第十八話 この世界 5
「ねぇ。みんなはどう思う?」
クウは街の施政者達が集う天幕で、彼らに問いかけた。彼らは昨日から飽きもせずに隠れ家への完全移住について協議していた。まだ五十万人以上がこの地上に暮らしていた。これを全て隠れ家に、世界の裏側に移住させる必要があるのだ。どうやって?その後の暮らしは?朧や空の眼や流動する闇からどうやって身を守る?決めなくては成らないことが山積みで誰もクウの素朴な疑問について考察していなかった。クウは繰り返す。
「朧は障壁を超えられないと思うけど、ラスは平気だと思うよ。だって、大渇破さまも渦翁さんも障壁を壊したんだから。だから、隠れ家に隠れたって解決には成らないと思うんだ。僕は。」
一瞬の間を置いて、紫檀のパーロッサが答えた。とても背が高くて天蓋に頭が付きそうだ。クウに覆い被さるように話し掛ける。
「いや。直ぐには回復しないし、ここまで来るのにも時間が掛かる。やはり、まずは隠れ家への移住を先に進めないと。」
「ラスは確かに危険よ。でもね、まずは最悪のイレイサー、朧に対処しないと……。」
途中まで言いかけてイソールを口をつぐんだ。違う。クウの言うとおりなのだ。どちらがより脅威と成るのかを見極めてから対処する順序を決めないといけないのだ。一番最初にラスがいつ快復し、最短でここに戻ってくるのはいつになるか?を確認しなくてはならない。一番明確な答えが得られる可能性がある質問だからだ。次に朧がここに到達する時期を推察しなくてはならない。最後に空の眼と流動する闇がここに現れる可能性の検討だ。最後の検討は検討材料が少なすぎる為、有益な情報を得られる可能性が少ない。とにかく、クウの言うとおりだ。今一度、何から順に対応するべきか、優先順位の検討が必要なのだ。イソールがそのことを告げようとした時にクウは話し始めた。
「ラスはいつ、ここに来るのかな?朧は来るのかな?空の眼とかはどうかな?その時期が判れば、やることもわかると思うんだ。明日、ここに朧が来るのなら、とにかく空白にみんなで隠れなくちゃいけないし、それがラスなら、ここを離れた方がいいと思うんだ。だから、この後、何が最初に起こるのか考えなくちゃいけないんだ。」
「そうだな。クウ。その通りだ。でも、判断材料は極端に少ないぞ。どうする?何ができる?」
逐鹿の言葉にクウは笑う。じゃじゃ~ん、と効果音を呟いて天幕の入り口の布をめくった。
「ミントさんでーす。」
ミントは完全に気まずそうに斜め下を向いていた。こういう人の注目を集めるようなことは苦手なのだ。と言うかベタすぎる。でも、クウは構わない。
「ミントならラスの状態も朧の位置も、空の眼も流動する闇も何処に居るか感知できるよ。それで決めようよ。ね?良いアイデアじゃない?」
渦翁は小さく、参ったな、と呟いた。目の前の雑事に、最も簡単にできることに騙されずに、クウだけは何をやるべきか?何を考えるべきかを追い求めたのだ。
(再会したばかりの兄を失って間もないと言うのに。私など、太刀打ちできないな。)
実際、渦翁は直ぐに諦めていた。考えても無駄と見切りを付けたつもりで居たが、違った。諦めただけだった。何をすればいいのか判らずに、かといって何もしないわけも行かずに、移住計画に没頭しようとしていたのだ。ふと、渦翁はクウの性格についての宮の判断を思い出した。
「不屈のモルフ、か。……参ったな。」




