第二十四話 穴の高地 5
閃光と供に蒼い爆炎が深淵から駆け上がってくる。クウは全力で身を仰け反らせて、ぎりぎりでその爆炎を躱した。空気が燃えるほどの熱量だった。蒼い爆炎はそのまま炎の柱となって立ち上り、荒野の空を焦がした。クウは荒野に大の字になってその炎柱を見つめた。
「全力で嫌な予感なんだけど。」
彼の直感その通りに深淵から、巨大な敵対種が現れた。飛翔する巨大な蛇の姿をしているその敵対種は九つの竜頭を持っていた。
「わぁ。九頭竜じゃん。」
大穴を登り切って大空に到達した九頭竜をクウは見上げた。舞闘場の大門から現れてハクとロイとビャクヤを圧倒した超強力な敵対種だ。九頭竜は九つの竜頭を仰け反らせたかと思うと一斉に蒼咆哮を吐き出した。霧街を焼き尽くしそうになったあの爆炎だ。クウは不思議と怖くなかった。二乃越の声や、九頭竜が這い出てきたその深淵と比べれば。クウは 両腕を前方に突き出した。大きく息を吸いその両腕の間から吐き出す。その瞬間にクウの体中に黒い隈取りが現れた。
鬼月乃焔!!
クウが吐き出した赤い炎は竜頭が吐き出した蒼い炎を押し返した。そのまま、鬼月乃焔は上空に昇り、九頭竜を焼き尽くした。遠雷の様な爆発音が響く。その一撃で九頭竜は死んだ。
「あの頃のハクもロイも隈取りじゃなかったもんね。今はもうお呼びじゃないよ。九頭竜さん。」
自分で言っておきながら、不思議だったが、九頭竜は今のクウの敵ではない。ではなぜ、恐怖を感じたのか――答えは簡単だった。クウが恐れるべき、何かが居るのだ。クウは、素早く起き上がって、大穴に背を向けて走り出そうとした……が、そうせずに、大穴を改めてのぞき込んだ。
――深淵は深淵を望む者を欲する。
がしり。
クウは何かに頭部を捕まれた。彼が叫ぶより速くその何かはクウを大穴に引き摺り込もうとする。身体の小さなクウは一瞬で持ち上がり、大穴へ――。
オーロウ!
クウは、我業のオーロウを行使して、その闇の掌をすり抜けた。しかし、クウが大穴の上に放り出されたことには変わりは無い。クウは深い深い闇底を見た。その底から青白い無数の手が伸びていた。恐るべき速度でクウに向けて伸ばされたその手にはどれも鋭い爪が生えていて、捕まれれば切り裂かれることは必定だった。
……やあ!初めまして。僕たちは月が狂った世界から来たんだ。よろしく頼むよ。太陽は大っ嫌いでね。こっちにこいよ!
聞き覚えの無いその声はしかし、どこかラスを想起させる不思議な声色だった。日輪を思い出させると言っても良かった。その声が何に由来して、その本質は何なのかクウには想像もできなかったが、今の直感はそう遠くないところで真実を掴んでいた。しかし、それはまた、別の物語。
「ゆるしませんよ。」
地響きのような声が轟いて大穴から巨大な口が現れた。数十キロメートルはある大きな口だった。周囲の大地は破壊され吹き飛ばされて、大空に舞った。その巨大な口は、白と黒のシマシマに覆われている。
「劫末さん!」
クウは直ぐに理解して叫んだ。理由は判らないが大穴から劫末が現れたのだ。




