第六話 新たな日々 6
「あー。おにぎり食べたいなぁ。」
蝉の声に隠れるように、誰も居ないと思って大声を出したクウは、ロイとハクにその様子を見られていた。二人とも爆笑した。今は夏の盛り。水紋の国の復興に向けて、皆、忙しくしていた。無邪気に笑うこの二人も、次の六角金剛候補として霧街……いや、今後は街ではなく、水紋の国を名乗ることになっている……の重要な会議の全てに参加していた。勿論、その合間に、若く体力のあるモルフとして復興の実作業を行っていた。
「食いしん坊だな。おにぎりは無いな。今はカトだけだ。」
ロイは笑って、クウに完全食を投げる。クウは受け取りながら笑う。蝉も笑っているようだ。
「分かってる。言っただけだよ。」
ハクはゲラゲラ笑いで涙を流している。ラスとの大決戦で霧街全体が崩壊してしまい、以降、食べるものなど無かった。だが、霧城の最下層に貯蔵されていた完全食は無尽蔵でどれだけでも供給できた。一日一つのカトさえ食べていれば、モルフは水を飲まなくても生きていられた。今、この水紋の国ではこれが主食となっていた。
「黒丸おばさんのところでよく食べたもんね。」
「うん。あんな贅沢な奴じゃなくていいんだ。自分ちで食べてた、塩握りでいいんだ。食べたいなぁ……。」
クウにとって具の入っていない塩握りは貧乏と孤独の象徴でもあったが、それでも好きだった。口いっぱいに頬張るといつも少しだけ、幸せな気持ちになれる。だが、クウの望みは空しく、彼がおにぎりを食べる前に世界は滅ぶ運命にある。でも、それはまだ先の話だ。ハクは笑いながら、クウの頭に手を置いて話を進める。
「ま、それはさて置き、霧宮に行きましょ。クウの正体を確認しなきゃ。」
「だな。ミント姫はまだ来ていないのか?」
ロイがハクの言葉の最後に乗っかった。今、彼ら幼なじみの最後の子……いや、すでに最後ではなくなった……は水紋の国が支配していた近海の孤島にある、霧宮に集まっていた。この国には色々と課題があったが、その中で一番大きな課題の一つにクウの問題があった。彼が唯一行使できる練術のオーロウで彼はラスに勝利したのだ。勿論、渦翁が居なければ結局は負けていただろうが、オーロウが無ければそもそもそこまで進むことも出来なかった。つまり、水紋は自国最大の舞闘者の能力について理解したいと考えていたのだ。当然だ。五大極も六角金剛も帝さえ命を失っている。現存する戦力であれば把握して活用出来るようにすることは当然だ。それが……恐らく、水紋最強の彼であるのであれば尚、だ。
ともあれ、彼はラスとの闘いの中で輪廻転回に成功した。彼は蜥蜴っぽいモルフの成体となったが、その練術は勿論、そもそも何モルフなのかも判らなかった。通常であれば、神官である巫女や禰宜が居れば判断が付く事だったが、巫女であるハクはおろか、最高の巫女と言われているミントでさえ判断が付かなかった。
「宮の拝殿であれば判断が付くと思うのです。」
そのミントの言葉で、クウを宮で判じることとなった。霧城にあった宮は倒壊した霧城に飲み込まれて使い物にならない。となると、最も近い宮は霧宮だ。それは水紋の海に浮かぶ、ハクの生家だ。彼の父である渦翁が生まれた沖の孤島だ。今、彼ら幼なじみは霧宮のある島に集まっていた。相変わらず、止むこと無い毛嵐が辺りを覆っている。
「まだ、来てないみたいだよ。」
クウはロイの言葉に返した。ハクはおかしいな、街にはもう居なかったみたいと呟いた。途端。
(私はもう宮の拝殿に居ます。皆さん、来てください。)
ミントの声が聞こえた。彼女は距離に関係なく、声を届けることも聞くこともできる巫女だった。彼女が使える練術は一つだけでそれが神意顕現だった。先のラスとの戦争の最後に大神が現れたのも彼女の神意顕現の力だった。今、その力をクウ達に向けて使っているのだ。クウは、二乃越しの沼底で聞いた声や岩戸を目前にして死にそうになっていた時の声はミントだったんだ、と今更ながらに気がついた。
(彼女が居なかったら、僕はあそこで死んでたかも。)
ともあれ、彼ら仲良し三人組はいつも通り、並んで歩き始めた。




