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「天恵」 ~零の鍵の世界~  作者: ゆうわ
第十一章 最後の旅。
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第二十二話 穴の高地 3



 はぁっ、はぁっ、はっ。


 クウは息を整えながらその穴に近づいた。大きく息を吸って吐く。乾いた風がクウの喉を刺激した。少しむせながら、クウはその穴の縁まで進んだ。


 「はぁ。凄く深いや。底が――見えない。」


 クウは呟いた。一人に慣れたヒトの独り言だ。その意識も無いが、自分自身に語りかけているのだ。クウは少し迷ってから大きく頬を膨らませて炎の塊を吐き出した。スイカくらいの大きさの炎の塊がクウの口から吐き出されて、ゆっくりとその大穴に落ちていった。荒野に唐突に現れたその大穴は真円を描く深淵でただただ深く深く続いていた。クウは落ちていく炎を見つめながら何故か、視線を感じていた。徐々にそれは声に変わる。


 (クウ。聞こえていますか?元気ですか?)


 声が明瞭になった瞬間にクウはその声の主が誰だか判った。二乃越で聞いた声だった。


 「ミント!」


 クウは実際に声を出しただけだったが、あの時と同じようにそれはそのままミントに届いた。彼女の声は明るく弾む。


 (クウ。よかった。無事でしたか。一昨日、極北大陸が崩壊して、昨日、世界中が大きな津波に襲われました。水紋にも小さな波が届きました。クウ達の旅路が極北大陸を通過するものでしたし、昨日丸一日声が届かなかったので、心配していました。)


 クウは目の前の巨大な深淵から届く声を聞いているかのようにその大穴に身を乗り出し、ミントに語りかける。少しだけ、あの時のようにこれが罠だったらと考えて胃がひやりと痛んだ。だが、彼は続けた。すでにクウの瞳は見えない者を捉えて虚ろだ。


 「そうなんだ。凄かったんだよ。僕らもう一人の虹目、あのオオクジラにあってさ。助けてあげた代わりに今はもう中央大陸なんだ。とっても大きくってさ!でも虹目は――。」


 唐突にミントは遮った。


 (私は長くは話せません。距離が遠すぎて魂気マイトの消費が激しいのです。でも、水が近いところでならもう少し長く話せます。常に気にかけてますから、いよいよとなったら声をかけてください。何というか――。)


 続く言葉をミントは飲み込んだ。


 もう、会えない気がするので不安なのです――。


 それを知らないクウは言葉通りに受け取って返す。


 「判ったよ!霧宮で頑張った時も結構消耗したもんね。無理しないで。いよいよの時は連絡するから。でも多分!」


 そこで、一瞬、ほんの一瞬だけもったい付けてから、クウは言った。


 「次の連絡は朗報だから。」


 ミントはふふふ、と笑ってから、少しだけと断って、話を続けた。本当に魂気マイトの消費が大きくて一秒でも早く術を終える必要があったのだが、クウの優しさに触れたミントは、彼の愛で最後の一歩を踏み出した。


 (クウ。今、目の前に何が見えますか?深い穴が見えますか?)


 再び、二乃越を思い出したクウはひやりとしながら会話を続ける。


 「そうだよ。深い深い穴があるんだ。おっきい穴。今、僕が吐き出した炎がゆっくりと落ちてるとこなんだ。その穴というか炎というか、とにかく、そこからミントの声が聞こえてる。あの、二乃越の時と同じだよ。なんか、信じる気持ちが揺らぐととても怖い気持ちがするんだ。」


 言いながらクウは不安と恐怖を感じる。


 ……何だろう?本質に関係なく、恐怖は……湧き上がって嵩を増していくんだ。


 (クウ。聞いて。今、貴方は穴を闇を、深淵を覗いているの。楽しい?嬉しい?怖い?恐ろしい?)


 クウは答えようとしたが、二乃越の恐怖が勝り、喉がひりひりと痛むだけで声を出せなかった。


 (きっと、恐ろしい気持ちになっているのよね。貴方が今、怖いのは、貴方が深淵を見ることで、深淵を求めているからなの。深淵を見つめる時、深淵もまた貴方を見つめているわ。注意して。でも、心配しないで。)


 ミントはそこで大きく息を吸った。クウは一瞬、神意顕現マーフが途切れたのかと思い焦った。今、神意顕現マーフが途切れてしまえば、クウに残るのは深淵だけだ。でも、実際はミントの愛らしい声が続いた。


 (忘れないで、クウ。貴方が深淵を見つめるのなら深淵も貴方を見つめるわ。そしてその視線は、谷底が発する引力の様に見つめる者をすくませて恐怖に包むの。でも、貴方が希望を必要とするのなら、希望もまた貴方を欲するわ。親子が、恋人が、友人が、夫婦が、そうであるように。相手を求める声や手や愛情が必ず全てを繋ぐの。貴方が信じて望むのなら、希望も必ず貴方を求めるわ――忘れないで。クウ、忘れないで。最後の瞬間が訪れる――その時も。)


 そこで、神意顕現マーフは切れた。まだ、沢山お話したかったが、今は充分だった。とても大切な示唆を得られたクウは、嬉しくて……虹目が世界を滅ぼそうとしていると言い忘れたことに……気付いて居なかった。



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