気分だった。
「ああ……そうだねぇ。でも勝つのは俺だ。」
そう言ってからラスは、雄叫びを上げて鴉髑髏の口から練気を吐き出した。ラスの練気の圧力に吹き飛ばされそうになりながらもクウはラスの掌を握りしめ、金剛錫杖を支えに踏みとどまった。クウの顔から血が払い飛ばされた。血の下から現れたのは黒い隈取りを発現させたクウ……ではなかった。




