第十三話 虹目 5
「ウーリ!上!上に行こうよ!オオクジラさんに挨拶しなきゃ!」
クウは上機嫌で言ったが、皆が反対した。
「ええ?なにゆってんのクー!!逃げるに一票!」
「だな。逃げた方がいい。破格すぎる。俺も一票。」
「あ……あの、我々も逃げるに百票入れます。」
「オコジョずるっ!」
馬鹿なことを言っている内にオオクジラはクウ達の高さまで降りてきた。浮揚するウーリの直ぐ側にオオクジラの身体があった。クウ達は悲鳴を上げそうになるが、互いに互いの口を押さえて何とか悲鳴を堪えた。ここまで体格に差があると敵意の有無は関係なく、身じろぎ一つでクウ達は吹き飛ばされてしまう。大地と区別が付かないほどの大きさがあるこの神獣を刺激することは、死に繋がる可能性があるのだ。クウ達はぴくりとも動かずにただ、そこで静かにしていた。突然。オオクジラの体表に水平にヒビが入り、それが開いた。渦を巻く虹色の瞳が現れる。それだけで十キロメートルある、巨大なその虹目は踊るように泳ぐように揺らぎ無限の色彩でクウ達――最後の冒険者を照らした。ハク達はいよいよ身の危険を感じて身体を強ばらせて湧き上がる悲鳴を必死に堪えていたが。
「オオクジラさん!初めまして!クウです!眼が綺麗ですね!」
クウは突然叫んで、彼ら旅の一行を絶望に陥れた。しかし、そのクウの叫びは彼らが予測しなかった方向に話を進めた。オオクジラが返事をしたのだ。
(ありがとう。旅のモルフ。私は虹目、大鯨、眠る者……様々な名で呼ばれますが、開闢と対をなす存在、劫末です。開闢が世界を開き、私は世界を閉じるのです。ありがとう。旅のモルフ。貴方のお陰で氷の寝床から脱することができました。これで、この滅びかけ苦痛に満ちた――原初の世界を終わらせることができます。)
「え!?あ……い、いやぁ、終わらせるとか、そういうのはちょっと……。」
クウが慌てて劫末を思い留まらせようと何か言いかけた瞬間に劫末はその頭部を下げ始めた。
(お礼をさせてください。)
お礼が何であるかは不明だったが、ハクとロイとオコジョ(百票)は今のうちにこの場を離れようと提案した。しかし、クウは同意せず、その式神であるウーリもそこを動こうとしなかった。遂に彼らが行動を決める前に劫末の口先は海面に到達してその動きを止めた。クウ達の前には劫末の頭部があった。
ぱくり。
劫末の漆黒の頭部に巨大な穴が空いた。
「あ。判った。」
勘の良いハクが呟くと同時に、その穴からとてつもない魂気が吹き出した。




