第十話 八咫烏 1
ラスが意識を取り戻したのは見たことも無い荒野だった。情けないことに現存する肉体は頭部だけとなり、その頭部も半分ほど潰されてしまっている。口中に隠し持っていた鍵は辛うじて無事だった。大きな風が吹き、砂利混じりの砂埃がラスの頭部を打ちのめす。
「が、がはは、じゃ。がじゃじゃじゃじゃじゃ!!」
ラスは砂を噛みながら笑った。散々笑った後、突如として真顔に戻る。
(……ああ。思い出した思い出した。そうだったそうだった。最後の最後であの訳のわからないファンブルの輪廻転回の爆発に巻き込まれて……ああ、そうだ。あの憎たらしい黒羊モルフに叩き落とされたのだ。アイツさえ現れなければ、あのファンブルを仕留められたのに。どこに隠れていた。何故、私を出し抜く事ができたのだ。絶対に私は先の先を行っていた。何処で気付いた?何故判った?ああ。むかつく。ああ。)
ラスの顔は怒りで激しい痙攣に覆われている。びくびくぶるぶる。無様に不気味に戦慄いている。その死にかけたラスの耳にざりざりと荒れ地の砂を踏む音が聞こえてくる。頭部だけで身動きのできないラスは魂気だけでその足音の主を探る。
ぐろろろろ……。
その息の大きさからラスはその足音の主は野犬か狼の類いだと判断した。屍肉の匂いに誘われて来たのだろう。ラスはその気配に集中する。足音は近づき、後頭部にそれの鼻息を感じた。遂にその鼻先がラスの潰れた頭をつつきひっくり返した。
「こんにちは。」
挨拶するラスを見てその獣は怪訝そうに首を傾げた。ラスの読み通り、現れたのは野犬だった。ただ、それは、五つの頭を持ち体高三メートルの野犬だ。それはおやつを味見するようにラスを丸呑みにしようとして大口を開けたが、それを上回る大口でラスはその不気味な野犬を丸呑みにした。咀嚼して胃も無いのに飲み込んだ。野犬は消えて無くなる。ぺろりとラスが舌なめずりをした時には、頭だけだったラスにチカチカと瞬く闇の骨でできた身体が備わっていた。
「まぁ、なんとか歩けるか。当面は我慢するとするかねぇ……。」
そして、ラスはゆっくりと荒野を歩き始めた。




