第二十七話 灰の山脈 1
とは言え、ウーリが居る彼らに心配ごとはなかった。ウーリの背の天蓋に隠れて皆でくっついていれば良いだけだ。体中につららを下げて飛翔するウーリを余所に天蓋の中でくすぐり合いながら、気楽な時間を過ごしていた。ウーリは数日であれば寝る必要も無いし食べ物は霞であった為、塩漬肉で……彼らが意味も無く……精を付けてから三日目には灰色山脈の頂上に到達していた。稜線は南北に遙か数千キロメートル続く。その巨大山脈の上を彼らは飛翔していた。クウは、ウーリへの挨拶の為に天蓋を抜けてウーリの身体を伝って彼の耳元まで進んだ。
「ありがとね。ウーリ。助かるよ。旅が終わったら沢山毛繕いしてあげるからね。」
ウーリは耳だけを動かしてクウの話を聞いて、ゴロゴロと喉を鳴らした。彼はクウの式神であるので、クウが念じれば声は届くのだが、わざわざことある度に、話に来るクウのことをウーリは好きだった。ウーリはクウの期待に応えようと身体を波打たせて加速した。丁度、灰色山脈の頂上だった。灰色山脈は西側が海に面していて、その標高の高さ故に草木が育たず、灰色の岩に覆われている。しかし、山脈の東側は様相が異なっていた。内陸で湧き上がる雲が六千メートル級の山脈にぶつかって大量の雪を降らせていた。灰色山脈はその稜線を越えると、白銀の氷壁が拡がる世界に変貌する。突然、その氷の世界にはそぐわない熱風がウーリを揺さぶった。ほんの一瞬、氷壁の中に熱が籠もった灰色の世界が現れた。クウはぐいっと身を乗り出して、それを遙か上空からのぞき込む。
「なんだろ?雪が溶けてる場所が――。」
その一瞬の間にも、ウーリの体中を覆っていた氷が溶ける。
「あ。」
溶けた氷に誘われて、ウーリから落ちそうになったクウはしかし、その身体能力の高さを生かして、器用にウーリに捕まり直した。クウは心臓がどっきんどっきん言うのを聞きながら、天蓋に戻ろうとした。クウに挨拶されて上機嫌なウーリはクウのどきどきに気付かずに、体を波打たせて加速する。また、落ちそうになるクウはしかし、思い直してもう一度、ウーリに挨拶した。
「無理しないでね――。」
クウが言い終わる前にクウの体はウーリを離れる。クウは油断して落ちたのではなかった。何かに体を捕まれたのだ。クウは周囲を見渡すが何も見えない。
「我を跨ぐ不遜は誰じゃ。」
その声が響くと供に、クウの体はウーリから落ちて落下していった。




