第七話 帝都 2
一時間も歩いて、生存者がたったの一名という事実も酷いものだったが、彼らはその生存者に何かの希望を見いだそうと、息せき切ってトトの案内に続いた。大通りから二度ほど、角を曲がった裏通りの小さな家にその生存者は居た。建物は破壊されていたが散らかった看板や寝具から元は宿屋だったのだろうと想像出来た。その宿屋の瓦礫の横に一人がけの椅子が置いてあり、それにそのモルフは腰掛けていた。恐らくは宿屋の看板娘だったであろう美しいユキウサギモルフだった。ハクは彼女の姿を認めるなり、慌てて駆け寄った。
「大丈夫?怪我は――あぁ。」
ハクは口を押さえて、彼女の側の地面に膝を着いた。感情豊かなハクは今にも泣きそうだ。そのユキウサギモルフは右足の膝から下を失っており、辛うじて生きては居るが、治療の痕跡はなく、虚ろに乾いた瞳が彼女の運命を告げていた。しかも、クウ達のこのパーティーには癒やしを行えるモルフは居なかった。その愛らしいシロウサギモルフに残された時間は少ない。ロイが駆け寄る。
「すまない。教えてくれないか!ここで何が起こった?何でも良い。俺たちは情報を必要として――。」
「ロイ!この人は死にかけているのよ!そんなことを聞いている場合じゃないでしょ!」
二人とも必死だった。必死で怒鳴り合った。殺伐とした廃墟の風景がそれに同調して昏い感情を煽るようだ。
「この人は助からない!でも俺たちには情報が必要で、それが世界の命運を左右するかも知れないんだ!今は誰かを気遣っている場合じゃない!」
「酷いよ!ロイ!まだ間に合うかも知れないのに!」
怒鳴り合う幼なじみに動じることもなく、シロウサギモルフはにっこりと微笑んで話し始めた。
「ここは素晴らしい街です。本当に世界の中心に相応しい街なのです。帝都へようこそ。」
その言葉を聞いたハクはロイの主張が正しいことを痛感した。周囲の廃墟が急に重みを増して影を濃くする。そうだ、ここは死で埋め尽くされていて、世界はもうじき滅ぶのだ。硬直する彼らを気に留めることもなく、シロウサギモルフは続ける。
「お会い出来て光栄です。旅の方々。皆さん、是非、ユックリしていってくださいね。」
そう話す彼女の瞳は乾いて濁り、宙を見つめるだけで、何の実像も結んでは居なかった。彼女は続ける。
「ここは素晴らしい街です。本当に世界の中心に相応しい街――。」
(――まだ彼女が元気で町が破壊される前に何百回と無く繰り返したセールストークだ。それが今際の際に彼女の意思とは関係無く自動再生されているのだ。)
ロイは彼の現実を認識して、昏い世界に座り込む。ハクは涙した。クウは、行動する。クウは、彼女が話しを繰り返した時、覚悟を決めて彼女を椅子から下ろして横たえた。そっと、瞼を下ろしてあげた。彼女の唇はまだ何かを伝えようと震えていたが、それはクウ達には届かなかった。クウは話し掛ける。
「うん。とても素晴らしい街だよ。ありがとうね。」
クウの声を聞いたシロウサギモルフは少し微笑んだように見えた。そして、そのまま動かなくなった。




