第四十一話 灰の山脈 15
それは拍動するかのように燃えていた。クウは火球の明滅に自身の心臓の拍動を盗まれるような恐怖と胸の痛みを感じた。息を吹き込んだ熾火が発光して燃え上がり、そして暗くなるように、その真球は明滅を繰り返していた。火球が明るく燃え上がる時はクウはその熱気に蒸発しそうになり、火球が昏く縮んで行く瞬間は自分の魂も引き込まれてしまうような滅に怯えた。何故かその火球のクウの生命のリズムは同調して同化しようとしているように感じられた。クウは底の知れない魂気を感じていた。その圧倒的な魂気にクウは目眩を覚える。
(……これは、劫末さんが落とした火球だ。でも……。)
当然の疑問が、クウの中に生まれる。
(劫末さんはどうしてこれを落としたのかな?これだけ強い魂気を持つ寿物なら落とした事に気付かない筈は無いし……だとしたら、わざと劫末さんはこれを捨てたのかな?危険な物なら隠すなり、壊すなりすれば良いのに、どうして捨てたんだろう?時間が無かったのかな?そもそも、僕たちを帝都じゃなく灰色山脈の手前に落としたのって、偶然かな?わざとかな?》
クウは火球の明滅に包まれたその刹那、渦を巻くような疑問に取り憑かれたが、それを振り払った。その疑問の答えは、今後の行動に大きな影響を与えることに間違いは無かったが、今、それは手に入らない。一方で、火球は今しか手に入らない。クウが捕まりそうになったその疑問は火球を持つ者の疑問だ。で、あればクウはそれを手にする。その後に悩めば良いのだ。クウは火球に手を伸ばす。
ぶろおおおおおおおおっ!
認否両意の長蟲が同時に咆哮を上げた。地下大空洞の尖塔は揺るぎもしなかったが、クウはその咆哮に揺さぶられ宙に浮いた。ワームは二重螺旋を描いて尖塔の上空でその身体を打ち付け合う。
(やっば!早く火球を回収しなきゃ!)
焦るクウに大槍の様な剛毛が降り注ぐ。黒丸から譲り受けた金剛錫杖でその致死的な刃を回避しながら、クウは火球を取ろうとした。が、クウは落下する剛毛を金剛錫杖で払いのけるので精一杯で火球を手にすることが出来ない。大量の剛毛に徐々に強靱な尖塔も遂には削られて、崩壊し始める。火球は揺らいで踊り、運命の瞬間を待っている。そして、最後のその瞬間に大きな剛毛が落ちてきて、尖塔の頂上を粉砕した。火球は大きくはねる。それを掴みたいクウはしかし、剛毛の嵐をしのぐために金剛錫杖を振り回すことで精一杯だった。火球はクウの眼前をふわりと飛び上がり、そのままクウの眼前をゆっくりと落ちて――。




