第三十四話 灰の山脈 8
クウは少しほっぺたを膨らませてから、(ぷっ。)と小さな炎の塊を吐き出した。それは、彼の眼下遙か下へと落ちていく。クウの心はその炎に吸い込まれるように引き摺られるように、現実から剥離していく。クウは本当のところ、トカゲモドキモルフがどうして炎の練術に長けているのか今ひとつぴんと来ていなかったが――便利なので良しとしていた。確かミントも初めて確認される種だって言ってたし、そういうものかも?と考えていた。ただ、これまでファンブルとして暮らしてきた中で身体が熱を帯びて体表が乾いてひび割れていたことは、この熱がその原因だったんだ、と理解できた。クウにはそれで充分だった。
(きっと、ハクもロイも自分達がどうして今の姿になったのか、どうして今の能力を発揮しているのか、わかんないんだよね。僕も同じ。みんなそうなんだ。自分の事なんてなんにも知らないんだ。多分、僕たちは、ただ僕たちであるように定められていてそれを思い知るためにそうある理由はわからないんだ。ずっと。)
心の世界を彷徨うクウの言葉を遮るように、頷くように彼の炎は結果を示した。
ぼん。
座布団が高いところから落ちた時のような空気を含んだ衝突音がして、炎は破裂した。
「あ。百メートルほどなんだ。」
とは言えそれなりの高さで、普通のモルフであれば命がけになるが、小さい頃から霧街の断崖を飛び降りていたクウにしてみれば、高さの内に入らなかった。クウは迷わず、腰の命綱を解いて、大きく息を吸った。
「よっ!」
悩みも判断も無く、クウは亀裂から飛び出した。暗闇へ飛び込むのはリスクもあったので彼はジャンプと供に大きめの炎を吐いた。周囲が照らし出される。底は巨大な地下大空洞で彼の眼下は底の見えない闇に覆われていた。先ほど先陣として送り出した小さな炎がぶつかり破裂したのは底の見えない闇から伸びる鋭い刃だった。クウが飛び出したその先は無数の数え切れない刃が逆立ち、落ちてくる者を容赦なく引き裂く地獄だった。クウが吐き出した炎はクウよりも前に無謀にもこの試練に立ち向かった者達の骸を照らし、燃やして、消えた。暗闇が戻る。その間にもクウは落下を続けていた。無尽の刃の殺気がクウを覆う。
「い、いや、そういうのはちょっと――。」
彼がそう呟いた時には既に無尽の刃は不可避の距離にあった。




