第四十五話 灰の山脈 19
山祇は約束通り、クウに氷の橋を用意してやった。クウは虹が掛かるように美しい氷の橋が出現するのかと考えていたが、氷壁が割れて盛り上がりそれが積み重なって氷の稜線を作り上げた。稜線は灰の山脈の麓まで続いていた。クウと山の神はクレーター直上の虹に立っていた。
「橋ってか、山だよね。これはもうさ。」
クウは驚きながらも素直を話した。山祇はむははと笑う。上機嫌だ。山の神の機嫌を映すかのように空は冷たく晴れ渡っていた。
「気に入らぬか?ではどうじゃ、ここに残らぬか。我は構わぬぞ。丁度、下僕が欲しかった所じゃ。」
荒々しい野生の神は冷たく美しく笑った。陽光を反射してあちこちに虹を作っている。
「ありがとう。でも、僕は行かなくちゃ。この世界を救うんだ。」
一瞬、山祇は真顔になり、クウを凝視した。クウの魂の底を見透かすかのうような神の凝視は居心地が悪かった。しかし、それも長くは続かなかった。山祇は無言で山脈の東側のある一点を指差した。途端に氷の稜線が巨大な音を立てて移動した。稜線は更に長く長く伸びた。
「感謝するのだ。我の稜線は我の加護。この氷の稜線を進む限り、危険な敵対種からも嫌らしい“カラス”からも見られることはない。真っ直ぐ進め。稜線は限界まで伸ばした。帝都の正大門の手前まで続いておる筈じゃ。仲間と合流したら皆で稜線の上を移動するのじゃ。」
クウは山祇の手厚い協力に感謝して大きくお辞儀した。
「本当にありがとう!やまがみさま。」
むはは、と山祇は笑う。
「構わぬよ。我も貴様に感恩を表したまでじゃ。さぁ、行け。急ぐのじゃ。世界に残された時間は少ない。覚えておくと良い。厳しい自然の中で生死を決するのはいつも最後の一瞬じゃ。その時が来ればそれと判る。その最後の一瞬を逃さずに挑むのじゃ。臆するな。もし、その時まで持ちこたえられたのであれば、最後に全てを決するのは貴様が持つ命題だけじゃ。」
クウは意味がわからなかったが大きく頷いた。クウを応援してくれていることが判ったからそれで良いと思った。当然、山祇はそれを見抜く。
「今は判らなくても良い。とにかく最後まで貴様は貴様の命題を決して忘れては成らぬ。そして、挑むのじゃ。さぁ、それでは最後の手向けじゃ!」
言うと山祇は大きく息を吸ってお腹を膨らまし、そして息吹を吹き出した。巨大な嵐が巻き起こって、クウは氷の稜線の上を恐ろしい速度で滑り進んでいく。クウは大きな声で最後のお礼を言いながらも少しだけ、不満を零した。
(オオクジラさんもそうだったけど、お礼が乱暴なんだよね。みんな。)
まぁ、お礼は気持ちだから仕方ないか、とクウは呟いた。




