第二十五話 穴の高地 6
突如として現れた虹目オオクジラの劫末は、その大口でクウを捉えようとしていた月の世界の住人達の白い致死的な手を飲み込んだ。閉じられた口の先にクウはふわりと着地した。大穴を破壊して突き出してきた劫末は頭を出していただけだったが側の灰色山脈を遙かに超える高さになっていた。その先でクウは劫末に話し掛けていた。
「ありがとう、劫末さん。助けて貰うの二回目だね。でもさ、こないだ世界を滅ぼすと何とか悪いことを言ってたけど――。」
劫末はクウを遮って笑った。ばははははは、と爆発して空を揺るがす大きな笑い声だった。クウはその笑い声で宙に浮かび、ばたばたしたが、声が収まるとまた劫末の唇に着地した。劫末は告げる。
(クウ。悪い事かどうかは最後の瞬間にしか判らないのです。それまではただの経過でしかないのですから。さて、一つ、お話します。この大穴は他の鍵世界と繋がっています。ですから、零鍵世界では出くわさないような致死的な存在が雪崩れ込んでくる可能性がある危険な穴です。先程の月の世界の住人達は十に連なる積層世界の内、お隣の壱鍵世界の存在です。もう飲み込んでしまいましたが。とにかく危険なので私がこの大穴を塞いでおきます。霧街もこの穴に苦しめられましたからね。)
クウは、闘技場に現れた九頭竜のことを話しているのだと直感した。クウは頷いてオオクジラの話を促した。
(とにかく、早く帝都に向かってください。今ならラスは完全回復していません。勝算があるのは今だけです。完全な状態の鍵の守護者には勝てない仕組みなのですから。)
言いながら劫末は、身体を捻り周囲の大地を削って、その大穴に引き下がっていく。周囲に大地震が起こる。クウは振り落とされないように劫末の唇にしがみつきながら、周囲の様子を伺った。巨大な灰色山脈か揺れて、一部が崩れ始めていた。でも、クウはその崩れる山脈の向こうに希望を見いだした。劫末はそれに気づき、笑い、話を続けた。
(これは、ラスが私達の世界に来る際に開けた大穴です。先程の話はそう言う意味ですよ。とにかく、私が責任を持って塞ぐので、忘れて先に進んでください――またいつか。また、いつか会えると良いですね、クウ。)
劫末のその優しい願いは本当の意味で叶えられることは無かった。何しろ――もう直ぐ、この世界は滅ぶから。




