第三十五話 灰の山脈 9
オーロウ!
一切の選択肢もなく、クウはオーロウを行使した。ミントが業と位置付けた練術だ。モルフが行使できる練術には、物理攻撃を意味する技と特殊攻撃を意味する術があるが、一部の特殊なモルフ――ラスのような鍵の守護者や今は絶えて久しい歩む者や漂泊者――の中には、そのカテゴリを超える練術を行使する者が存在していた。彼らが行使する練術は神業と呼ばれ、神々が行使すべき範疇の練術だった。
(クウは神さまやこの零鍵世界の外から来たモルフではないので、神業と呼ぶと少し語弊があります。我業と呼ぶのはどうですか?クウだけの自分だけの業ですから。)
確か、あの時、ミントはそう言った。今、そこから遠くない未来に、地平の遙か彼方でクウはその時の事を思い出しながら、オーロウを発動していた。致死的な無尽の刃を回避するために。クウはその瞬間、世界と繋がった。リンクして双方向に世界を感じた。まるで世界とハグするかのように。
霧街の渦翁が感じられた。雲の上を泳ぐオオクジラを見た。沼地で溺れかけている開闢の乾いた息の匂いを嗅いで――掌上玉座で虚空を見つめるラスと眼があった。
「いやぁ……久しいねぇ。クウ。何処に居る?真っ暗じゃねぇか。」
美しい切れ長の瞳はクウの心の底の底まで見通すような質量を持っていた。クウはオーロウを発動していたため、ただのすり抜け状態だったが、そうで無ければ丁度、頭部を無尽の刃の一つで貫かれている状態だった。クウは持っていた黒丸の金剛錫杖をオーロウの効果から外し、それを刃に叩き付けることで落下の方向を横方向にずらした。
「どこだ?意外と近いねぇ……ああ、何かの結界があるのか――。」
ラスの声はオーロウと供に遠ざかって消えた。頭部が刃から外れたのを確認して、クウは練術を解いた。クウは全力で金剛錫杖を無尽の刃に叩き付け突き刺して、落下を食い止めた。クウは完全な闇の中でそそり立つ刃の樹海の中で、刃の樹木の一つに金剛錫杖を突き刺して何とか落下を防いだ。
「あっ、あっぶな。」




