第十三話 八咫烏 4
ラスが王城の最奥にある掌上玉座に辿り着く頃、彼は多少の魂気を回復していた。ここに来るまで一万人以上のモルフを喰らいその魂気を吸収したお陰だ。掌上玉座に向かう最後の数段の階段を登り切り、ラスは優雅にくるりと向きを変える。背中からプールに飛び込むようにラスは掌上玉座に身を委ねて倒れ込んだ。ラスは豪奢な玉座にだらしなく浅く座る。
……あーあーあーあぁ。疲れたねぇ。何だこの醜態。
ラスは玉座に座りながら目を閉じて、霧街での舞闘の後を思い返す。渦翁の金剛錫の一撃で全て魂気を使い果たして大渇破の落陽が作り出した大穴に落ちた。落陽は零鍵世界の大地を吹き飛ばし、それと背中合わせに拡がる空白の天井にも大穴を開けていた。ラスの頭部はそのまま空白の底に激突してそれを貫いて、零鍵世界の反対側の空白と大地を貫いて、帝都の側に到達したのだ。
……いやだねぇ、変異は。っつたく、誰が許可したのかねぇ。
呟きながらラスはいよいよその力を発揮する。緑光に光る古代文字を呼び出して、この掌上玉座の力を解放させる。この玉座には無限に近い魂気が蓄えられており、その魂気は鍵の守護者だけが使用できるのだ。今、ラスは鍵の守護者の特権を使い、掌上玉座の魂気全てを吸収して、自身の身体も魂気も完全回復させようとしていた。だが。
「……あ?」
その時になって、漸くラスは漸く気がつく。この掌上玉座の魂気は枯渇していた。そんな筈は無かった。掌上玉座の魂気はほぼ無限の筈だった。だが……この零鍵世界の鍵の守護者は日輪で鍵を失い、消滅しようとしている肉体を多量の魂気でつなぎ止めていた。
「あーあーあーあーああ!なるほどねぇ。」
ラスは、納得した。
(ニチリンは、自身の体を維持するために掌上玉座の魂気を全て使い果たしたのか。あの美しい体を持つ日輪が髑髏の姿と成り果てても何とか生き残れたのは、この掌上玉座の力のお陰ってことかぁ。掌上玉座の力を使い果たした日輪はそれもあって、最後の闘いを仕掛けてきたのかねぇ……ま、感心するねぇ。)
ラスは当初この部屋で一気に完全回復して、水紋の国を滅ぼすために舞い戻ろうとしたが、それは、どうやら叶わない。で、あれば、だ。
「まぁ……時間が掛かるけど他の場所よりマシだし、このままここで回復しようかねぇ。」
ラスは呟いて、再び目を閉じた。玉座の背後にある大きなステンドグラスは高い位置で輝いて斜陽を通さない。早い夜が王の間に訪れる。




