第六話 極北大陸 3
「いやぁあああああ!キョクホクグマ!!」
ハクが元気よく叫んだ。クウもロイも素早く天蓋から飛び出し、ハクの声がした方に駆け出した。すらりとしたしなやかな身体のハクは極北の大地に直立していて、彼女の向こうに巨大な流氷の盛り上がりが海水を押しのけ始めていた。
「なんだ!キョクホクグマ!?」
ロイは馬鹿みたいに繰り返した。だが、クウは知っていた。いつか、世界を旅するために霧街の大図書館でありとあらゆる国の全ての生物を勉強してきたのだ。微細な虫たちならともかく、凶悪な敵対生物であれば全て頭に入っていた。
キョクホクグマ。
極北大陸に入る前に危ないから近づかないでねとクウがハクに教えていたため、彼女はそれがキョクホクグマであることを理解できたのだ。それは、熊とは名ばかりの蛔虫だった。それも超特大の蛔虫だ。それは流氷をたたき割り、百メートル以上も上空に鎌首をもたげた。海水が豪雨となって彼ら旅の者達に降り注ぐ。
ぐるおおおおおおお!!
猛獣の雄叫びが轟いた。キョクホクグマはその大きさを除けば、ミミズに牙の生えた口を付けたような姿をしていた。この見当違いの名前は最初に発見した学者が流氷から見えた口だけで判断して付けた名前だった。まぁ、極北に生息する本物の雪熊を丸呑みにするのだから、この名前も無理は無かった。とにかく、ロイその姿に驚き、クウは此までの準備の結果を発揮するチャンスだと魂気を漲らせた。慌てるハクに向かってキョクホクグマは落下する。クウは赦さない。走り出し、加速してキョクホクグマに飛びか掛かる。蛔虫は迎え撃つ。クウに向けて超硬質の鱗に覆われた頭部を突き出して、押しつぶして飲み込もうとする。が。
オーロウ!
クウはキョクホクグマの牙に絡め取られるその寸前で業を行使して、敵対種をすり抜けた。その瞬間にそれは大量の血を吹き出して、倒れ込み、流氷を打ち砕いて、北海に沈んだ。流氷に着氷したクウの小さな手にはキョクホクグマの脳……神経の束だ……が握られていた。輪廻転回を経たクウはオーロウですり抜けるだけで無く、その瞬間に相手に致死的な攻撃を加えることができるようになっていた。クウはその臓物を投げ捨てて、血を拭う。
「うっへぇ……。」
互いの命をかけたやりとりであると理解していたが、クウはべっとりとした罪悪感にため息を漏らした。




