第三十話 灰の山脈 4
「いや、でも僕の事を引きずり落としたじゃん。酷いよ。」
クウは、素直を話す。長身の女性は紅潮した顔をクウに向けて語る。
「そうか。我は山祇。この灰の山脈を預かる神じゃ。対価を支払わないのであれば、仕方ない。好きにするのじゃ。山中で山祇の加護も無く、下界に降りることは敵わんぞ。お主がどれだけの舞闘力を持っていようともじゃ。」
縦につり上がった瞳を持つ、その山祇はそう言うとあっさり、クウの前から姿を消した。クウは拍子抜けしたが、確かに山で山の神さまに愛想尽かされるのは不味いなと思い始めた。しかし、ここで使う無駄な時間はない。クウは振り返って、先ほど激突した氷のドームを探った。とても透明度の高い氷が分厚い壁を形成していて破壊することは容易ではなさそうだった。少し躊躇してからクウは行動を起こした。
極技 鬼月乃焔!
クウはなるべく焔を絞り、細く吐き出して氷壁の一部を効率的に深く遠くまで溶かそうとした。しかし、鬼月乃焔で溶かせたのは僅か数十メートルだった。只の氷ではないのだ。恐らく、先の山神さまの魂気が込められているのだ。
「だ、駄目かぁ。」
クウは座り込んだ。クウは輪廻転回を行い成体になってからまだそう時間が経過していない。新しい練術を使い始めたのはつい先日だ。今のクウは練術を使いこなせておらず、一度の練術で大量の魂気を消費した。とてもじゃないがこのまま外まで鬼月乃焔でトンネルを作ることはできない。
「僕の焔、結構いけてるんだけどなぁ……。」
言いながらクウはふと気付いた。超強力なクウの焔で溶解させられない氷壁が周囲に拡がっている。氷壁は途方も無い量で大規模に溶解させることは不可能だった。
「でも、だとしたら、この空間はどうやってできたの?」
クウは焔で溶けて水濡れになった氷壁に手を置いて、壁を見上げた。ここは直径一キロメートルの氷のカマクラの中だ。溶かすにしろ、削るにしろ途方も無い魂気が必要だった筈だ。クウは近くに落ち着けそうな大岩を見つけて登った。脇に金剛錫杖を突き刺してから、大きく息をつき、そこで全を組んだ。黒丸に教わった集中方法だ。クウは胡座をかいて両膝のそれぞれに手の甲のそれぞれを乗せた。手の指は開きもしていないし、閉じてもいない。クウは呼吸を整えて集中する。誰が作ったのかは判らないが、それが何であれ、途方も無い魂気の持ち主の筈だ。六角金剛や帝、ラスに並ぶほどの練術者に違いない。クウは魂気を探る。それはすぐに見つかった。強力な魂気は、この氷のカマクラの中に2つ存在していた。




