第三十六話 灰の山脈 10
彼は、いつから自分がここに居るのか理解できていなかった。いつの間にか、ここに存在した。時々、彼は考える。
自分には沢山の仲間が居たのでは無いだろうか?と。
今では到底居信じられないが、かつては沢山の仲間と供に暖かな地中を旅していた。地中を潜りすぎれば、大地は堅くなり熱くなって自分達は生きていけなかった。だが、地上に出ようとすれば大地は凍り冷たくて結局、自分たちは生きていけない。だから、自分たちは仲間と供に、熱くも寒くもない地中をひたすらに旅していた。いつも飢えていたが土に潜む生き物とも呼べない小さな命や、土そのものから栄養を得て、自分たちは生きてきた。ずっと――いや、そうではない。自分はずっとここに居た。自分が存在する前の世界はなく、世界の最初からここにたった一人でいるのだ。
彼の意識は常に、たった一人で生きている現状と沢山の仲間に囲まれていた過去の間を彷徨い、都度、どちらかを妄想と決めつけて心の平穏を保っていた。本当は何が真実なのか、彼は知っていた。
自分には本当に仲間が居たのだ、と。
あの時、遙か上、表層世界から燃え上がる火球が落ちて来た時から、住みやすかった温い地中世界が灼熱に変わってしまったことを知っていた。そして、彼は戻りたかった――。火球が現れる前の温く昏い生活に。火球が現れる前の、知性も悩みも無い自分に。
だが、それは叶わない希望だ。火球が現れてからずっと、彼の中で虹が渦を巻いていた。虹の渦は彼に思考を強要し、先へ先へと進化を強制した。彼は生きる意義が希望が必要となり、またいつか皆と暮らす日を夢見るようになった。同時に、孤独だけで世界を構成することも夢見た。世界に孤独しかないのであれば、この状況は苦痛では無く平穏となる。彼の思考はゆらゆらと同じ所を行き来して、最後にはいつも通り、火球に戻る。何故なら、彼らの温い地中の緩い平和な生活は、火球がもたらした熱で豹変したからだ。火球こそが元凶なのだ。火球の熱量は活動量を押し上げて、彼らは沢山の食料を必要とするようになった。地中のありとあらゆる動物を捕食するようになり、土も喰らい尽くし巨大な地下空洞を作り上げた。それでも熱は収まらず、彼らは――共食いを始めた。彼らが共食いを始めたことにより、遂に生存の為に必要なカロリーを食物から得られるカロリーが上回った。彼らは数を減らしながらも、その身体を大きくしていた。そして、遂に彼が一族最後の一人となり――彼は今に到る。彼はとても孤独で、とても後悔していて、そして――とても空腹だった。彼の虹が渦を巻く魂は、全てを忘れたくて、一つの妄想が膨らんでいく。……自分は、初めからここに一人で存在しているのだ、と。そしてそれは、また、大勢の仲間の記憶を呼び起こして……。




