第九話 虹目 1
零鍵世界には二人の虹目が存在する。一人は開闢。百年前に突如として目覚め、日輪から守護鍵を奪い零鍵世界を滅びに向かわせた幼生だ。開闢が奪った鍵はこの世界のどこかで紛失されて、最早、戻ることは無い。それはこの零鍵世界が滅ぶことを一番有力に裏付けるエビデンスだった。そして、もう一人がこの極北大陸の極点の氷下で眠る虹目、オオクジラだ。彼は世界中に歩む者や漂泊者が溢れる前、まだ神々が世界を行き来しており、世界が奇跡で満ちていた時代を生きた、太古の神獣だった。オオクジラは最も古く最も強力な神獣の最後の一体なのだ。彼以外の大地や空を顕す、太古の神獣は全て死ぬか、他の世界に移っていった。彼は……生きているのであれば……この零鍵世界で最も古い命の一つだった。
「降りてみようよ!」
クウは笑顔で言った。彼の笑顔がとても素晴らしかったので、皆、彼に従うことにした。ウーリは着氷した。
「ここが正に極北大陸の極点だ。つまり、世界の真北だ。」
ロイは宣言した。彼は見た物を全て記憶する事ができるし、それを忘れることはない。つまり、彼が水紋の国の大図書館で見た零鍵世界図に誤りが無ければ、ここは極点なのだ。彼らは氷に覆われた大陸の極点で世界を見渡した。噓みたいな正円で大空の雪雲は切り抜かれて深い紺碧の空が彼らを見下ろしていた。風も凪いで唯々、氷の大地が拡がっていた。
「なにもありませんね。」
トトが小さい身体で精一杯背伸びして、周囲を見渡した後に皆に報告した。ロイは無味乾燥に返す。
「だな。」
「虹色の目を持つオオクジラは只の伝説、噓だったのかな。」
「えーと、でも、あれ?オオクジラって氷の下に居るんじゃなかったっけか?」
おー、それそれ。と旅の仲間達は口をそろえた。彼らは足下の雪を払い、かなり透明度の高い氷が存在していることを確認した為、広範囲に氷上の雪を除く事を考え始めた。結局、その威力の確認を含めて、クウの鬼月乃焔で周囲の雪を溶かすことにした。クウ以外はウーリの背に乗り、彼の背後上空から見守ることとなった。
「じゃ、いっくよー!」
いつも通り、力みの無いクウの声が響いて、直後、その声に相応しくない巨大な超高温の焔が極点を溶解させた。一瞬で氷面の雪は蒸発して水蒸気が上がった。爆風が巻き起こり、氷の大地が現れた。そして、そこに……巨大な眼、が現れた。




