第十二話 虹目 4
極北大陸はさざ波を打つようにうねり、鋭い氷塊を突き上げたかと想うと倒壊する。正円を描く晴天の中心で氷の粉塵が上がり、氷が軋む悲鳴に包まれていた。その上空で、ウーリは咥えた三人を自身の背中に吐き出して、狂乱の氷の大地の上を旋回した。ウーリは三人を咥えた後、全速力で上昇し、今は既に上空二千メートルに達し、雲の上に居た。空が深い。
「一体、どしたのウーリ!面白かったけど――。」
そこで、クウは言葉を失った。トトもハクもロイもそして神獣であるウーリでさえ、驚愕で息もできずに眼下の風景を見つめていた。眼下では割れた氷塊が突き出し、崩れてぎりぎりと苦痛に抗議の叫びを上げていた。氷塊は一つ一つが一キロメートル以上もある巨大なものだった。氷塊の大きさは、上空二千メートルに位置するウーリ達でも恐怖を感じる程だった。それが飛び上がり、崩壊して落ちていく様は圧巻で彼らをすくみ上がらせる――だが、それが本質ではなかった。本当に恐ろしいのはその氷塊の底に存在するものだった。先程は近すぎて理解することができなかったが、上空二千メートルの高度からはそれがはっきりと見えた。踊る氷塊の下でその天変地異を起こしている存在がうねり、藻掻いていた。それは直径十キロメートルを超える巨大な……虹目だった。
「ああああ!にっ、虹目!!でっっっか!」
クウは漸く驚愕の呪縛から逃れて、叫んだ。それに呼応するかのように、虹目は吠えた。氷の大地が吹き飛ぶ。百キロメートルにも及ぶ巨大な裂け目が現れて、そこに海水が雪崩れ込んだ。虹目は氷の大地の下で身を捩り、益々その氷の裂け目を押し広げていく。そのまま吠え続けて、頭部を持ち上げた。巨大な鯨の姿をしていると、とにかく巨大だと授業で習ったが、まさか――。
「あ――。オオクジラって全長どのくらいだっけ?」
「ナマケモノのナン先生は確か体長百キロメートルって……。」
「いやいや百キロて、そんな。あほかいな。いやいや……いやーーーーーー!!!」
一瞬、クウの言葉を否定しかけたハクの声は途中で乗り突っ込みの叫び声に変わってしまった。それは正に氷の大地から隆起する山脈に他ならなかった。極北大地のほぼ全てを吹き飛ばしてその神獣は地上に姿を現した。虹色の目の他は黒い背と白黒のストライプの腹を持つ、正に鯨だった。ただ、その体長は百キロメートル。それが、氷の大地を飛び上がり、上空に浮かんで行く。高度二千メートルに位置したウーリなど、一瞬で抜き去ってしまう。
ぼおおおおおおおおおぅ!!
世界の上端に、暗黒の大空に達したオオクジラは吠えた。零鍵世界が震える程の大声だった。オオクジラはオーロラの海を泳ぐ。彼の遙か下では極北大陸が完全に崩壊して海に沈んでいった。




